第71話 メノさんサプライズ
「……アキト、ちょっときて」
図書館の本棚が、だいたい半分ぐらい埋まってきた日の午後。メノさんに呼ばれて、俺は彼女の家のリビングにやってきた。葵たちは本整理のサポートをするらしいので、俺と彼女の二人だけ。
ソファに座ると彼女は俺の隣に腰を下ろし、ニマニマと笑顔を俺に向ける。なぜかすごく嬉しそうな表情を浮かべている。いったい何を考えているんだろうか。
「どうしたんですか? 何かいいことありました?」
「……んふ」
満面の笑みで口を開かず、溜めている。どうやらこの焦らす時間すらも彼女は楽しんでいるらしい。可愛い。
「……気になる?」
「気になりますね。もしかして最近ひとりでどこかに行っていたことと関係あります?」
ここ最近、メノさんはふらふらと島から姿をよく消していた。そこに喜怒哀楽の感情は見えなかったし、聞いても教えてくれなかったからわからないんだよなぁ。
メノさんは楽しそうに体を左右に揺らしたあと、空間収納から折り畳まれた赤いハンカチを取り出した。そしてそれをテーブルの上に乗せて俺を斜め下から見上げる。
「……開けて」
「? この中に何か入ってるんですか?」
「……うん」
どうやらこの中に俺へ見せたいものが入っているらしい。ハンカチはほとんどぺったんこになっているし、中に何か入っていたとしてもかなり小さいものだ。
魔道具にしては小さすぎるし、食べ物でもないだろうし……なんだろう?
ハンカチに手を伸ばし、慎重に開いていく。パタパタと広げていくと、ハンカチの中心に小さな粒がたくさん入っていた。それを見た瞬間に理解した。勢いよくメノさんの顔を見ると、彼女はニコニコと嬉しそうな表情を見ている。
「――こ、これ、どこで手に入れたんですか!?」
「……友人に捜索を頼んでた。見つけたのは友人の配下だけど私も探した」
「おぉ……」
彼女の友人というと――たぶん七仙の誰かなんだろうなぁ。すごい人にこんな仕事を押し付けてしまってよかったんだろうか……いや、これについてはもう考えないでおこう。
いまは目の前にある、『籾』に目を向けるべきだ。
「お米、やっぱりあったんですね――」
感動で粒を拾う手が震える。まだこの世界に米は生き残っていたんだ……!
この島もまだすみずみまで探しているという訳ではないけれど、見つけられそうにはなかったんだよなぁ。やべぇ、頭の中が白米でいっぱいになる。
というか、米があればお酒も作れるのでは? ワインとかそういうタイプが先にできるかと思ったけど、日本酒的なお酒が作れちゃうのでは?
そんな妄想を頭で繰り広げている最中、まだ彼女にお礼を言っていないことに気付いた。
「メノさん! すごく嬉しいです! ありがとうございます!」
彼女の両手を握って、お礼を口にする。やや至近距離になってしまったためか、彼女は俺から目線を逸らしながら「う、うん」と小さくうなずいた。顔も真っ赤になっていることに気付き、慌てて手を離す。
「す、すみません! あの、本当にありがとうございます! 葵たちもきっと喜びます!」
「……そ、そこまで喜んでもらえるとは思わなかった」
メノさんは握られていた手をさするようにしながらそう口にする。ちょっと距離感を間違えたかもしれない。あとになって、ジワリと彼女の手の温かみを思い出すように手が熱くなった。
冷静になるために、話題を真面目な方向へ。ちょっと気恥ずかしい。
「ちなみに、これはどこにあったんですか? この島じゃないですよね?」
「……サルビア大陸。竜族が住んでる大陸」
「ちなみに誰に捜索依頼を? やっぱり七仙の人ですか?」
「……うん、エド――エドワード。竜王って呼ばれてる」
やっぱりねー! そんな気がしたんだよ!
竜王様、お米探し手伝ってくれてありがとうございます。こんなこと頼んでしまってすみませんでした。でもメノさんの気持ちはすごく嬉しい。そしてお米も超嬉しい。
もし顔を会わせる機会があったら、全力でお礼を言わせてもらおう。
メノさんによると、どうやら彼が七仙唯一の男性らしく、年配の様相をしているらしい。見た目はおじいちゃんではあるものの、年齢は四百ちょっと。メノさんの三百歳年下である。それでも俺からすれば、かなりの年上であることには変わりはない。どうやら不老になったときの年齢が固定されるようだ。転生って言うよりも、蘇生って感じなのかなぁ。
メノさんからもらった籾は百粒程度。
まずは畑担当のリケットさんとロロさんに頼んで、米作りのための場所を作ってもらった。俺も手を貸したいけれど、ここは彼女たちの領分である。手を出そうとしたら逆に何を言われるかわからない。
米と言えば水田のイメージがあるけども、小麦と同様、普通に植えることにした。どうせ一日で育つだろうし、あんまり関係ないだろう。籾の選別とかしたほうがいいのかなぁとも考えたけど、とりあえず数は限られているし、全て植えることにした。
現状作っている畑と同程度の広さを米に割き、大量栽培を視野に入れる――とはいっても、そもそも一日で作物が実ため、元から畑はそこまで広くない。だが毎日回収できるから、十分に大量の米が入手できるようになるだろう。
「明日が楽しみだなぁ」
「お米! 食べたい!」
「楽しみでござる!」
いつの間にかやってきていた葵たちも大興奮である。しかしながら、ここで一つの問題が発生――稲からお米になるまでの過程を俺は知らない。俺の中にある知識は『千歯こき』という学生時代に聞いたことのあるような単語だけである。それだけで白米になれるとは思えない。
顎に手を当てて、はしゃぎまわっている葵たちをぼんやりと眺めていると、メノさんが「どうしたの?」と声を掛けてきた。なので、現状俺がどうやって食べればいいのかを知らないということを話すと、「ふふん」と自慢げに胸を逸らす。
「……ちゃんと調べてある」
なん……だと?
「俺は今、メノさんを抱きしめたいぐらい感謝の気持ちでいっぱいですよ」
「…………そう」
彼女はそうぽつりと漏らすと、もじもじと身体をおちつきなく動かしていた。
なんだかまんざらでもなさそうな反応だし、マジで抱きしめてもよかったのでは? だけど、こんなに人がいる状態だとさすがに無理だよなぁ。俺もメノさんも、恥ずかしさで死んでしまう。
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