第65話 目安箱の設置





 目安箱の設置はその日のうちに住人に周知され、世界樹の根元に設置されることになった。俺が中身を確認するのだから、俺の家の前に置いたほうが良いんじゃないかという意見もあったけれど、それでは匿名性の確保が難しいかもしれないということで、この場所に決定した。


 そして毎朝朝食後に、俺が確認するということになっている――なっていたのだけど、朝食を食べながら気付いてしまった。俺、異世界語読めない。葵たち以外の文字、わからない。


 というわけで、両方の言語を理解しているメノさんに頼むことにした。


 世界樹の下で、メノさんは昨晩作った木製の目安箱――その下部に設置した引き出しを引いて、中から四つ折りになった紙を取り出す。みんなはそれぞれ飲み物を持ち寄って、椅子に座ってメノさんの進行を見守っていた。


「初日からいっぱい入ってますね、有効活用してくれて嬉しいです」


 三枚ぐらい入っていれば良いなぁと思っていたけれど、予想外に多かった。俺に気を遣ったのか、もしくはため込んでいた要望があるのか。


 しかし十一枚ってことは……もしかして俺以外の全員が書いてくれてる? いや、一人で複数枚入れた人がいる可能性があるから、絶対そうとは言い切れないけど。全部葵たちだったら笑う。


「……誰が書いたかわからないように、どちらの言語で書かれてるかは言わない」


「そうですね、それでお願いします」


「……ん」


 コクリと頷いて、メノさんがテーブルの上に並べた紙の一枚を手に取る。折り畳まれた紙を開いて、いつもの淡々とした口調で読み上げた。


「……『たまにはお兄ちゃんと一緒に寝たい』」


「――ぶっ」


 口の中に含んでいた世界樹ジュースが逆流したんですけど!?


 いや、葵たちのだれかが書いたってことはわかるよ? でもさ、メノさんの口から『お兄ちゃんと一緒に寝たい』って言われてるんだぞ? 冷静でいられるとお思いか?


 年齢的には俺が弟――いや、ひひひひひひひひひひ孫ぐらいだろうから、絶対に兄ではないとわかっているんだけどね。


「……私が言ったわけじゃない」


 なぜ俺が動揺しているのか少し遅れて理解したらしく、メノさんは頬を赤く染めて弁明していた。可愛い。


「わ、わかってますよ!? ええ、それはもうよくわかってますとも。メノさんは俺のことお兄ちゃんって呼びませんから」


「……私はアキトの妹にはならない」


「? はい、まぁそうですね」


 発言の意図がわからずそう答えると、メノさんはうんうんと頷いてから次の紙を手に取る。その隙に、横からアカネが俺の腰を指でつついてきて、顔を俺の耳に寄せた。そしてささやくような小さな声で、話しかけてくる。


「妹だと、結婚できないもんね~」


「そ、そういう意味じゃないだろ……たぶん」


 断言はできなかった。そりゃメノさんみたいな人に好かれていたら嬉しいけど、まだ出会って二か月ちょっとなのに――いや、人を好きになるのに二か月あれば十分か? まぁそれはいいとしても、好きにしろそうでないにしろ、明確な言葉をメノさんの口から聞いていない以上、どちらにも断言はできないということだ。


「……次、『お酒が飲みたい』」


「おぉ……お酒ですか。そういえば考えてなかったな」


 生まれてこのかたお酒を飲んだことがない。働いていた会社はそういう付き合いをするような雰囲気でもなかったし、そもそも興味が無かった。フロンさんかディグさんのどちらかかな?


 料理とかにも色々使えそうだし、これを期に何か作ってみるのもありだなぁ。

 というわけで、原料になりそうなものを発見次第作ることにして、次の要望へ移る。


「……次、『みんなが入れる書庫みたいな建物がほしい』」


「書庫……? 図書館みたいなものですかね? でも、肝心の本が無いですけど」


「……私がいっぱい持ってる。家じゃ収まらないぐらい」


 ふむ……となると、この要望はメノさんからのものかな?

 匿名だとわかっているけど、ついつい誰が書いたのか予想したくなってしまう。


「……新たに買ったりしない。あくまで今持ってるものだけ」


 だから、これぐらい許してほしい――とでも言いたげな視線で俺をジッと見て来る。


 この世界にやってきて間もない頃に、『できればこの島で自給自足したい』って話をしたもんなぁ。こちらが外と関りを断っている以上、あまり外の物に頼りたくはないんだけど……みんな仕事が終わった午後とか暇だろうしなぁ。


 これは俺一人の問題じゃないし、ある程度は許容すべきだろう。


 表立って交易とかできるわけじゃないし、リケットさんやロロさんが生きているということがバレるわけにはいかないけど、メノさんの私物を並べる建物ぐらいはいいんじゃなかろうか。


「そうですね、じゃあ作りましょうか。ありがとうございますメノさん」


「……ん、ちゃんと自制する」


「あははっ、そうですね、ほどほどによろしくお願いします」


 俺が頭を下げてお礼を言うと、他のみんなはパチパチと拍手をして図書館の設置を喜んでいるようだった。


 本なら減るようなこともないし、ものによってはこの島での生活に役立つだろうし、いいこと尽くめのような気がしてきたな。そもそも、メノさんは一人で本を読んでいたりするし、俺も読み聞かせてもらったりしたこともある。


 それを一般開放するだけと思えば、今までとあまり大差ないもんな。







~ありえそうで不確定な未来~


読者さん「メノさんは絶対、アキトといちゃいちゃできる要望を目安箱にいれるんや。間違いない」


メノさん「みんなが入れる書庫つくりたい」


作者「図書館作りたいみたいです。みんなに娯楽や知識を提供したい優しい人ですね。ご期待にそえず申し訳ございません」


読者さん「……案外普通だった。まぁまだ一通目だし、様子見ってパターンも……」


メノさん「勉強できるスペースがあったらいいかも」


読者さん&作者「まぁそうですね」


メノさん「周りの声とか視線があったら集中できないから、窓はなくて音が聞こえにくいようにしたほうがいい」


読者さん「(……おや? おやおやおや?)」


メノさん「使う人あまりいないだろうから、狭くていい。二人で座ったら肩がくっつくぐらい」


メノさん「アキト、異世界語そろそろ教える」



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