第55話 コーヒーが飲みたい




 魔物の間引きと飛行練習を終えて拠点に帰宅すると、ロロさんが俺たちの元に走ってきた。朝見た時はロングスカートにシャツの姿だったけれど、現在はゆったりとしたズボンを身に着けている。どうやらまたリケットさんに新たな服を作ってもらったらしい。


 もちろん彼女だけでなく、俺、メノさん、ルプルさん、さらには服を必要としない葵たちにもリケットさんは服を作ってくれている。日に日に彼女の裁縫技術が上昇している気がするんだよなぁ……すでに上下十着ずつぐらいあるんだが。


 まぁそれはいいとして。


「どうしたんだ?」


「また例の飲み物を作ってみましたので、味見していただけませんでしょうか?」


「おぉ、するする! 手探りのお仕事を任せちゃって悪いな」


「いいんです! 楽しいですから!」


「……私も飲む」


「もちろんです! メノさんにも毒の有無などを確認していただきましたし、是非とも飲んでみてください。味は保証できませんが」


 ロロさんが苦笑しながらそう言うと、隣のメノさんがゴクリと生唾を飲み込んでいた。ちょっとビビッているらしい。


「無理して飲まなくてもいいんですよ?」


「……別に無理してない」


 そうらしい。ならば一緒に地獄を見てもらいましょうか。

 これまでにも同様のことをやってきてはいるけど、まだ嘔吐までしたことないから、きっと大丈夫だろう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「本日はこちらの三種類です。アキトさんから見て右から『サンガ』『ネイツ』『ホロウ』の豆を使用しています」


 ロロさんの家に入り、ダイニングの椅子に座る。テーブルの上には三つの魔鉱石製のコップが置いてあり、その手前には数粒の豆がお皿の上に乗っていた。


「……独特な臭い」


「……ですね」


 どのコップから漂ってきているのかはわからないが、土が焦げたようなにおいがする。食欲がそそられるとは言い難い香りだ。


 さて、俺がロロさんに何を作成してもらおうとしているかというと、ずばりコーヒーである。この世界にコーヒー豆がないことはメノさんから情報を得ているので、代用品を探しているところだった。


「……責任者のアキトから」


 彼女は一番右にあるコップを手に取り、スススと俺の前に持ってくる。やや挙動不審気味なところを見るに、さては俺の反応を見てから飲むか決めようとしてるな?


 まぁ、めちゃくちゃマズかったりしたらメノさんに申し訳ないし、いいんですけどね。


「じゃあ、まずはサンガの豆の分からだな」


 まずコップを鼻の近くに寄せて香りを嗅いでみる。残る二つのどちらかが放っているであろう土の焼けた匂いでわかりにくかったが、こちらはスッと鼻に抜けるようなミントっぽい香りがした。これはコーヒーと言うより、紅茶よりの香りかなぁ。


 液体の色は薄い茶色。濁りはなく透き通っている。麦茶っぽい見た目だ。


「――よし」


 気合を入れてから、サンガの抽出液を口に含む。

 ロロさんとメノさんの視線が俺に集まり、二人ともハラハラした様子で俺のことを黙って見ていた。実際に飲んでいる俺はというと、首を傾げながら味覚に神経を集中させている。


「……マズくは、ない。でもなんというか……美味しくはない、ですねぇ。香りは紅茶に劣るし、味はちょっと薬草っぽいというかなんというか――」


「……私も飲む」


 俺がなんと言っていいかわからずに頭の中から語彙をしぼりだしていると、メノさんが俺の手からコップを奪い取り、口を付ける。


 二十五にもなって間接キスとかを気にしちゃってごめんなさい。メノさん、まったくそういうの意識してなさそうだよなぁ。なんだか空しい。


 サンガ飲料を飲んで口をもにょもにょと動かしたメノさんは、眉間にしわを寄せて「私はあまり好きじゃない」とオブラートに包んだ『美味しくない』発言をしていた。まぁ、俺もそう思います。


 続く二杯目、ネイツの豆から作った飲み物だ。


 これが先ほどから強烈な土が焦げた匂いを放っている元凶だった。味? 土を焼いたような味だったよ。メノさんには飲まないほうがいいと言ったのだけど、彼女は再び俺のコップを奪い取り、眉間にしわを寄せて「これは飲み物じゃない」と言っていた。オブラートに包む余裕もなかったらしい。


 そして最後、ホロウの豆から作った飲み物。


 今度はメノさんが先陣を切ってコップに手を伸ばし、中に入っている黒い液体を見つめる。鼻を寄せてヒクヒクと動かしたのち、「香りは好きかも」と口にした。


 そして、コップの縁に口を付け、飲む。


「…………」


「ふふっ、なんて顔してるんですかっ」


「……苦い」


 苦し気に呻く彼女の顔は、眉間にしわを寄せながら口元は歪み、泣きそうな顔になっていた。なんだか変な性癖に目覚めそうになってしまった。


「も、申し訳ございませんメノさん! 『私が飲んでもどうせわからない』と思って、味見まではしてなくて」


 泣きそうな顔のメノさんを見て、ロロさんが慌てた様子で頭を下げる。なんなら勢いあまってテーブルに頭をぶつけていた。痛そう。


 七仙というこの世界の重鎮に対して、ひどい飲み物を出してしまったと思っているのだろうけど、まぁ実験だから仕方ないよな。メノさんも、こうなる可能性を見越してチャレンジしたのだろうし。


「……ロロは気にしないでいい。さぁ、アキトも飲んで。一人だけ逃げるのはダメ」

「ふふっ、別に逃げませんよ」


「……笑わないで」


「だって――ふふっ」


「……ばか」


 ムスッとした様子のメノさんは、スッと俺の前にコップを置く。彼女が口を付けた部分が濡れているのが見えたので、そこは避けたほうがいいよな――とコップを少し回転させる。


 すると、


「……ん? だれか来た?」


 そう言いながら、メノさんが玄関に目を向けた。

 なにか物音でもしたのか? 全く聞こえなかったけど。


 ロロさんも「何も聞こえませんでしたが……」と首を傾げている。一応後ろを振り返って耳を澄ませてみたけど、とくに物音は聞こえてこない。


 メノさんに対する罪悪感がまだ抜けていないらしいロロさんが、「見てきます!」玄関まで確認しに行ってくれたけど、誰もいなかったらしい。


「……ごめん、気のせいみたい」


「? そうですか、じゃあとりあえず、これ飲んでみますね」


 そう言いながら、俺はホロウから抽出した飲み物の入ったコップを手に取る。


「…………?」


 なぜか避けたはずのメノさんが口を付けた場所が、また正面にやってきてるんですけど? え? メノさん、もしかしてやってる?




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