第74話 就寝




 地球では親子三人――最後に一緒に寝たのはいつだっただろうか。そもそも、一緒に寝た時はあっただろうか。たとえそんな機会があったとしても、記憶にないぐらい昔のことであるには違いない。子供の頃のこと、あまりはっきり覚えていないからなぁ。


 そして現在、俺の部屋で家族七人が布団を敷いて横になっている。なんでやねん! とツッコみたくなるような状況だけど、葵が分裂しているのだから仕方がない。一度葵は生前の姿になって母さんに抱き着いていたけれど、すぐに戻った。今となっては五人のほうがしっくりくるらしく、母さんも『娘が増えた』と喜んでいた。人のことを言えないけど、おおざっぱだなぁ。


「私はたしかに死んじゃったけど、全てが不幸だったってわけじゃないのよ」


「……なに、急に」


「だって明人、『辛い目にあった人を幸せにしたい~』って思ってたんでしょう?」


 母さんの向こうでは葵たちのスピスピという気持ちの良さそうな寝息が聞こえてくる。どうやらもう寝てしまったらしい。十二時回ってるもんなぁ。


「まぁ葵のこともあるし、あの男関連でもそうだし、母さんだって四十一ってまだまだ若い年齢で死んだんだから」


 父親だった男――思い出すだけでも腹がたつ。不幸中の幸いか、葵はまだ小さかったから、俺や母さんが殴られている光景は見ずに済んでいた。余計な心の傷を背負う必要はない。


「でもほら、なんやかんやあって葵の病気も治った! 明人は好きなことをして生きていける! 私も酒造法を気にする必要がない!」


「最後で台無しだよアホ」


「こら! 親に向かってアホとはなんですか!」


「いまさら常識人ぶっても遅いよ? あと葵たち寝てるんだから声抑えないと」


 顔を引きつらせながら返答すると、「くふふ」というくぐもった笑い声が聞こえてくる。特徴的な笑いかただから、『あぁ、本当に母さんだわ』と変に感動してしまった。


 まぁ、母さんの言いたいことはなんとなくわかっている。要するに、『別に気を遣わなくてもいい』ってことを言いたいんだろう。もしくは、人の幸不幸を勝手に決めるなとかそういう感じ。


「まぁ別に好きにやっていいけどさ……世界樹の状態から見てたんだろ? みんなとは仲良くやれそう?」


 俺がそう聞くと、母さんは馬鹿にするように鼻で笑ってきた。


「ここで仲良くやれない人って、相当なひねくれものじゃない? みんないい子たち――っていうと問題があるわね。ルプルさんもメノさんも年上だし。ともかく、この島にいる人、来た人たちはすごく優しい人ばかりね。神様が言っていたけど、精霊は人の悪意がなんとなくわかるんですって」


「へぇ、そんなこともわかるんだ」


「そうそう、だからもしそういう人がいたら、結界で弾いちゃうから安心して」


 んなこともできるんかい。世界樹すごいな。

 ちなみに、『人化』という言葉を使っているからややこしいが、現在の母さんは世界樹が変化するというような形ではなく、分体を作るような状態で人間の体になっているらしい。


 しかも世界樹の視点も共有した状態だから、こうして布団で寝ていても島は見渡せるし、みんなの声も聞こえるらしい――が、こちらはもうオフにしているようだ。


「内緒話とか聞いたら悪いじゃない?」


「良心はあったんだな」


「……両親じゃないでござる……母上だけでござる……むにゃ」


「「…………」」


 シオン、ツッコみづらい寝言はやめてくれ。俺も母さんもどう反応していいかわからなかったじゃないか。反応したところで返事はないのだろうけど。


 本当に寝ているのか母さんが音を立てないように確認を行い、その後グッと親指を立てて『大丈夫』とサインを送ってくる。いや、別に起きていてもいいんだけどね。


「でも、これだけは言いたいというか、いや、言ったらだめかしら……」


 母さんはすごくニヤニヤしながら、口元に手を当ててチラチラと俺を見る。


「そこまで言われたら気になるに決まってんだろ」


「えー、でもやっぱり可哀想だし~、でも誰にも言わないってのもすごく私がモヤモヤちちゃうのよ」


「じゃあ言ってくれ。大丈夫、俺も内緒にする。それと、今後はそれ禁止にしてくれよ? いままでは体を動かせなかったから仕方ないかもしれないけどさ」


 母さんは『そこまで言うなら』と満面の笑みで答える。そして、話してくれた。


「あのさ、メノさんいるでしょ? あの人、私の体――世界樹が成長しきったあたりから、私が人化したときのために時々挨拶練習をコッソリしてたのよ~! すごく可愛いでしょ!」


 マジですかメノさん。


「…………き、聞かなかったことにしよう」


 なにそれ可愛いんですけど。母さんの言う通りすぎる。すごく可愛い。だけど、これを母さんにバラされてしまったメノさんが不憫だ。聞いてしまってごめんなさい。


 そう言えばメノさん、俺をこちらの家に送り出すとき『明日挨拶する』って言っていたな。どうやら彼女的にはもう準備万端だったらしい。俺や葵、それから七仙の人たちと同じく母さんは不老なのだから、母さんともぜひ仲良くなってほしいものだ。


 母さんと仲良くなるというと、成人しているメノさんは酒に付き合わされることになりそうな気もするが……メノさんってお酒はどうなんだろう?


 メノさんがお酒に酔っている姿――あんまり想像できないなぁ。

 そしてお酒が飲める年齢になっている俺もまた、一度もアルコール飲料を飲んだことがないからどうなるのかわからない。


 楽しみ半分怖さ半分ってところかなぁ……。ちなみに、母さんは多少飲んだぐらいじゃ全然酔わないが、がっつり飲んだ時はよく笑っていたのを覚えている。


 父親という肩書を持っていたあの男のせいで色々きつかったときも、俺の前ではお酒を飲んでよく笑っていた。大人になって気付いたけれど、たぶんあれは俺の前で弱弱しい姿を見せたくなかったんだろうなぁ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る