第51話 怪我人の治癒




 夕食を終えてから、みんなと一緒にテーブルゲームで遊んだ後、それぞれの家に帰った。アルカさんとシャルロットさんは明日の昼頃に帰宅するとのことだったので、寝具はきちんと準備させてもらっている。また暇を見つけてこちらにやってくるそうだ。


 そして、夜。


 遊び足りなかったらしい葵たちと一緒にトランプの大富豪で遊んでいると、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。


 こんな時間に誰だ? もう夜の十時を過ぎているし、緊急の用事があるようなことはこの島であまりないと思うんだけど。


「誰だろうな?」


「メノさんじゃないかな? 『一緒に寝よ』とか言ってくるかもしれないよ」


 アカネがニマニマとからかうように笑いながら言ってくる。シオンもその言葉に同意し、ヒスイとソラはやや恥ずかしそうにしていた。ヒカリは眠たそうに目元をこすっている。


 椅子から立ち上がり、葵たちと一緒に玄関へと向かって行く。全員来る必要はないだろうに。圧が強いぞ。


「はーい、出ますよー」


 声を掛けながら玄関に近づいていき、扉を開くと――、


「? こんばんは、どうしたんですか?」


 そこにいたのは、精霊族のシャルロットさんだった。まだお風呂に入っていないのか、それともこの服だけしか持ってきていないのか、身に着けている服は昼間に見たものと一緒。ちなみに俺は部屋着を着ているし、葵たちもみんな自分の体を変形させてパジャマを身に着けている。


「夜遅くにごめんね? ちょっとだけ私の話を聞いてもらえる?」


 彼女は真剣な表情で、俺に質問を投げかけてくる。どうやら真面目な話のようだけど……いったい彼女は俺に何を話すつもりなのだろうか。




「あの世界樹の果実には、怪我を治す力はないの?」


 シャルロットさんはリビングのソファに座ると、俺や葵たちに向かってそう聞いてきた。


「怪我は治さないと思いますよ。病気はなんでも治せるみたいですけど」


 俺たちはそもそも怪我をしていないから効果をはっきりと知らないのだけど、メノさんも『あらゆる病を治すと言われている』という風に言っていたし。ただ、実際に試したことはないからわからないんだよな。


「確証はないってこと?」


「実際に見て確かめたわけじゃないです」


「そう……じゃあ、ひとつ世界樹の果実をもらってもいいかしら? 自分の体で試すわ」


 彼女はなんでもないことのように、平然とそう言った。


「そ、それって自分の体を傷つけて食べてみるってことですか? それなら俺がやりますよ。どうせ俺はこの島にずっと住むんですから、いつかは検証しないといけませんでしたし」


「「「「じゃあ私がやる」」」」


 俺の発言のすぐあとに、葵たちが一斉に口を開く。ヒカリだけは俺の肩にもたれかかって寝てしまっているけども。


 ソファから立ち上がって、葵たち一人ひとりの頭を撫でて落ち着かせる。ついでにヒカリをベッドに運ぼうかなぁと思ったが、腕にしがみついてきたのでそのままにしておくことに。


 今度はこちらから質問をさせてもらおうことにしようか。


「どなたかが怪我をされているんですか?」


 シャルロットさんは俺の質問を聞いて、苦々しい表情を浮かべてから頷く。まぁ、そうじゃないとこんな質問をわざわざ夜中にしにこないよな。


「冒険者の友人夫婦がね、男のほうは左腕と右足を食いちぎられて、女のほうは毒で目をやられてる。欠損を治せるような魔法もポーションも、歴史上存在しないの。もしかしたら伝説の世界樹の果実なら――と思って」


 なるほどなぁ。シャルロットさんの苦し気な表情を見るに、きっと親しい間柄の人なのだろう。とはいえ――だ。


 もし世界樹の果実にそんな欠損した傷さえも治すような力があった場合、それはこの世界には無かった過ぎたる力である。いくらでも配ろうと思えば配れてしまうのだろうけど、それはきっと、世界を衰退させる方向へ向かわせてしまうんだよな。


 ポーションを販売している人は職を失い、回復職の冒険者は廃業、薬の研究は一切行われなくなってしまうなんてこともありえるだろう。


 もし治せたとしても、その人たちにはこの島に来てもらう必要があるだろうな。


「なんにせよ、まずは確認ですね。さっそく試してみましょう」


 世界樹の果実に傷を治す力がなければ俺たちにはどうすることもできないし。




 俺たち七人は世界樹の下にまでやってきて、母さんから果実を一つもらった。

 こればっかりは譲れない――と、シャルロットさんは自らの腕に傷をつけ、世界樹の果実を食べたり、果汁を腕に振りかけたりしてみた。だけど、


「ダメ見たいですね……」 


 彼女の傷口は一向にふさがる様子がない。


「……そうね、ごめん。夜中にこんな相談をして。昼間に試しておけばよかったんだけど、色々驚いて頭から抜けちゃってたわ」


 シャルロットさんは無理やり笑顔を作ったような表情を浮かべて、「このことは忘れていいわ」と言った。


 なんとかしてあげたい――けど、俺にはその力はないんだよなぁ。


 魔鉱石と地球の知識を総動員して、義足っぽいものぐらいならなんとか作れるかもしれないし、見た目だけの義手ぐらいなら作れるだろうけど、女性のほうの目はどうにもできないだろう。


 居心地の悪い沈黙が、俺たちを包み込むように辺りに充満していく。


 もしかしたら、この島にまだ見つかっていない薬草とかがあるかもしれない――だからそれを探してみることにする。期待はせずに待っていてほしい――そう言いかけたところで、シオンが俺の腕に抱き着いているヒカリをペシペシと叩いた。


「ヒカリ、起きるでござる」


「んゅ、どうしたの~」


 シオンに起こされたヒカリは、俺の腕にぐりぐりと顔をこすりつけながら返事をする。


「ヒカリの回復魔法は、どこまで治せるでござるか?」


 それは俺も考えていた。ヒカリが覚えている光魔法は、怪我の治癒をすることができるのだから。


 だけど、シャルロットさんは『治せる魔法はない』と言っていたのだ。ヒカリが授けられた光魔法は、『基本属性』と言われるぐらいには一般的――いやでも、彼女の『光魔法・極』がこの世界で初めての物だったとしたら、可能性はあるのか?


「ヒカリ、どうなの? 頑張って起きて」


 頭を撫でながら声を掛けると、彼女は「んふふ」と目をつぶったままくすぐったそうに笑う。そして、彼女は寝言のようにぼんやりとした口調でこう言った。


「生きてれば、なんでも治せるよ~」





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