第81話 甘えるメノさん
さて、家主であるルプルさんは睡魔に負けて寝室に向かってしまった。無理やりにでもたたき起こして彼女にメノさんを運んでもらうという選択肢がないというわけではないが、それはそれでなんだか俺がメノさんを避けているようにも思われそうだ。
こういうことを考えてしまっている時点で、俺の恋愛経験の無さがうかがえるというものである。悲しい。
「起きてくれたりしないよな」
「……んー」
試しに頬っぺたを指でつついてみたけど、うっとうしそうに手で払われてしまった。そんな行動をしておきながら、次の瞬間には俺の腕に抱き着いてくる始末。俺の心が良いようにもてあそばれてしまっているなぁ。
「とりあえず、家まで運ぶぞ? いいな? セクハラとか言われても知らんぞ」
「……(すいー)」
変わった寝息だ。『すいー』って言ってる。
肯定の返事はなかったけど否定の返事もなかったので、慎重に彼女にしがみつかれている左腕を脱出させる。ふにふにとした感触が二の腕に伝わっていたけれど、不可抗力だから仕方ない。俺の意思とは関係ないものだ。
背中と膝裏に手を通して、メノさんを抱きかかえる。今の俺の筋力からすれば、片手で担ぎ上げて肩に乗せるやり方が一番楽そうだけど、女性を運ぶ手段としては好ましくないと判断してのことだ。
「お邪魔しましたー」
すでに夢の中にいるであろうルプルさんには聞こえていないだろうけど、いちおう挨拶をする。リビングやダイニングにはグラスや樽が置きっぱなしになっているが、これは明日片付けるから許してほしい。俺もそれなりに眠くなってきているのだ。
できるだけ振動を与えないようにしながら、メノさんの家へ向かう。
家に入り、階段を上って寝室へ。行儀悪く足を使って扉を閉めたところで、メノさんが俺の腕の中で身をよじった。そして、薄く目を開く。もしかしてちょっとうるさかっただろうか?
「あ、起こしちゃったか?」
「……んー」
メノさんは俺の声を理解してるのかいないのかよくわからない返事をしてから、体を動かして俺の手から降りる。そしておもむろに空間収納の中に手を入れると、ぽいぽいとベッドの上に服を出していった。何かを考えて行動しているというより、ルーティンに従って自動で動いているような雰囲気だ。
取り出したこれは、部屋着かな?
「――っ、てぇええええ!? ダメダメダメダメ!」
「……んー」
「『んー』じゃないでしょ!?」
「…………あっち向いて」
「もう向いてるよ!」
急にメノさんが服を脱ぎ始めてしまった。幸か不幸か、彼女の下着は俺の目には映らなかったけれど、おへそだけは見えてしまった。水着とかになれば見えてしまう部位だし、こればかりは許してほしい。俺が脱がしたわけじゃないし。
冷静になるために、心の中で宇宙の広がる速度について考えていると、背後から「着た」と短い言葉が聞こえてくる。
「本当に着てるよな? ズボンを履いてないとかそんなことないよな!?」
「……んー……――ちょっと待って」
シュルシュルという服と肌がこすれる音が聞こえてくる。
「履いてなかったのかよ!」
あぶねぇ! あのまま振り向いたらパンツ丸出しのメノさんを見ることになっていたところだ。何も気付かずに振り向けばよかったなんて、ほんの少しぐらいしか考えておりませんよ。勘の良い俺が残念でならない。
「……着た」
「今度こそ大丈夫なんだな?」
「……完璧」
眠そうでありながら、自信満々な返事が返ってくる。
酔っ払ったメノさんの言葉はあまり信用できないからなぁ……本当に大丈夫か? そう思いながらゆっくりと振り向くと、どう見ても完ぺきではない姿のメノさんがベッドに腰掛けてうつらうつらと船をこいでいた。
「ボタンずれてるけど」
「……んー」
しかも二個ずれている。首元は詰まっているが、お腹が見えてしまっている。よくこんな状態で『完璧』なんて言えたな。ファッションショーとかに出てくる常人では理解できないセンスという線も残されているけど、まぁ十中八九アルコールのせいだろう。
「……アキトなおして」
「いくらなんでも大胆すぎない? 距離が近づくとかそういうレベルじゃないぞ? 普段のメノさんからは想像できない甘え具合なんだけど」
アルコールは人の本性をさらけ出すなんて聞いたことがあるけど、これがメノさんの本性なのだろうか? いつも冷静で落ち着いているイメージがあるんだけど、彼女の心の内は『甘えたい』という感情が渦巻いていたりするのだろうか?
「……ヘタレ」
うぐっ……五十嵐明人にダイレクトアタック! 999998のダメージ!
「……なんでもお願い聞いてくれるって言ったのに」
いや、俺はそんなこと一言も――いや、一度ぐらいは言ってしまった可能性はあるけど、大体は母さんのせいだからな? メノさんのお願いなら極力聞きたいと思っているけど、ちょっと内容がイレギュラーすぎると思うんですけど。
「……し、下着はもちろん付けてるよな?」
「……寝るときつけない」
あぁそうですか! 余計に俺の心はピンチですよ!
いっそのことあれか、目を瞑ってやればいいのか? そうすれば万が一服がずれて見えてはいけないところがこんにちはしたとしても、最悪は回避できるし。
「……わかった。やるから、絶対に動くなよ? いいか? 絶対だぞ?」
「……んー」
メノさんは返事をしながら、体を前後に揺らす。全然わかってねぇ!
この状態で目を瞑ったりしたら、間違いなく彼女の胸に触ってしまう自信がある。それはよくない。少なくとも、彼女の意識がアルコールに支配されている状態ではマズい。
――くそっ、ならば仕方ない。目は開けて、服がずれないよう細心の注意を払いながら任務を遂行することにしよう。この光景を他の誰かに見られたら、間違いなく変な勘違いをされちゃうだろうなぁ。
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