第77話 おにぎりにぎにぎ
母さんが人化してから数日、あっという間に――というか、おそらく初日の時点でうちの母親は住人全員と打ち解けてしまっていた。この数日で図書館の本の整理がようやく終わり、住民たちも隙間の時間を図書館で過ごすことが多くなってきた。
とはいえ、図書館に関してはやはり好き嫌いも関わってくる。
主に図書館を利用しているのは、メノさん、フロンさん、リケットさん、ロロさんの四人で、他の人は『気が向いたら』といった感じ。
いちおう俺も、勉強がてらに本を読んだりしているけれど、元々本の虫というわけではなかったので、どちらかというと娯楽よりも勉強という意味合いが大きい。
俺が本を読むときはメノさんも一緒に読書をしているので、わからない言葉があったりしたらその都度聞いているという感じだ。葵たちは、そこに加わったり加わらなかったりと自由にやっている。
で、うちの母親はというと、家の裏手にある畑の奥に大きな畑を作り上げた。そしてそこに、籾、マルプ(黄色のブドウみたいな果実)を大量に植え、そしてそれを収穫してさっそく酒造りを始めている。
ソーユを作っていた時のように、世界樹の枝を加えることで発酵を促すことができるようだけど、それでもまだ納得できるようなものはできていないらしい。とりあえず日本酒とワイン(マルプがブドウの仲間なのか、翻訳ではワインとなっていた)を作るつもりらしいが、のちのちは焼酎も作ると言っていた。
ちなみに、その酒造りにはディグさんも手伝わされている。いや、たぶんあれは自主的に手伝いに行っているような気がするな。そもそも目安箱に『酒が欲しい』と投書したのはディグさんだったみたいだし。
「……何してるの?」
世界樹の下で胡坐をかき、トンテンカンテンと真面目に作業をしていると、メノさんが声を掛けてきた。時刻は昼の三時。みんなが好きに過ごしている時間だ。
「ベンチを作ってるんだ。世界樹の周りに三つと、公園に二つあるけど、敷地の大きさを考えると少ないと思って」
ひとくちに『世界樹の周り』とはいっても、その直径は八十メートル。置いてあるベンチは全て家側――つまり西側に設置されており、図書館のある東側には一つも置いていない状態だ。
「……たしかに」
メノさんは納得した様子で頷きながら、俺の隣に腰を下ろして膝を抱える。どうやらここに居座るつもりらしい。
しかし……メノさんは何も気にしていなさそうだけど、やっぱり彼女に敬語を使わないのは違和感があるなぁ。もうタメ口を使い始めて数日たっているけど、まだ慣れない。
「メノさんは本当に嫌じゃない? 俺はまだ違和感があるんだけど」
「……嫌じゃない、すぐ慣れる」
「そうかなぁ」
返事をして、魔鉱石で作ったトンカチで釘を打つ。身体操作スキルとステータス、それからこの島にやってきて色々作ったおかげで、簡単な木工製品ならばすぐに作れるようになってきた。ただ板をつぎはぎしただけのものではなく、ちょっと湾曲させたり、一部に魔鉱石を使ってみたりもしている。
場所によってベンチのデザインを変えるのもいいかもなぁなんてことを考えていると、メノさんが「お腹空いてる?」と聞いてきた。
「まぁ少しは」
「……じゃあこれあげる」
メノさんはそう言うと、俺に笹の葉のようなものでくるまれた物体を差し出してくる。首を傾げながら受け取ると、ほんのりと温かさが伝わってきた。
「……シズルに三角形にするやりかた教えてもらった」
そして彼女は、視線で『早く葉っぱをひらけ』と俺に訴えかけてくる。
なるほど、おにぎりか。答え合わせのために葉っぱをパタパタとめくっていくと、中から日の光を反射してぴかぴかと光っているおにぎりが姿を現した。
「……塩おにぎり」
「おぉ、美味しそう! メノさんの分はあるの? 一緒に食べない?」
「……あるけど、アキトがお腹空いてたらもう一個食べるかと思った」
「あまり食べすぎると夕食が食べられなくなるし、一個ずつ食べよう」
「……わかった」
メノさんはふんふんと首を縦に振ると、空間収納から俺に手渡したものと同じような物を取り出し、葉っぱをめくる。ほかほかのおにぎりが現れた。
「ここ数日はご飯の食事が多いけど、どう? やっぱりまだ慣れない?」
「……ご飯は美味しいけど、パンも捨てがたい」
この世界の人はパン食が主だ。
葵や母さん、そして俺なんかの日本出身の人間はそうではないけれど、他の住人は米に親しみが無い人たちばかりである。
母さんが人化した日の翌日の晩、乾燥などは魔法でサクッとできたのでさっそくご飯を炊いて食べてもらったのだけど、案外好評だった。箸を使える人が少なかったので、スプーンやフォークで食べたりしていたけども、みんな『美味しい美味しい』と言ってくれていた。
みんなの意見を参考に、朝食はパン、昼食はどちらでも、そして夕食はご飯にしよう――と、今のところは決めている。
これだけ人数がいるのだから、それぞれ別のものを食べてもいいんじゃないかと思うけれど、リケットさんが『健康第一ですから! みんなの健康は私が守ります!』と張り切っているということもあり、いまだに全員そろっての食事は続いている。
まぁ、ディグさんとか俺とか、好きに食事をしていいと言われたら栄養が偏りそうな食事をしてしまいそうだもんなぁ。あとルプルさんも。
「はぁ~、やっぱりうまいなぁ」
ここ最近は親子丼だったりステーキ丼だったり、とにかくご飯ものを大量に食べていた。数か月間だけの我慢だったけれど、『食べられない』という状況が続けば誰だって俺みたいになると思うんだよ。葵たちはあまりご飯に執着はなかったようだけども。
あとは味もそうだけど、このおにぎりはメノさんの手作りだし。あの小さな手でこのおにぎりを頑張って作っている姿を想像するだけでも可愛い。
「……作るとこ見ててもいい?」
俺とほぼ同じタイミングでおにぎりを食べ終えたメノさんが、そんなことを聞いてくる。
「もちろん、暇なら一緒に作る?」
「……やる」
どうやらやる気はあるらしい。ベンチは二十個ぐらい作る予定だったけど、どこまで付き合ってくれるかなぁ。
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