第66話 メノさんとソーユ観察
目安箱に投書された他の要望も一通り目を通したけれど、『新しいスケートボードが欲しいのだ!』とか、『服のお勉強をしたいです!』とか、なんとなく誰が書いたのかわかるようものが多かった。匿名の意味よ。俺に言いづらいことを紙に書いて伝えるって箱じゃないんだよ。こういう使い方でもいいんだけどさ。
仕事に向かったルプルさんを見送り、ヒカリにディグさんの治療を頼んでから俺は食糧庫に向かった。お酒の材料になりそうな果物とかあったかなぁと確認しに来たのである。
一緒に行きましょう――と言ったわけじゃないけど、午前中にすることがなかったのか、メノさんもひょこひょこと俺の隣を歩いている。
「……何しに来たの」
「お酒の材料になりそうなものはあるかなぁと……作ったことあります?」
「……ない。でも、本で見たことがあるから調べたらわかる」
倉庫に入って、メノさんも棚に置かれた籠をのぞきこんだりしている。籠にはそれぞれ木の板がかけられていて、果物の名前が異世界語で、その下にはアラビア数字と異世界の数字が記されている。
これはリケットさんとロロさんが美味しく食べられるおおよその日数を書いてくれたものだ。しかも俺や葵にもわかりやすいようにアラビア数字表記である。ありがたい。
「――あ、そういえばソーユはどんな感じなんでしょう?」
「……存在を忘れてた」
瓶詰してから一週間ぐらい経過した瓶が、食糧庫の一番奥に二つ並べられている。片方は世界樹の枝を一緒に入れたもので、もう片方は魚と塩と水のみ。
こちらに関してはリケットさんたちも何も手を付けていないようで、日数や名称が書かれた木札は無く、ただ瓶が並べられているだけだった。
薄暗くてわかりづらかったので、ひとまず瓶を入り口近くまで運んでくる。床に置いて、メノさんと一緒に観察した。
「……世界樹の枝を入れたほうは結構色がついてますね――というか、魚がほとんど残ってない……?」
枝を入れたほうは、色素でも付いたのか結構濃い茶色になっている。しかも枝無しのほうと違って、中に入れた魚がぐずぐずになって下に沈殿してしまっていた。もっと濁っているかと思ったけれど、案外綺麗だなぁ。
なにも追加で入れていないほうはまだ魚の形がはっきりと残っているし、ちょっと濁っている。これも世界樹の枝効果なのだろうか?
「……もう魚が崩れてる」
「発酵が急激に進んでるのか……? これも世界樹パワーってやつなんですかね」
「……なんでもあり」
俺も本当にそう思いますよ。
結界を作り出して魔物を避け魔素酔いを緩和、果実はあらゆる病を治し、ほぼ無限に供給してくる。そしてそこに加えて、世界樹の枝の効果だ。
発酵を進めるということが、そういう菌を活性化させるのか、それとも時間経過を早めるようなものなのか――詳しいことはわからないけど、とんでもないということだけは理解できる。
母さん、つよい。
「……俺、ちょっと舐めて見ましょうか?」
「……うん。私はちょっと怖い」
メノさんはそう言って、スススっと俺の背後へ移動して、肩に手を乗せてくる。別に襲いかかってくるわけじゃないだろうに。いや、もしかして匂い避けか? 発酵した魚だし、そりゃ匂いはきついだろうけども。
肩にメノさんの体温を感じながら、魔鉱石で作ったキャップをゆっくりと回す。プシュっと音がしたので、瓶におそるおそる鼻を近づけてみた。
…………そんなことあるぅ?
「はは……」
瓶から顔を話して乾いた笑いを漏らしていると、いつの間にか俺と距離を取っていたメノさんが後ろから声を掛けてくる。
「……くさい?」
「メノさんも匂ってみます?」
「……くさいの?」
「まぁまぁ、それは匂ってみてのお楽しみです」
「……くさかったら怒る」
メノさんは嫌そうに顔をゆがめた状態で、とぼとぼと傍に寄ってくる。俺が再び蓋を軽く回すと彼女はその場に膝を抱えて座り、ぷるぷると少し震えながら瓶に鼻を近づけた。
「……甘い匂い?」
彼女は首を傾げながらそう口にしたあと、さらに鼻を近づける。ヒクヒクと鼻を動かし、『食べられるのかな?』と確認している小動物のように見える。
「……すごく薄いけど、世界樹の果実の匂いがする」
「そうなんですよ。果実は入れてないのに、枝からでも匂いってするんですねぇ」
日本の果物の木とかも、その果実の匂いがしたりするんだろうか? しない気がするけどなぁ。いやでも、柑橘系の香りのする木があるとかは聞いたことあるな。それに近い感じか?
ひとまず匂いから危険性は感じられなかったので、メノさんが無言で差し出してくれたスプーンを受け取り、ちょんと先っぽを付けて、それを舐めてみる。
「――っ、できてますよ! ほんの少しだけ魚っぽい風味は残ってますが、コクが強めの甘口醤油って感じです! あ、ソーユか」
俺の知る醤油とは少し違うけど、これはこれで美味しい。色々な料理と相性が良さそうだなぁというのが第一印象。
「……スプーン貸して」
「はい、メノさんも舐めてみてください――って、俺が舐めちゃったからそのスプーン舐めてもわかんないでしょ。と、というか新しいのを使いましょ? 俺の唾が入っちゃいますし」
「……間違えた」
俺が使っていたスプーンを口にくわえたまま、メノさんは空間収納からスプーンを取り出して、先端を世界樹ソーユにつける。咥えていたスプーンは口から出して、ソーユのついたスプーンを舐めた。
「……美味しい」
「一週間でできちゃいましたね」
毎日確認していたわけじゃないから、一週間かかっていたのかも怪しいんだけど。
もうこういった異常事態には慣れてしまったのか、メノさんは『アキトの家族なら仕方ない』と呆れたようなため息を吐いていた。
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