第57話 面接といたずらメノさん




 あまり多くの人目にさらされた状態では普段通りに喋ることもできないだろう――そんなわけで、俺とシャルロットさん、そしてフロンさんとディグさんの四人で話すことになった。責任重大である。


「シャルロットさんから既に聞いているとは思いますが、もしお二方の治療をした場合、それはこの世界ではいままでにない力――秘匿するためにも、フロンさんとディグさんには死ぬまで――もしくは、四大陸で同様の魔法や薬が開発されるまでこの島で暮らしてもらうことになります。そのことはご理解いただけていますか?」


 場所は世界樹の下のテーブル。他のみんなは散り散りになっているものの、時々こちらの様子をうかがっている様子が見える。まぁ、俺も逆の立場だったらのぞき見しそうだしなぁ。気持ちはよくわかる。


 俺の質問に対し「承知の上です」「理解しています」という返事がすぐに帰ってきた。その辺りの覚悟はできているらしい。


「あなた方が暮らしていた場所に比べて、おそらくこの島では不便なこともあるでしょう。食堂があるわけでもなく、商店があるわけでもありません。自給自足が原則です。そこにも不満はありませんか?」


「「はい」」


「お二人がこれまでやってきたことも、Sランク冒険者という肩書もとても立派なものだとは思いますが、ここでは意味はないと考えていただきたいです。迫害され生贄として海に流された女性も、一家まとめて死刑だったところを免れてやってきた女性も、あなた達と立場は一緒です。そこに優劣はありません。これもよろしいですか?」


 こちらの質問に対しても、「はい」とすぐに二人は返事をしてくれた。


 うーむ……話がトントン拍子に進み過ぎて、どうしたらいいのかわからなくなってきた。だって俺、面接した経験なんてないんだもの。これだけは聞いておかなければならないということは聞いたつもりだけど、他に何かあったかなぁ。


「他に何かありますかね?」


 張りつめた空気に耐えかねて、俺は隣に座るシャルロットさんに聞いてみる。

 彼女は顎に人差し指を当てて「そうねぇ」と口にしてから、話し始めた。


「やっぱり、対価についての話かしら? アキトが開拓した島に迎え入れ、ヒカリに治療してもらうんだから。本来なら莫大なお金を支払わないといけない――けど、ここで貨幣ってなんの意味もないのよね」


「まぁお金はいらないですね……そういえばお二人が稼いできたお金はどうしたんですか?」


「身なりを整えるのに多少お金は使ったが、複数の国の孤児院に寄付した――しました。俺たちには必要のないものなので」


 ディグさんが俺の疑問に答えてくれる。びっくりするぐらい善人だなぁ。


 シャルロットさんからSランク冒険者の大体の収入は聞いていたけれど、だいたい一つの依頼で数百万円ぐらいのお金を受け取っているらしい。豪遊するようには見えないし、おそらくだけど貯金もかなりあったんだろう。


「私たちは、どうすればアキト様たちに報いることができるでしょうか」


 フロンさんも会話に加わってくる。目元は包帯で覆われてしまっているが、頬や口元の動きで彼女が懇願するような表情をしているのが読み取れた。


 どうすれば俺たちに報いることができるか――どうやったら俺たちが喜ぶか――そう考えたら、俺の口から出てくるのはいつもの綺麗ごとなわけで。


「――みんなが仲良く、笑いあって幸せに生活してくれることが、俺に対する一番の恩返しになるんじゃないですかねぇ」


 そう答えると、二人はシャルロットさんを見た。視線の動きに、戸惑いを感じる。


「どうやらこの島の主様は、本当にそんなこと考えているみたいなのよね。あなた達夫婦も大概だけど、アキトもびっくりするぐらいのお人よしだわ」


 シャルロットさんはそう言って、俺の頬をプニプニとつついて来る。整った可愛い容姿をしている女性にそんなことをされたら、もちろん俺の顔は赤くなってしまうわけで……。


「……立って」


 後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこにはメノさんが立っていた。彼女の視線はシャルロットさんに注がれており、表情は無。逆に怖い。


「え!? あれ!? メノお姉ちゃんいつの間に――「立って」――は、はいぃいいいいいい!?」


 シャルロットさん、またお尻を蹴り飛ばされて飛んで行った。きっと俺がこれまでに見た数回だけでなく、いままでもやられていたんだろうなぁ。立ち上がった瞬間、メノさんに背を向けてお尻をちょっと突き出していたし。


 木々の隙間を通り抜けていくように調整していたのか、彼女は遠くまで飛んで行った。


「……シャルの代わりに私が話を聞く」


「よ、よろしくお願いします。ち、ちなみにどうしてシャルロットさんは蹴られちゃったんですか?」


「…………真面目な話し合いの時に、ふざけてたから」


 彼女は俺の質問に、ムスッとした表情と口調でそう答えた。


 いままでのメノさんの行動、そして葵からの『メノさんは俺に好意を抱いている』という情報を信じるのであれば、嫉妬したんじゃないかと思うけど……面と向かって俺にそんなことを言えるわけもないし、俺もメノさんも、とぼけるしか選択肢はない。


「なるほど」とわかったように相槌を打って、呆然としてしまっているフロンさんとディグさんに目を向ける。


「たぶんシャルロットさんから聞いていると思いますが、七仙のメノさんです」


 紹介するまでもなく知っているだろうなぁと思いつつ、メノさんを手で示す。


「……よろしく。呼び方は普通にメノでいい。ここではアキトがリーダーだし、私も大賢者なんて肩書じゃなくて、ただの住民。普通に接していい」


「「よ、よろしくお願いします」」


 二人とも、頭を下げてそう言った。シャルロットさんと友人だけあってある程度は慣れているのだろうけど、それでも緊張はしている様子。やっぱりメノさんってすごい人なんだなぁ。


 そう思っていると、頭上から四つ世界樹の果実が落ちてきたので、俺が二つ、メノさんが二つそれぞれ空中でキャッチする。


 どうやら母さん的にも、この人たちは歓迎したいらしい。メノさんとアイコンタクトを取ってお互いに頷くと、俺はディグさんに、そしてメノさんはフロンさんに一つ果実を渡した。


「……冒険者をやっていたならおとぎ話ぐらい聞いたことあると思うけど、これは伝説の世界樹。そしてこれが、その果実。この一つで、戦争が起きてもおかしくないぐらい貴重な食べ物」


「……あ、あの、メノさん?」


 目を大きく見開き、頭上、そして手に持った赤色の果実をまじまじと見つめるディグさん。フロンさんは驚きのあまり果実を落としそうになっていた。結界があるから『なんかすごい木がある』ということはわかっていたかもしれないが、世界樹とは思っていなかったのかもしれない。


 メノさんは俺にちらっと眼を向けると、クスリと楽しそうに笑う。


「……私も最初びっくりした。だからびっくりさせたかった」


 そんな風に言われたらなんでも許しちゃいそうです。可愛いですメノさん。

 そしてそんなイタズラメノさんに乗っかって、悪ノリした母さんがボトボトと十個ほどの果実を落としてくる。これが新人いびりってやつなのかなぁ。





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