第54話 間引きと飛行練習
葵が天界で勉強をしていたように、母さんは母さんで神様や天使様から何か知識を得ているのだろう。もしくは、自分の体がもたらす効果を把握しているとか。じゃないと『木の枝を魚と一緒に塩漬けにしろ』だなんてことを言い出すはずがない。
母さんの言うことは信用しておきたいところだけど、万が一ダメになったとしたら半年待ちになってしまう。もしそうなってしまったら膝から崩れ落ちるどころでは済みそうにないので、世界樹の枝を入れる分とは別に、もう一つ別に瓶を用意することにした。
さて、ソーユに関してはこれ以上することはないので、食糧倉庫に保管しておくことにして俺はメノさんと二人で島の魔物狩りに出かけることにした。
消費する肉よりも倒す魔物のほうが圧倒的に多いので、魔石や皮など、使える部分以外はその場で燃やすことがほとんどだ。
今日の晩御飯に関しても、午前中に張り切ったアルカさんが魔物を倒してきてくれたので、そちらの肉を食べることになっている。レッドスネークという蛇の肉だ。名前の通り、赤く大きな蛇である。
閑話休題。
魔物をある程度倒してから、見晴らしのいい平原で俺は魔力の羽を背中から生やしていた。見た目は完全にメノさんのものをパクッており、動かし方ももちろん、メノさんから教えてもらったことをそのまま取り入れている。
「……かなり上手になった」
「ま、まだ不安はありますけどね」
「……アキトなら落ちても平気」
「頭ではわかってるんですけどねぇ」
最初に練習をしてからたぶん一か月ぐらいだろうか? たぶんロロさんが来たあたりぐらいから本格的にやりはじめたから、たぶんそれぐらいだと思う。その練習期間を経て、俺はようやく空中で一定の場所にとどまることができるぐらいにはなった。
とはいえ、任意の場所に思い通りに飛ぶことができるかと言われたら、まだ微妙。少なくとも、俺はまだメノさんのように力強く、それでいて優雅に飛ぶことはできない。
「……アキトはすごい。私は一年以上かかった」
「メノさんは独学なんでしょう? それに、俺は魔導の極みと身体操作レベル10のスキルがありますから、たぶんそれのおかげだと思います」
「……それでもすごい」
お互い空中で魔力の翼で羽ばたきながら、そんな会話を交わす。練習を始めて間もないころは、この魔力の翼でメノさんをバチバチ叩いてしまうなんて失敗もやらかしたりしていた。それでも根気よく俺の練習に付き合ってくれたメノさんには感謝である。
「……どれだけ成長してるかテストをする」
「おぉ、どんなテストですか?」
「……アキトが私を追いかける。私は逃げる」
メノさんは腕組みをして、自慢げに胸を逸らしながら俺にそんな提案をしてきた。つまりは鬼ごっこということだろう。
ステータスだけ見れば、敏捷力99万の俺が圧倒的に有利なんだけど、空中でとなると話が違ってくるんだよなぁ。全然勝てる気がしない。
「……手加減はする。捕まえたら……ご褒美をあげる」
「――ゴホッ、ご、ご褒美ですか」
いけない妄想をしてしまった俺をどうかお許しください神様。たぶん、先日メノさんとシャルロットさんが『なんでもする』論争をしていたのが原因だと思うんだ。普段からそんなことばかり考えているわけではないんですよ。本当に。
「わかりました。そのテスト、受けさせてください!」
「……うん。私の体のどこかに触れたら、アキトの勝ち」
そんなメノさんの言葉でさえ卑猥な方向に考えてしまった俺は、もうダメかもしれない。
どんっ――という音と共に地面は揺れ、突風が俺の髪を激しく揺らす。
メノさんは俺から逃げるために勢いよく上空へ飛び上がり、そこから横方向へと移動を開始する。普通の鬼ごっこだと、開始から十秒経って――みたいな感じだろうけど、この異世界でそれをやってしまうと、それはもはや鬼ごっこではなくかくれんぼになってしまう。
というわけで、俺がメノさんを追いかけ始めるのは彼女が飛び立ってから二秒後――それでも、彼女の姿がギリギリ視認できるような距離だった。
「――落ちても超回復がなんとかしてくれるだ――ろっ!」
最後の言葉を口にすると同時、俺は斜め方向に力強く足を踏み込んで飛び立つ。ある程度空を弾丸になった気持ちで飛んでから、俺は翼を広げた。メノさんにはかなり近づくことができている。ビビッて、翼を早めに広げ過ぎたからか、思ったよりも距離を縮めることができなかった。
――が、しかし。真っすぐな直線対決ならば、不格好ではあるが俺の方が速い。メノさんの持つ技術を、俺が授かったステータスが殴っているようで申し訳ない気持ちはあるのだけど、手加減するほど俺はうぬぼれてはいない。
徐々に距離は近づいてきたと思ったら、メノさんは真下へ急降下――さらにそこから真横へ急旋回し、そしてまた再び空へ上ってくる。
「――すっご!」
その動作についていこうとしたら、あっという間に距離は離されてしまった。
素直に彼女の軌跡を追おうとしたらだめだな。どうあがいても今の俺では付いていけない。動きを読まないと。
そう思って、彼女の向かいそうな場所を予測して飛んでみるが、彼女は俺の動きを見て反対の方向へ飛んでいく。ならば動き始めを観察して――と思ったが、今度はフェイントを入れるようになってきた。
「――か、勝てる気がしねぇ」
直線スピードでは俺が勝っているはずなのに、彼女に翻弄されるとあっという間に差は広げられる。自分の技術の未熟さを再確認させられちゃったなぁ。
結局一時間にわたる鬼ごっこで、俺は一度も彼女に触れることはできなかった。悲しい。
めちゃくちゃ疲れたというわけではないけれど、このまますぐに帰るのもなんだか変な感じがするので、スタート地点の平原にて、丸太に座って帰る前に少しだけ休憩をすることにした。
「……この調子で頑張れば、いつか捕まえられる。アキトはすごい。それに、長期戦になったら、魔力切れで先に私が落ちる」
メノさんは俺を励ますような言葉を掛けてくれる。
結果的に慰められることになってしまったが、できればもう少しカッコいいところを見せたかったなぁ。陰で練習して、いつか驚かせてやろう。
「ちなみに、ご褒美ってなんだったんですか?」
正直、飛んでいる最中はずっとそのことが気になっていた。冷静に考えると、メノさんが魔道具を作ってくれるとかそういう感じのことだと思うのだけど。
俺が質問すると、メノさんはほんのり頬を赤くした。それから手で丸太をぐっと押して腰を浮かし、俺へとすり寄ってくる。
な、なにをするつもりだ? ま、まさか本当に、き、キスとかそういう――
「……これがご褒美」
「な、なるほど」
「……嬉しい?」
「そ、そうですね。嬉しいです」
彼女がやったことは、俺の頭を撫でることだった。二十五にもなって頭を撫でられるのは少し気恥ずかしいが、彼女から見たら俺って子供のようなものだろうし、仕方がないことなのかもしれない。
やっぱり、恋の対象としては見られてないんじゃないかなぁ。
そう思ったのだけど、メノさんは満足した様子で俺の頭から手を離すと、
「……私が頑張ったときは、アキトがやって」
ボソッと消え入るような声で、そう言ったのだった。
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