第76話 しっかり聞かれてた




 その後母さんは、リケットさんとロロさん、それから続々と起きてきた島の住人達に自己紹介をして回った。相手にとっては初対面の気分だろうけど、母さんにとってはそうではない。ずっと世界樹を通して島の人達を見守っていたのだから、ようやく話すことができた――といった感じなのだろう。


 あんな性格だからか、島の住人達ともうまくやっていけそうだった。ちなみに、ルプルさんも同じく『ルプルちゃん』と呼ばれていたし、リケットさんとロロさんも同じく『ちゃん』付け。ディグさんとフロンさんは見た目がしっかりと大人なので、母さんも『さん』を付けて呼ぼうとしていたのだけど、彼らから『立場が……!』と懇願された結果、呼び捨てで呼ぶことになっていた。


 まぁ彼らにしてみれば、メノさんやルプルさんは最上位に位置する人で、その人よりも丁寧に接されるのが気まずかったのだろう。


 ちなみに、母さんのレベルは完全体葵と同じく5000らしい。結界魔法・極、身体操作レベル10、魔力操作レベル10という、葵と似たようなスキルを神様から授かっていた。


「今日の夜にでもシズルさんの歓迎会とかしませんか?」


 朝食の片づけをしていると、リケットさんがそんな風に提案してきた。

 歓迎――でいいのだろうか? ずっとすぐそばにいたから、歓迎するというのもちょっと違う気がするけど……まぁこんな細かいことを気にする必要はないか。


「そうだな~、じゃあみんなに声を掛けて――「ちょっと待ったぁ!」――なに?」


 リケットさんと話していると、母さんが即座に割り込んできた。結構離れたところで葵たちと話していたけど、どんな地獄耳だよ。本当に世界樹の耳は使ってないんだよな?


「歓迎会は嬉しい。でも、お酒がまだない。だからお酒ができるまで待って」


「どんだけ酒が好きなんだよ……」


「だって入院してからずっと飲んでなかったんだもん!」


「ええい! いい年して『もん!』とか言うなよ! 恥ずかしくないの!?」


「それ、メノちゃんとルプルちゃんの前でも言えるのかなぁ~?」


 に、憎たらしい顔で言ってきやがって……。

 昨日再会したばかりだからもっとしんみりしても良いと思うんだけど、ほかならぬ母さんがそれを許さない。シリアスなミステリー小説にギャグ漫画の住人が紛れ込んでしまったかのようである。


「メノさんもルプルさんもそういうようなこと言うタイプじゃないんだよ」


 母さんをあざ笑うように肩を竦めてそう言うと、テコテコと年長者の二人が俺たちの元に歩いて来る。


「そんなことないのだもん!」


「……年齢は関係ないもん」


「二人とも、母さんの無茶ぶりに乗る必要はないんですよ」


 でも、メノさんの『もん』は可愛かったです。


「ピピー! また敬語使った! ブラックカード! これでメノちゃんは明人に無制限にお願いができるようになったわよ! おめでとう!」


「……わーい」


「いやいやいや! なにを勝手なことを言ってんの!? そしてメノさんも無理に喜ぶ演技しなくていいから! それにさ、今はメノさんと一緒にルプルさんにも声を掛けてたんだから仕方ないだろ?」


「ルプルにも敬語は必要ないのだもん!」


「……わかったからその語尾は止めてくれ」


 いかん、俺の異世界スローライフが一気にあわただしくなってしまった。もっとほのぼのしてのんびり過ごすことを考えて――でもまぁ、こんなことでわちゃわちゃしているというのは、スローライフと言ってしまっていいのか。


 実に平和的な話題だし。


「旦那! 俺もつけたほうがいいかもん?」


「へたくそか!」


 俺をおもちゃにしないでくれ――と思いつつも、みんなが笑ってくれているし、なんとなく距離が近づいた気がするので良しとしよう。


 はぁ……さらに嫌な気分になってしまうのが、これがどうも俺には母さんの企みのように思えてしまうことだ。手のひらで転がされているような気がしてならない。


「あら、不満そうな顔ね」


 ニヤニヤと俺の心を見透かしたような顔で母さんが声を掛けてくる。

 そりゃみんなの悪ノリの原因を作ったのは母さんだからねぇ。怒る気にはなれないが、不服だ。


「あまりお兄ちゃんをいじめたらダメだよ!」


「拙者たちは兄上の味方でござる」


 アカネとシオンがそう言って、他の三人の葵たちも『そうだそうだ』と声を上げる。その中でヒカリが「お兄ちゃんの味方だも~ん」と言っていたけど、それは素で『もん』を付けてるだけだよね? お兄ちゃんをからかってるわけじゃないよね?


「そういえば」


 葵が俺を守る態勢に入ったところで、母さんがピンと人差し指を立てる。

 娘にガードに入られてしまってはこれ以上俺を攻めることは難しいと判断して、話を無理やり変えようとしているのだろう。まぁ別にいいけど。


「そういえば明人、私のこと『でかい』とか言ってたわね。『太ってるって言いたいわけじゃない』って言い訳までして」


「――ち、ちがっ、あれは本当に見たままの感想を口にしただけで……」


 思ってもみない方向に舵をきりやがったぞこの母親。


「あれはお兄ちゃんが悪いね」


「介錯は任せるでござる」


 ごめんってば! だから切腹させようとしないでくれる!?




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