第52話 お怒りメノさん
「生きてれば、なんでも治せるよ~」
はたしてヒカリが放ったその言葉は、夢の中での言葉なのか、それともきちんと俺たちの会話を理解し、自分の能力を把握した上での言葉なのか。
俺と葵は一度は死別したのだ。できることならば精一杯甘やかしてやりたい――だけど「ほ、本当なの!?」と目じりに涙を浮かべているシャルロットさんを前にして、『続きは明日にしましょう』とは言えない。たぶん、ヒカリ以外の全員が気になって寝られない。
そんなわけで、俺は心を鬼にしてヒカリをベンチに座らせ、両手で頬っぺたをむにむにといじる。
「んへ、んへへ……もうお兄ちゃんなにしてるの~?」
「起きろ~」
夢と現実のはざまにいるヒカリを、なんとかして現実の世界に呼び戻そうとしていると、結構つよめのげんこつがヒカリの頭に振り下ろされた。
「お兄ちゃんに迷惑かけてどうするの。起きて」
こぶしを振り下ろしたのは、ヒスイだった。ソラと同じく、あまり前に出てこないような内気な性格というか、縁の下の力持ちのようなタイプだけど、わりとこういうところで怒ったりするんだよなぁ。
そしてそのヒスイに同意するのはアカネ。シオンはやれやれと言った様子で、ソラはおろおろとしていた。同じ葵でも、人格が別れているというだけあって、個性が豊かだなぁ。
「……うぅ、ごめんなさいお兄ちゃん」
「あはは……こっちこそ眠い時にごめんな。それで、ヒカリの回復魔法について教えてくれるか? 失った腕とかも、治せるのか?」
彼女のステータスでは大して痛くなかっただろうけど、げんこつを食らったという事実が精神にダメージを与えたようで、ヒカリは涙目だった。両手で頭をさすりながら、彼女はコクリと頷く。
「できるけど、一週間ぐらいはかかると思うよ? 天使のお姉さんがそう言ってた」
どうやら、ヒカリは本当に欠損治療ができてしまうらしい。
単純にすごいなぁと思うけれど、同時にちょっと兄としては複雑な気持ちだ。彼女が優れているから嫉妬しているとかじゃなくて、彼女を守りたい身としては。
「このことは、絶対に外には漏らさないでくださいね」
後ろを振り返り、この中で唯一外の大陸と繋がりのあるシャルロットさんに、釘をさす。
万が一ヒカリのことが外に漏れようものなら、この魔物のいる世界で彼女を求める人間はたくさんいることは容易に想像できる。
休みをもらうために断ったら、治療が間に合わなかったら――きっとその時に責められるのはヒカリだ。
「もちろん、言わないわよ――その夫婦にはこちらへの移住とアキトたち下に付くことを条件にする。断ったとしても、絶対に情報を漏らさせないように徹底する。殺してでも、ちゃんと止める。責任は私がとる」
シャルロットさんは淡々とそう語った。
責任感を持っているというのもそうなんだろうけど、たぶん、彼女の知るその夫婦はそんなことはしないとわかっているんだろうなぁ。そんな口振りのように俺は感じた。
「別に俺たちの下に付く必要はないですよ……だけどまぁ、みんなと仲良くできるような人だと嬉しいですね。な?」
葵たちに向かって笑いかけると、彼女たちは「どんな人たちだろうね?」と速くもワクワクした様子を見せていた。ポジティブで助かる。そしてポジティブが許されているようなこの環境に、本当に感謝だ。
シャルロットさんには「詳しくはまた明日、みんなで話しましょう」と話をして、俺は再び夢の中に旅立ったヒカリを抱きかかえて家に帰る。
今度やってくる人も、ここで幸せに暮らせるようになるといいなぁ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。
俺がまず行ったことは、昨日は寝ちゃってごめんなさい……としょんぼりしているヒカリをなだめることだった。ロロさんとリケットさんが既に朝食の準備を始めてくれていたので、俺とヒカリはそこに加わって、調理の手伝いをしたり、一緒にできた食事を世界樹の下のテーブルに運んだりした。
他の四人はそれぞれまだ家から出ていないメノさんルプルさん、シャルロットさんアルカさんを呼びにいった。ここで『まだ寝たい』という希望があれば、いまいるメンバーだけで食事をとることになる。
――そういう決まりを作ったのはいいものの、遅刻者はほとんどいないんですけどね。たまにルプルさんが『もう少し寝るのだ!』と言うぐらい。
「あれ? シャルロットさんは?」
ヒカリを除いた葵たち四人、そして七仙の三人の合計七人が俺たちの元へやってくる。もしかして、朝は弱い人なのだろうか? それとも、昨日の夜に心を揺さぶるような話をしたせいで、夜遅くまで眠れなかったとか?
「シャルロットお姉さまなら、昨晩国に帰ったぞ。朝には戻ると言っていたが……ん、どうやらちょうど戻ったようだな」
アルカさんがそう言って顎で示した先には、こちらに向かって歩いて来るシャルロットさんの姿があった。彼女は俺の顔を見つめたまま、ずんずんと一直線にこちらにやってくる。
「聞いてアキト! フロンもディグも『ぜひお願いしたい』ってさ! 二人ともすごく喜んでた!」
彼女は開口一番、朝の挨拶もすっとばして嬉しそうにそう口にした。
おそらく彼女の口にした『フロン』『ディグ』という二名が、怪我をしているという冒険者の人達なのだろう。どちらが女性でどちらが男性なのかはわからないけども。
それからシャルロットさんは、俺の近くにいたヒカリに「ねぇ、改めて、二人の治療をお願いしてもいい? この通り」と頭を下げていた。ヒカリは俺を見上げて「いいんだよね?」と問いかけてくる。
「おう。お願いを聞いてくれてありがとなヒカリ。ヒカリのおかげで、困っていた人が幸せになれるんだ。すごいことだぞ」
俺は腰をかがめてヒカリの目線に合わせ、頭を軽くなでる。すると、彼女はすぐに俺の手を避けるように後ずさりして、後ろで見守っていた残りの葵たちに目を向ける。
言葉を発さないまま、彼女たちはアイコンタクトだけで光を帯びて一つの体になった。
そして、少し大きくなった黒髪の葵は、再び俺の前にやってくる。
「はい、お兄ちゃん頭撫でて! ヒカリは私だけど、他の葵も私だから」
どうやら人格の一つであるヒカリとしては、自分だけが褒められるのはあまりよろしくないと感じたらしい。せっかくなので俺は彼女を抱きしめる形で、後ろ頭を撫でることにした。
「二人――六人? よくわかんないけど、ありがとう! お礼に私にできることならなんでもするわ!」
そうしていると、シャルロットさんがやや問題発言と思われる言葉を口にしながら俺たち二人を包み込むように抱きしめてくる。右の二の腕に当たるフヨンとした柔らかいものが何であるかなんて、いまは考えるべきではないのだろう――そうとはわかっていても、意識してしまうのが男というものだ。俺は悪くない。お胸様が悪い。
頭の中でそんな言い訳をしていると、ふわりとシャルロットさんから感じる重さが軽くなった。そして彼女は「え? え?」と戸惑ったような声を上げながら、徐々に空に向かって上がっていく。
「……メノさん?」
この現象を引き起こしたのはメノさんである。彼女は大きな魔力の翼を広げ、バサバサと威圧するように強く羽ばたきながら、シャルロットさんの首根っこを片手でつかんで飛んでいた。
「……女の子が軽々しく『なんでもする』なんて言ったらダメ」
「ご、ごめんなさい」
七仙という立場であったとしても、最年長のメノさんにはやはり逆らえないらしい。その親し気な様子を微笑ましく見ていると、メノさんのジト目がこちらに向く。
「アキトも、言っちゃダメ。前に言ってた」
「い、言いましたっけ?」
「……言ってた。私がお願いしたとき、『なんでもする』って言ってた」
あぁ……なんか言ったような気がする。でもそれは相手がメノさんだからであって、俺だって言う相手は選んでいるつもりだったんだけどなぁ。
「言う人は選んでるつもりですよ。メノさんのことは信用していますから」
「……ならいい」
彼女はそう言って、ボトッと「いたっ」シャルロットさんを落とす。まぁ高さ二メートルぐらいだから、痛いというよりもビックリして声が出たって感じだろうけど。
「お兄ちゃん、あれってたぶん、シャルロットお姉ちゃんをお兄ちゃんから引きはがす口実だよ。愛されてるねぇ~」
こそこそと、葵が俺の耳元で予想を口にする。
本当にそうだとしたら、なんだか嫉妬してくれているようで可愛いなぁ。
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