第53話 醤油が欲しい




 シャルロットさんとアルカさんの二人は、朝食を食べたあと、少しの間葵たちと遊んだりしてから昼前に帰っていった。


 新しくこちらにやってくる二名に関して――彼らはこちらにやってくるまでの間に、身辺整理やお世話になった人達との別れをするらしく、一週間後にこちらにやってくることになった。


 元々大陸でも強くて有名な冒険者だったようなので、この島で過ごしてもう少しレベルを上げれば、魔素酔いも気にならなくなるだろうとのこと。


 そして、その一週間の間に俺は何をしていたかというと――、


「醤油が欲しい」


 さらなる食の発展のために頭を悩ませていた。

 大豆と塩を使うことは何となく知っている。あとは他にも何か入れるのだろうけど、詳しくは知らない。そして何より、どうやって作るのかさっぱりわからないのだ。


 さらに問題点を上げるのであれば、この世界にどうやら大豆が存在しないらしい。

昔の転生者さん、小麦や米もこちらの世界で作ったのなら大豆も一緒に作ってくれよ……日本人だろ。まぁ、大豆があっても醤油の作り方がわからないんですけどね。


 作業部屋の椅子の背もたれに背中を預け、窓の外を見ながら頭を働かせる。


 もしかしたら葵たちが天界で勉強してきた内容の中に。醤油に変わる調味料の知識がないかと思って聞いてみたのだけど、残念ながら知らないようだった。メノさんも『ダイズは聞いたことが無い』と言っていたので、彼女が知らないのであれば可能性は薄い。


「うーん……刺身はちょっと怖いけど、照り焼きとかソースとか使い道が豊富だし、なんとかして代わりになるものがあればいいんだけど」


 あ、そう言えばワサビとかショウガ、ニンニクの代わりになるものも探したいなぁ。なんて脳内であちらこちらに脱線しながら頭を働かせていると、メノさんがやってきた。


 彼女には自由に出入りしていいとは言っているけど、作業部屋に入る前にきちんとノックしてくれている。


「……悩みごと?」


 彼女はテクテクと俺へと近付きながら問いかけてくる。彼女は部屋の隅に置いていたスツールを見つけて、そこに腰掛けた。


「えっと、少し前にメノさんに『大豆って聞いたことありますか?』って聞いたことがあったでしょう? アレの代わりになるような植物ってあるかなぁと考えてました」


「……その『ダイズ』は何に使うもの?」


「調味料です。塩辛くて、魚とかに使ったり――魚……あっ」


 もしかして、魚醤ならできるんじゃないか?


「メノさん、この世界って、魚を塩と水に漬けて作るような調味料ってあったりしますか?」


「……あるけど、もしかしてアキトはそれが作りたかった? 言ってくれたら作るけど、半年はかかると思う」


「は、半年も――いや、でも作りましょう! メノさん、作り方を教えてください!」


 俺は立ちあがり、メノさんに詰め寄って頭を下げる。彼女は俺の勢いにやや気圧された様子で、顔を赤くしていた。


「……あ、アキト、顔が近い」


「す、すみません!」


 注意をされて慌てて後ろにさがる。彼女はクンクンと自分の体を匂っていた。もしかして匂いでも気にしていたのだろうか? メノさんからフルーツのような甘い匂いがすることはあるけど、嫌な臭いなんてしたことないんだけどなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「……この島で取れる魚と塩だから、きっと美味しいものができる」


 サプラの瓶に詰めた魚と塩。内臓とかはてっきり抜くのかと思ったし、発酵させてつくるのだろうから温度管理とかもしなきゃいけないのかと思ったけど、このままでいいらしい。


 メノさんによると、この魚醤はこの世界では『ソーユ』となんとも惜しい名称をしているようで、魚の匂いがするため好き嫌いの別れる調味料らしい。メノさんは、あまり好きじゃないとのこと。付き合わせてしまい申し訳ない。


「……早く食べてみたい」


 世界樹の下で、瓶に詰めた魚を眺めながらメノさんが言う。


「? あまり好きじゃないんですよね?」


「……この島の食材は美味しい。それに……と――から――」


 最後のほうはボソボソと、聞き取れないような声量でメノさんは言った。正直に「すみません、聞き取れませんでした」と白状すると、彼女は怒ったように俺を睨みながら顔を赤くする。


「……アキトと作ったから、楽しみ」


「…………そうですね。俺もメノさんと作ったから、楽しみです」


 なにいまのメノさん、可愛すぎやしませんかーっ!?

 心の中で絶叫しつつ、火照る顔を誤魔化すために「今日はちょっと暑いですね」なんて言いながら服でパタパタと顔を仰いでいると、木の枝が俺の頭にコツンと落ちてきた。


「――いっ、な、なんだよ母さん。俺別に変なことは言ってないだろ」


 上を見上げながらそう言うと、葉っぱがパラパラと数枚落ちてくる。


 母さんとの会話に関してだが、実は簡単な受け答えならできるようになっている。

 葉っぱの枚数で五十音を示す――というような高度なことはできないようだけど、葉っぱなら『肯定』、木の枝なら『否定』というように、はいといいえの受け答えなら可能なのだ。


「じゃあなにか伝えたいことがある感じ?」


 再び葉っぱが落ちてくる。肯定っと。


「それは俺に? それとも他の誰か? 前者なら葉っぱで」


 これも葉っぱ。ということは、俺に何か伝えたいことがあると。

 そして続けざまに、世界樹の果実が落ちてくる。それは、テーブルの上に置いてあるソーユ作成中の瓶の上に落下した。まぁ、ぎりぎりでメノさんがキャッチしていたけど。


「この『ソーユ』に関してのこと?」


 葉っぱが落ちてきた。この調味料に関してのことらしい。

 そしてその後、ぼとぼとと数本の木の枝が瓶の上に降ってくる。


「ん? 違うの?」


 そう問いかけると、今度は木の枝が一本。違わないらしい。

 じゃああの木の枝連打はなんだったんだ? どういう意図で枝を大量に?


「メノさんわかります?」


「……難しい」


「ですよねぇ」


 二人して腕を組んでうなっていると、アカネが「それなーに?」とニコニコしながらやってきた。瓶の中身の説明、それから今の状況を話してみると、


「この枝も一緒に入れてって言ってるんじゃないの?」


 アカネはそんなことを言いだした。いやいや、調味料に木の枝を入れちゃいかんだろう――そう思ったのだけど、俺たちの上に大量の葉っぱと、アカネの真上から世界樹の果実が落ちてくる。


「えぇ……? もしかして正解なの?」


 上を見上げながら呟くと、葉っぱがひらひらと落ちてくる。

 木の枝を一緒に――と言われたら違和感しかないが、『世界樹の枝』と言われたら、たしかに何かやってくれそうな気はするなぁ。




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