第78話 お酒
メノさんは結局、最後までベンチづくりに付き合ってくれた。
普段から魔道具作りをしているだけあって、こういった何かを作る作業はあまり苦ではないのかもしれない。メノさんの空間収納にベンチを収納してもらって、それを適当な場所に配置していく。図書館の入り口付近、会議場の入り口付近、世界樹の周り、家の近く、川まで続く道の途中、公園の手前などなど。これだけ広い土地なのだ、困ることはないだろう。
最後に設置した公園のベンチにメノさんと座って、しばしの休憩タイム。決まった時間に仕事をして決まった時間に休んでいるわけではないから、みんなその辺りは自由にやっている。休憩はしっかりとりましょう――という決まりがあるぐらいだ。
「あー……のどかでいいなぁ」
「……風が気持ちいい」
時刻は夕方の五時。狩に出かけているディグさん、フロンさん、ヒカリ、シオンの四人が帰ってきたら、晩御飯の準備をする予定だ。今日は唐揚げにする予定なので、鳥の魔物を持って帰ってくるように頼んでいる。
公園ではソラ、ヒスイ、アカネの三人が遊んでいて、ゴム製のボールでサッカーをしている模様。中には綿を詰め込んでいるらしいが、ゴムが分厚いのか、それなりに重々しい音が聞こえてくる。軽すぎるとやりづらいのかもしれないなぁ。
「メノさんはここでの生活、楽しい?」
「楽しい」
いつも彼女は少し間を置いて返答をしているけれど、この質問に対しては即答だった。それだけ気持ちがはっきりしているということだろうか。
「俺はさ、これからずっとこういう生活が続くのが少し怖くもあるんだよな。もちろん今は楽しいし、やりがいもある。数十年は飽きたりしないとも思う。だけど、メノさんみたいに数百年生きるとなると、自分の心がどんな風に変わっていくのかわからないから。――あぁ、もちろん生贄の子だったり、ロロさんみたいな人を見捨てるようなことはしないけど」
そのあたり、メノさんはどんなふうに心変わりをしていったのだろう。
転生前に家族を失い、最初の百年で友人たちを失い、それから数百年もの間生きてきたわけだから、色々なことがあったと思う。
まだ二十五年とちょっとしか生きていない俺からすれば、到底想像できるような領域ではない。
「……長く生きていると、一年が速くなる。百年を超えたあたりから、時間の進みに関してはあまり気にしなくなる」
彼女はポツポツとそう語ったあと、俺の顔を見上げた。
「……でも、アキトと会ってからの毎日は刺激的。過去の五十年より、この数か月のほうがずっと濃い」
「あはは、それは喜んでいいのか?」
手のかかる人だからこそ、刺激的になっちゃったのかもしれないしなぁ。
でもたぶん、メノさんにそういう意図はないのだろう。単純に、これまでにないことの連続だったから、新鮮に感じているのだろう。
そして俺の願望を言うのであれば、恋をしたから毎日が刺激的に感じる――なんて理由であったら、いいなぁといったところだろうか。
「しんみりタイムの二人にどーん!」
いきなり背中をどつかれた。軽く前に体が傾く程度の衝撃だったけど、俺にはその衝撃よりも、隣にいるメノさんに対しても『どーん』をかましていることにビックリだ。
何やってんだよ母さん。
「……びっくりした」
「あははっ、メノちゃんごめんなさいね、でも楽しかったでしょう?」
「……そこそこ」
そこそこ楽しかったらしい。メノさん、立場上こういういじわるみたいなことされそうにないからなぁ。唯一やりそうなのはルプルさんぐらいだろうか。
それで、この空気ぶち壊しの母親は何の用があってきたんだろうか。予想では『特に用事はない』という返答がきそうだけど。視線で『何しに来たの』と訴えようとすると、母さんの脇に瓶が挟み込まれていることに気付く。
「メノちゃん、コップある? 二つ、いや三つ出してくれるかしら?」
「おい、メノさんを便利屋みたいに使うなよ」
「……アキト、私は気にしないから大丈夫」
メノさんはコクコクと頷きながら、空間収納から魔鉱石製のコップを三つ取り出した。そして、それを俺との間に並べる。母さんはそのコップに、持っていた瓶から液体を注いだ。
「私的にはもう十分美味しいのよ。でも、熟成はできていないし、この島の果物を使っているからか、もっともっと美味しくなりそうな気がするのよね。とりあえず、いまの成果物をおすそわけ」
母さんはややオレンジっぽい半透明の液体が入ったコップを、俺とメノさんにそれぞれ手渡しくる。さすがに並々注ぐという愚行はおかさず、三センチほどだけ注いでくれていた。
「これはマルプのワイン?」
「そうそう。普通なら熟成も含めて三年ぐらいはかかるみたいだけど、いまの状態でも十分美味しいのよ」
「……普通はこうはならない。シズルの枝がすごい」
まぁそうなんだろうな。ワインと聞くと、発酵だけでもかなりの期間を必要としそうだし。それが超短縮できるのはかなりの利点だろう。
母さんもワインの注がれたコップを手に取り、クイっと一気飲み。香りを楽しむ隙も見当たらなかった。これが母さんじゃなければ、『人に飲ませる前に毒見をして見せたのかな』と思いそうだけど、十中八九自分も飲みたかっただけだろう。
「……ん、美味しい」
そしていつの間にか、メノさんもワインを飲んでいたようだ。母さんとは違い、ちびちびと少しずつ飲んでいるらしい。俺もメノさんに続いて、コップに口を付ける。
まず、ワインが口に届くよりも前にフルーティなアルコールの香りが鼻腔を刺激した。とっさに飲むのを中断し、ワイングラスでやるかのようにクルクルと液体を回してみる。ちょっとだけ香りが変化したような気もするが、専門家でもない俺にはこれが良いものなのか判断はつかない。いい匂いだとは思うけども。
「俺さ、お酒飲むの初めてなんだけど」
そこんとこちゃんと理解して注いでるよね? アルコール度数とか、低いよね?
「大丈夫大丈夫! 潰れたらメノちゃんが介護してくれるわよ」
「……任せて」
なんですごく嬉しそうにしてるんですかねぇメノさん。まるで俺が酔いつぶれたほうが嬉しいみたいな反応に見えるんですけど。
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