第58話 ヒカリの治癒魔法
メノさんに促されるような形で、ディグさんとフロンさんは世界樹の果実にかじりついた。ディグさんは歯を果実に突き立てた瞬間に目を見開き、その後は目を閉じてゆっくりと咀嚼する。フロンさんのほうは、感動したのかは判断しづらいが、鼻をすすっていた。
「……これは、すごいな」
「…………そうね」
そんな風にしんみりとした雰囲気で喋る二人の前で、メノさんも同じようにシャクシャクと果実を齧る。二人と違うためらいの無い様子を微笑ましく見ていると、メノさんは俺を見てニヤリと口の端を釣り上げた。
「……私はもう慣れた。アキトたちを除いて、この島の最初の住民だから」
ドヤ顔で何を言い出すかと思えば、先輩マウントだった。ちゃっかりフロンさんたちに聞こえるように少し大きめの声で言っている。
「空間収納の中に入れて持ち歩いてるぐらい、いっぱい食べてますもんね」
「……そんなに食べてない。それにアキトが『好きなだけ食べて良い』って言った」
不満顔で答えるメノさん。
メノさんが何かを食べてる姿って可愛らしいんだよなぁ。表情は豊かだし、必死に食べている感じが庇護欲をくすぐる。七百歳オーバーだけども。
冗談ですよ――とメノさんをなだめてから、頭に枯葉をのっけてやってきたシャルロットさんに席を譲る。ヒカリを呼んでくるために。
世界樹の果実に夢中になっている二人に目を向けると、彼らは口の中の物を飲み込んで姿勢を正す。そんなに緊張する必要はないだろうに。
「ディグさん、フロンさん――伝えるのが遅れましたが、俺たちはお二人を歓迎します。さっそくですけど、治療のできる妹を呼んできますね」
そう声を掛けると、彼らは勢いよく頭を下げる。「頭を上げてください」と伝えてから、俺はさっそく資材倉庫から木材を運び出していた葵たちの元へ。どうやらこちらの雰囲気を察して家を建てる準備を始めているらしい。
ヒカリを呼ぶついでに、どこに建てるのかを話しておこうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フロンさんとディグさんの家は、ロロさんの隣。
今のところ、川に近いほうから順にルプルさん、メノさん、俺と葵、リケットさん、ロロさんの順番に並んでいる。今回はそこに夫婦の家が追加されるような形だ。
ひとまず二人暮らしなら平屋で大丈夫かな――ということで、リケットさんたちよりは少し大きめにする予定。建物内に倉庫を有しているメノさんやルプルさんと同じぐらいのサイズ感だろう。
いちおう、みんなには『改築したくなったらいつでも相談して』と言ってはいるけれど、みんな現状で十分満足しているらしいからなぁ。土地はいっぱいあるのに。まぁ掃除が大変になるだけか。
ひとまず二人には俺と葵の家に来てもらって、一階にある客間に案内する。昨日の時点でベッドを一つ追加して二つにしておいたので、それをくっつけて並ぶ形で横になってもらっている。
「えっとね、ディグさんのほうは、やっぱり一週間ぐらいかかると思う。フロンさんのほうはすぐに直せるよ~?」
ヒカリが言うには『お肉が足りない』とのこと。これから一日二回、治療をして腕と足をはやしていくそうだ。
「……ヒカリさん、もし魔力が問題なら、妻のほうを優先してくれ。ずっと苦しんでいたんだ」
「――何を言ってるの!? あなただってずっと辛い思いをしてきたじゃない!」
そんな善意の言い争いを始める二人に、ヒカリはあっけらかんと「魔力は全然大丈夫だよ~?」と言って、シャルロットさんが「言っておくけど、彼女私より魔力多いわよ?」と追撃をする。
「ねぇ、お兄ちゃん、もうやってもいいのかな?」
「……いいんじゃないかな」
苦笑しながら返事をすると、俺の隣にいたヒカリがテコテコとフロンさんの横まで歩いて行って、両手をフロンさんの顔に向ける。
「じゃあフロンさんからね! ちょっとだけ痛いかもしれないから、ごめんね~」
ヒカリがそう言うと、フロンさんはゆっくりと頷いた。
魔力が彼女の手に集中し、光り輝く。その光が『ヴン』という音を立てて、瞬時に複数の魔法陣を形成する。一つ一つが三十センチほどのサイズで、非常に細かい文字が描かれており、フロンさんを覆うように展開された。
「――うっ」
フロンさんが呻くような声を上げる。額には脂汗が滲み、両手はぎゅっとシーツを握っていた。
「頑張れ、フロン……!」
隣にいるディグさんは、上半身を起こしてフロンさんの左手に自身の左手を添える。
一緒に治療に立ち会っているシャルロットさんとメノさんは、フロンさんの苦し気な姿よりも、ヒカリの魔法に目を奪われているようだった。
「……すごい」
「まだまだ奥が深いわね――七つの魔法陣なんて……そんな魔法があるのね」
俺もこんな風に複数の魔法陣が同時に展開されているのは初めて見たから、ちょっとびっくりしている。メノさんたちにとっても、これはすごい魔法らしいな。そりゃ再生の魔法なんだから、すごいんだろうけど。
「終わったよ! フロンさん、包帯外してみて~。びっくりしちゃうから、目はゆっくり開けたほうがいいかも~」
場の空気にそぐわない明るいヒカリの声が、部屋の中に広がる。とりあえず「ありがとな」と頭を撫でておいた。
フロンさんが苦しむ様子も見ていたから長いように感じたけれど、時間にすれば三十秒もかかっていないだろう。
ディグさんはフロンさんの額の汗をぬぐい(紳士だなぁと思った)、体を起こそうとするパートナーの背を支える。そしてフロンさんはヒカリに言われたとおり、包帯を震える手で外した。
そして、ほんの少しだけ瞼を持ち上げる。小さく目が見えたと思った瞬間、彼女は両手で顔を覆いうつむいた。
「――っ!? だ、大丈夫か!? 痛いのか!?」
ディグさんは慌てた様子でフロンさんの背をさすり、助けを求めるように俺やヒカリに目を向ける。――が、しかし、俺たちが何かを言うよりも前にフロンさんが口を開いた。
「――違う、違うのよディグ……見えたの――見えるのっ! また、あなたが……!」
フロンさんは嗚咽を漏らしながら、両手を顔から外す。口は震え、目元は涙で濡れに濡れていた。フロンさんが泣きながら抱き着き、ディグさんも左手で彼女を支える。
一週間後には、彼も両手で彼女を抱きしめることができるのだろう。喜んでいる二人を見ていると、俺まで幸せな気持ちになった。心が満たされるような温かい気持ちになった。
やっぱり、俺はつくづくこういうことが好きなんだろうなぁ。
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