第73話 改めて……
「……行ってきて、私は明日挨拶する」
「本当すみません!」
メノさんに謝罪をしてから、俺は速足で自宅へと向かった。
先ほどちらっと顔を見せた母さんは、生前のように髪が薄くなっておらず、体も黄色くなっておらず、非常に健康そうに見えた。癌が見つかる前の、生き生きと仕事をしていた頃の母親が戻ってきたかのようだった。
世界樹仕様なのか、茶髪でオレンジのメッシュが入ったようなロングの髪型になっていたけど。あのオレンジは、世界樹の果実でも示しているのだろうか――いやそんなことはどうでもいい。死別した息子との再会なのに『邪魔者は颯爽と去るわ!』じゃねぇよ! 別にいちゃいちゃしてたわけじゃないからな!
などと頭の中で言い訳しつつ、自宅へ戻ると母さんと葵たちがリビングで戯れていた。具体的に言うと、いつぞやの俺のように、葵たちが母さんの体にしがみついて遊んでいる。
身に着けているトレーナーの胸部分には、『ぽりえちれんてれふたらーと』とひらがなで書かれている。どういうセンスだよ。
母さんはげんなりしている俺を見ると、きょとんと目を見開く。
「――あら、帰ってきちゃったの? 泊まってくればよかったのに。メノさん、絶対アキトに惚れてるわよね~。もう二人のいじらしいやりとりを見てると『いまだ! 押し倒せ!』、『根性無し!』って叫びたくなってたまらなかったわ」
「あのね……」
もっと他に話すことがあるでしょうが。あなた四十一歳で亡くなったんですよ?
あの『一人にしてごめんなさい、守れなくてごめんなさい』と泣きじゃくっていた母親の影はいずこへ。地球に忘れてきたのかな?
しかしまぁ……元気そうでなによりだ。
母さんも葵と同じく、病室で日に日に弱っていったからなぁ。顔を会わせるたびに死期が近づいているのがわかって、本当にあの頃は苦しかった。俺を一人にしないでくれと心で叫びながらも、表面上では『心配するな』という態度を取っていた記憶がある。
「ほら、明人もおいで」
「……俺もう二十五なんだけど」
「それぐらい知ってるわよ。明人が三十歳になろうと五十歳になろうと百歳になろうと、私の子供であることには変わりはないわ」
そう言って、母さんは葵を手や足にぶら下げたまま両手を広げてニヤリと笑う。子供を何人もぶら下げている状態でその余裕の表情――やっぱり母さんもステータス高いんだろうなぁ。
「お兄ちゃん早く~」
「合体するでござる!」
葵たちにもせかされたので、しぶしぶ俺は母さんの元へ。正直、ちょっと恥ずかしい気持ちはあるけれど、久しぶりの再会なのだ。母さんがあまりにも平然としすぎているからちょっと気持ちが混乱しているけれど、嬉しい気持ちはたしかなのだ。
母さんは俺を抱きしめて、葵たちも一緒になって塊になる。傍から見たらすごい光景だろうなぁ――なんてことを考えながら、俺は誰にもバレないように静かに涙をこぼした。
「二人? 六人? まぁ細かいことはいいわ。よく頑張ったわね。これからはずっと一緒よ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時刻は夜の十時を回っているのだが、当然こんなイベントが起きて眠られるはずもなく、俺たちは会話を続行した。どうやら母さんは世界樹になった直後から俺たちのことをばっちり観察していたらしく、住民のことはもちろん、俺たちがどんな作業をしていたか、俺たちがどんな会話をしていたのかも熟知してしまっているらしい。
どうやら母さんには、結界内の会話が全て聞こえていたらしい。
「それにほら、こんなこともできるのよ」
ソファにどっしりと腰を下ろしている母さんは、おもむろに手のひらを上に向ける。すると、そこから芽が生えるように、世界樹の果実が姿を現した。
母さんはそれをしゃくりと齧り、ニヤリと笑う。
「共食い」
「……それは共食いって言っていいの? 自分の体の一部だろ?」
「鼻くそ食べてるようなものかしら」
「伝説の果実って言われてるんだから、鼻くそ呼ばわりはあんまりでしょ」
勘弁してくれよ――と肩を落とす俺に対し、葵たちはキャッキャとはしゃいでいる。「鼻くそなんて言わないで~」とか「私も鼻くそ食べたい!」などなど、結構ウケてしまっている模様。なんか負けた気分である。
「あとね、葵たちが勉強している間、私も色々と勉強していたのよ」
そういえば、葵たちは一か月ぐらい、天界で建築とか魔物の戦い方の勉強をしていたって言っていたよな。たぶん母さんもそこで一緒に天使様から色々と教えてもらっていたのだろう。
だけど、正直建築に関しては葵でもう十分すぎるぐらいなんだよな。
プラスの知識が欲しいとすれば、電化製品とかその辺の知識だろうか。まぁさすがに、こちらに関しては一朝一夕の知識でなんとかなるようなものでもないだろうし、欲張りすぎだろう。だいたい、魔道具があるのだからそこまで必要ないとも言えるし。
メノさんが魔道具を担当してくれているし、電化製品が普及してきたら拗ねてしまいそうな気もする。
そんなことを考えつつも、「それで、何の勉強をしてきたの?」と聞くと、母さんは腕をくんで「ふっふっふ」と不気味に笑う。もったいぶるなや。
それから俺のジト目を意に介さず、自信満々に親指を立てた。
「酒造りなら、私に任せなさい!」
「…………マジか」
そう言えば、癌が発覚する前はお酒をよく飲んでいたなぁ――そう思いながら、葵たちが「お酒か~」とがっかりしていたので頭を撫でる。
喜んでいいのか『何勉強してきてんだ』とツッコむべきなのか、難しいところである。
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