第69話 ディグさんVSアオインジャ―パープル




 図書館の本整理という仕事ができたおかげで、みんな暇を持て余す時間が無くなった。幸い、朝昼晩の食事の時間はみんな一緒に集まっているから、仕事に集中しすぎて休むことを忘れる――ということはない。夕食以降はできるだけ仕事をしないようにしているし、たぶんこの島の雰囲気をみんな察してくれているのだと思う。


 とはいえ、全員がずっとその作業にかかりきりというわけではない。午前中は各自の作業をしっかりこなしているし、その作業が午後にはみ出ることだって普通にある。


 そして本日――ディグさんが、リハビリがてら模擬戦を挑んできた。


 最初は『誰でもいいから』という話だったが、メノさんやルプルさんに対しては『恐れ多い』という感覚が強いらしく、俺に挑んできた。


 彼らに一番レベルが近いリケットさんやロロさんは、残念ながら魔物に対しても人に対しても戦闘経験がないからなぁ。そう言う意味でいえば、俺も同じようなものなのだけど。


 こんなステータス頼りの人間が、戦闘のプロであろうSランク冒険者を相手にして、はたしてリハビリ相手になるのかなぁ。ならないだろうなぁ。


「俺はいいけど、本当に力で殴るって感じで練習になるかわかんないぞ? それとも俺をサンドバッグにでもするつもりか?」


「サンドバッグ? なんだそれ?」


 通じなかった。練習用に人型の木の人形ぐらいはあるんだろうけど、砂を詰めたものがなかったから翻訳できなかったのかなぁ。ディグさんに「俺が前にいた世界では、こういう物があったんだよ」と説明すると、「剣の練習にはなりそうにないな」と笑っていた。


「戦いがわからねぇって言ってもよ、旦那は戦闘スキル持ってないのか?」


「あー、いちおう持ってるかな? 『剣神』ってスキルと、あとは身体操作――これも戦闘スキル?」


 それっぽいスキルを口にしてみると、ディグさんは一瞬真顔になったあと、うんうんと腕を組んで頷いた。


「――よしわかった。旦那は危険だ。止める!」


 めちゃくちゃさわやかに言って、ポンポンと俺の肩を叩いてきた。危険とか言わないでもらえます?


「剣神ってあれだろ? 剣術レベル10の向こう側だろ? そんなスキルに加えてレベル9999だぜ? せっかくヒカリに治してもらった腕がまた吹き飛んじまうよ」


「そのための身体操作スキルだと思うんだけど……たしかに俺も自信ないなぁ。その時はまた治してもらえばいいさ」


「嫌に決まってんだろ! 怖いこと言うなよ!」


「お、おぉ、冗談だって」


 苦笑しながら肩を竦めていると、動物たちのお世話を終えたらしいシオンとヒカリが俺たちの元にやってきた。そして彼女たちは「何のお話してるのー?」と聞いてきて、内容を理解したのち、シオンが挙手をした。


「では拙者が相手をするでござる! 天界で魔物の他に対人戦も練習しているでござる!」


「じゃあ私は光魔法で怪我を治すよ~」


 どうやら、ディグさんの模擬選相手になってくれるらしい。


 いやでも、さすがに葵たちに戦わせるのはちょっとなぁ……それなら俺がサンドバッグになったほうがマシな気がする。なにしろ彼女たちはまだ十歳なのだから、気分としてはプロボクサーの練習相手になっておいで――というような感じである。


「本当に大丈夫かぁ?」


「手加減は任せるでござる!」


 勝つ気満々らしい。レベル差が五倍近くあるし、大丈夫だとは思うんだけど。この魔物はびこる異世界で、あまり甘やかしすぎるのも良くないのかなぁ。


「ディグさん、シオンにケガさせたらぶん殴るからな」


「え? 俺死ぬの? 旦那に殴られたら重症じゃ済みそうにないんだけど」


「冗談だよ――でも、最初はお互いすごく軽くやる感じにしてくれ。そこからペースアップしていけばいいだろ。もちろん、武器は刃を潰したものか木剣を使うんだぞ」


 俺がそう言うと、ディグさんは『心配しすぎじゃないか』と笑っていた。


 そんなわけで、ディグさんとシオンによる模擬戦が行われることになった。場所は世界樹の北側にある公園のグラウンド。いつもと違う行動を取っている俺たちが気になったのか、いつの間にか住民全員が観戦することになっていた。




「心配しなくても大丈夫よ。技術で埋められるようなレベル差じゃないから」


 そわそわしている様子が伝わったのか、フロンさんがそんな風に声を掛けてくる。メノさんもフロンさんに続いて「そもそもシオンは戦いのセンスもある」と言う。


「シオンちゃん頑張ってー!」


「お怪我には気を付けてくださいねー!」


 リケットさんとロロさんもシオンに向かって声援を送っていて、アカネ、ソラ、ヒスイの三人も同様にシオンに声援を送っている。ディグさんが孤独でちょっと可哀想。


 でも俺も、応援するとしたらシオンなんだよなぁ。悪いなディグさん。

 ディグさんは木でできた木製の大きな剣を構えていて、シオンは木製のクナイを二本。


 模擬戦が開始されると、俺の意見をしっかりと尊重してくれたようで、二人は地球人でもできそうなトロトロとしたスピードで動き始めた。


 カン、カン、と木の剣とクナイがぶつかる音が聞こえてくる。二人の動きを見る感じ、ディグさんが攻撃を仕掛けて、そのスピードに合わせてシオンが防いだり弾いたりしているようだ。


 そして数回の攻防が繰り返されるたびに、ディグさんがスピードを上げる。『カン、カン』という音が『カンカンカン』と連続的に聞こえはじめ、その直後には『カカカカカカ』と、音が響くよりも先に新たな音が重なるようになってきた。


「おぉおぉ……シオンは案外余裕そうだな」


 ブランクもあるだろうけど、それにしたって一つ一つの動作に対する必死さが全く違う。ディグさんは全力で動いていそうだけど、シオンは遊んでいるかのよう。


「そもそも、シオンちゃんはこれだけ動けるのに闇魔法まで使えるんでしょ? 本気でやりあったら相手にならないわよ」


「まぁ模擬戦だからなぁ」


 シオンの淀みのない動きを見て、やはり俺は過保護だったんだなぁと改めて思う。俺が守らずとも、彼女たちは十分強い。十歳が強いというのがあまりピンとこないけど、実際に目の前で見せられているのだから、何も言えない。


 でもそう思ってしまうのも仕方ないだろ? 片や百八十センチほどのがっしりとした男で、片や身長百十センチほどの女の子なのだから。


「大丈夫でござるか? 疲れたら言って欲しいでござる」


「う、うす!」


 軽々とディグさんの攻撃を弾きながらシオンが言うと、気合の入った言葉が返ってくる。

 なにはともあれ、リハビリはうまくやれそうなんじゃなかろうか。







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