第39話 服の色





 ロロさんがやってきた日の翌日。

 昨晩リケットさんが『仲良くなれそうです! ロロさんのことはお任せください!』と張り切っていたので、俺はその言葉に甘えることにした。


 いちおう、リケットさんの作業は畑仕事、裁縫、建物周囲の清掃(頼んだわけじゃないけど、空き時間を見つけては掃除をしている)と他のメンバーに比べたらやや多めなので、ロロさんにも少し分けるようにお願いしておいた。


 どうやら年齢もリケットさんと同じ十六歳なので、そこも打ち解けるのに一躍買っていたらしい。ここに来たばかりの頃はおどおどしていたリケットさんも、自分の後輩ができたからか生き生きとしているように見えた。


「ロロさんはじめまして! アカネです!」

「ヒカリです!」

「シオンでござる」

「ヒスイです」

「ソラです、よろしくお願いします」


「……ルプルから聞いてると思うけど、私はメノ」


 翌朝、仕事に向かったルプルさんを見送ったあとの朝食の場で、葵たちとメノさんがロロさんに挨拶をする。葵たちが魔物であり、スライムであることは昨晩リケットさんから聞いていたようで、ロロさんはニコリと笑って「よろしくお願いします」と頭を下げていた。


 そしてメノさんについては自己紹介するまでもなく知っていたようで、「改めまして、よろしくお願いします。大賢者メノ様のご高名はかねがね承っております」と恐縮した様子で挨拶を返していた。


 翻訳した結果とはいえ、すごくかしこまっていることがわかる。やはりメノさんはすごい人なんだなぁと再認識させられた。


「俺と葵たちは別の世界の転生者――ってことも聞いた? この世界の常識とかわからないことも多いから、そのあたりはおいおい学んでいくから許してくれ」


 リケットさんと同じく、俺は彼女に対しての敬語もとっぱらった。これまたリケットさんと同様、『言葉を崩してくれ』とお願いされたからだ。


「はい、リケットさんから伺いました。私にできることがあればなんでも言ってください」


 そう口にする彼女の目からはやる気の炎が灯っているように見える。

 家族は処刑になり、まだ新天地に来たばかりだと言うのに……もう少しゆっくりしたほうがいいんじゃないかと思うんだけど。身体を動かしたほうがマシなのかな。


「じゃあまずはみんなで朝食をとることだな。あぁ、いちおう言っておくけど、これも強制ってわけじゃないからな? 一人で食べたいときもあるだろうし」


 俺や葵は母さんと一緒に食べたいからこの世界樹の下にやってきているのだけど、メノさんやリケットさんも一緒に食べるのが当たり前になっている。


 昼食に関しては、作業の関係で別々に取ることもあるけれど、基本的にはみんなで集まって食べている感じだ。


「……私は一緒に食べる。一人で食べるのはあきた」


 そう言ってから、メノさんはごくごくとミルクを飲む。良い飲みっぷりだ。

 今日の朝食は、朝の早い時間に俺とソラの二人で小麦粉を作っておいたので、それと卵、ミルク、ミルクから取り出したバターを使ってパンケーキぽいものを作ってみた。


 まだベーキングパウダーの代わりになるものは準備できていないのでふっくらとはしていないが、パベリー(ブルーベリーっぽい果実)と砂糖で作ったジャムを付ければ、わりと美味しかった。まだまだ改良の余地はあるが、みんなには好評だった。


「わ、私もご迷惑でなければご一緒したいです……」


 そしてリケットさんもメノさんに続き、小さく手を上げる。ソラが「迷惑なわけないよ」とフォローを入れてくれていた。


 そんな俺たちを見て、ロロさんは上品に口元に手を当てて笑う。


「あっ、すみません。悪気はなかったんです」


 彼女はそう言って俺たちに頭を下げたあと、言葉を続ける。


「リケットさんのおっしゃった通り、みなさん温かい方たちですね。……昨日は自分がどうなるのかもよくわからなくて、『ここに骨を埋めるつもり』と覚悟を決めるつもりで言いましたが――今はそれを前向きな意味で口にしたいです」


 前向きということはつまり、『骨を埋めたい』というニュアンスで――ってことなんだろう。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 食事が終わったあと、リケットさんとアカネが俺の元にやってきた。


 リケットさんは両手で綺麗に折り畳まれたほのかに赤い布を持っており、それを俺に献上でもするかのように差し出してくる。隣ではアカネがわくわくした様子で俺の反応をうかがっていた。


「白だと汚れが目立つかもと思って、お花で染色もしてみたんですけど――どうでしょうか?」


「おぉ……染色までしてたのか」


 二枚あったので一枚を広げてみると、前に木製の小さなボタンが五つ付いたシャツだった。日本で見ていたものと近いのは、アカネの入れ知恵だろうか?


 もう一枚のほうは、紐で縛るタイプの同じ色のズボン。要望として『できれば半ズボンが動きやすくていい』と言っていたから、その俺の願いを叶えてくれてらしい。ありがたい。


「すごいなリケットさん、アカネ! 縫い目もめちゃくちゃ綺麗だし、お店で売ってあるものみたいだ!」


「ざ、材料と教えてくれた人のおかげですよ!」


「それもあるかもしれないけど、俺じゃこんなにうまく作れなかっただろうし、本当にすごいと思うよ」


 彼女たちはこの場所で生活をしていくために――と俺にこの服を作ってくれたのだろうけど、俺としてはプレゼントをもらったような気分である。めちゃくちゃ嬉しい。


「あー! アカネずるい! なんで赤色なの! 黄色は!?」


 もらった服を色々な方向から眺めていると、そんな声が後ろから聞こえてきた。

 後ろを振り向くと、声を発したヒカリだけでなく他の三人もこちらへ向かって走ってきていた。


「お、お兄ちゃん、あ、青色も作ろ!」


「お兄ちゃんには緑が似合うと思う」


「やはりここは紫が一番いいと思うでござる」


 どうやらみんな自分の髪の色と同じ服を作ってほしいらしい。アカネはドヤ顔で「製作者特権だもん」と胸を張っていた。



 余談ではあるが、俺たちがそんな話をしていたとき、家で魔道具作りをしていたはずのメノさんがいつの間にか俺の視界に入る場所にいて、自分の水色に輝く髪を『見て』と言わんばかりに手で梳いていた。


 これはメノさんの色の服も作っておいたほうがいいかもしれないなぁ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る