第48話 やっぱり建築する




 精霊族であるシャルロットさんに釣られるような形で、一緒にいたアルカさんも同様に世界樹の前で跪き、手を組んで祈りをささげていた。


 その光景を後ろで見守っていると、メノさんがこそっと俺や葵に知識を授けてくれる。


「……世界樹はおとぎ話にもなっているけれど、精霊族では特に信仰されてる」


 それに加えて、母さんのように精霊として人化するというケースも驚きに一躍買っているらしい。まだ実際に人化しているわけじゃないけど、その辺りはメノさんへの信頼ってことなのだろう。


 シャルロットさんは真剣に一分ぐらい祈っていたようだけど、アルカさんのほうは十秒経ったあたりから隣をチラチラ見て様子をうかがっていた。


 その気持ちはわかりますよ。自分だけ先に祈り終わったらなんか蔑ろにしたみたいに思われそうですもんね。これは日本人特有の考えなのかもしれないけど。


 そしてお祈りタイムが終わったら、自己紹介の続きである。


「ヒカリでーす!」

「シオンでござる」

「ソラです」

「ヒスイです」

「アカネです!」


 まず葵たちがそれぞれ名前を名乗り、その後合体して、「元は一人の人間だったんです」と俺の見慣れた姿で話をしていた。事前にメノさんやルプルさんから話を聞いていたようだけど、それでも目の前で五人が一人になっていく姿は衝撃だったのか、二人とも目を見開いていた。


 葵たちに続き、リケットさんとロロさんも自己紹介。

 自分が元々どこで暮らしていて、どういう経緯でこの島にやってきたかも語っていた。


 二人は礼儀正しく丁寧に挨拶をしているようだったけど、そこまで緊張はしていないようだった。七仙への対応も慣れてきたらしい。


「すでにメノさんたちから聞いていると思いますけど、俺はここでリケットさんやロロさんのような人が、楽しく、穏やかに暮らせるような居場所を作ろうとしています。変なやっかみだとか、この島から搾取しようとする人が来ても迷惑なので、できればこの島のことは外に漏らさないようにお願いします」


 俺がそう言って頭を下げると、すぐにリケットさんやロロさんも頭を下げていた。

 すると、シャルロットさんやアルカさんが口を開くよりも前に、俺の隣にいたメノさんが「頭を上げて」と言う。


「……もともと、この島のことは伏せている。存在に気付いている人はいるけど、上陸はできないし、私たちも答えない。だから、アキトがお願いしなくても大丈夫」


「市場へ物を流さないようにしてるって言ってましたね」


「私たちしか来ることができないから。必需品でもない娯楽品のために依頼を受けるつもりはない」


 メノさんの話を頷きながら聞いていると、シャルロットさんとアルカさんの二人もコクコクと頭を縦に振っているのが見えた。


「メノお姉さまの言う通り、頭を下げる必要はないぞ、アキト様」


 とりあえず『様』って呼ばれるとむずむずするんで、他の呼び方にしてもらっていいですかね……? そんな風に二人にお願いすると、アルカさんは『アキトくん』、シャルロットさんは『アキト』と呼び捨てしてくれるようになった。ありがたい。


「メノお姉ちゃんから話を聞いたとき、私たちはすごく感激したのよ。『そんな風に人のために生きようとする人がいるんだ』って。だから、今日は私たち、挨拶のついでに何か手伝おうと思っていたの。もちろん、アキトが欲求不満で肉欲に溺れたいと言うのなら――」


 シャルロットさん、またメノさんに蹴り飛ばされて吹っ飛んで行ったんですけど。

懲りないなぁ……可愛い容姿をしているとは思うけど、俺のタイプはメノさんみたいに物静かっぽい雰囲気の人なんですよ。


「物資を持ってこようとも思ったが、あまりそういうのは望んでいないと聞いていたからな。肉体労働は任せてくれ」


 地面をバウンドしながら小さくなっていく友人を見送りつつ、アルカさんが言う。痛そうだなぁとは思うけど、この短い時間ですでに二度目だし、案外見慣れた光景なのかもしれないな。アルカさんも全く心配している様子はないし、放っておいてもいいだろうか。


「……肉体労働ですか」


 何があったかなぁ。いや、何もないと思うんだよなぁ。

 できることがあるのなら、それはもう肉体労働担当の俺がやってしまっているんだよ。しいて言えば、この世界樹周りの木を伐採するぐらいだけど、もう世界樹の成長最大値である直径八十メートルからプラス二十メートルぐらいは伐採済みなのだ。


 広くはなりそうだけど、伐採する意味があまりない。


 もう五十メートルぐらい広げたら、俺たちが住んでいる家にまで届くのだけど、木々に囲まれた石畳の道、わりと好きだからなぁ。むやみに伐採したくもない。


 腕を組んでどうしようかと悩んでいると、服の裾をツンツンと引っ張られた。目を向けると、葵がこちらを見上げていた。


「アルカさんとシャルロットさんの家も建てる?」


 家か……。建てるのは構わないけれど、彼女たちは冒険者としての仕事があるだろうし、魔物を倒す仕事ならば緊急事態が発生するということも考えられるから、こちらで頻繁に寝泊まりするわけにはいかないと思うんだよな。


 いっそのこと、作るとしたら宿屋のような形がいいのだろうか? 各々の家にお客さんが寝泊まりできるようの客間を作ってはいるけれど、あまり意味をなしてないな。だってすぐに家が建つんだもの。


「……アキト、お願いがある」


「? メノさんのお願いとはめずらしいですね。なんでも聞きますよ」


 俺が返事をすると、彼女はびっくりした様子で少し顔を赤くしてから、数回深呼吸して息を整えてから口を開く。


「……いつも七仙の会議の場所はバラバラ。場所の関係で、誰かが必ず遠くなる。でもここは四大陸の中心。周りも気を遣おうとするし」


「なるほど? つまり、会議場みたいなものがあれば助かる――ということですかね?」


 そう聞き返してみるとメノさんはコクリと頷き、ルプルさんも「名案なのだ!」と賛成している模様。


 たしかに、そこに寝泊まりできる部屋も一緒に作っておけば、今後七仙の人がやってきたときに対応しやすいのかもな。メノさんとルプルさんの家はすでにあるから、五部屋だけ作ればいいし。……うん、たしかにルプルさんの言うように、名案な気がするな。


「良いと思いますよ――アルカさんとシャルロットさんも、そのお手伝いでどうですか?」


 二人に聞いてみると、彼女たちは揃って困ったような表情を浮かべる。


「それはたしかにありがたいし、手伝いたいのは山々だが……あまり私たちは長居できないぞ」


「最高でも、三日が限度ね。一度帰ってもいいのなら、もう少し引き延ばせるけど」


 二人は顔を見合わせながら、申し訳なさそうに言った。その心配は、おそらく杞憂だと思いますよ。


 葵たちにかかれば、大きめの会議場だろうと今日の夕方までにはできそうだし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る