第38話 来訪




 みんなで仕事終わりのジュースを飲んでから数分後、ルプルさんが女の子と連れて帰ってきた。見た感じの年齢はリケットさんと同じぐらいで、髪は金髪。バッサリと肩のラインでカットしたようなボブヘアーだった。


 この島に近づいてからこの結界に至るまでの間濃い魔素を浴びた影響で、俺たちの前に姿を現したとき少女は顔を真っ青にしており、立っているのさえやっとなのではないかといった感じだった。


 服装は大人しめの飾りがついたグリーンのドレスで、どうやらこちらはワルサーさんが用意してくれたものらしい。彼女の――というか、伯爵家の資産は全て没収となっていたようだ。


 出迎えだけはみんなで行って、詳しい話は俺とルプルさん、それから今回やってきた少女――ロロさんの三人で行うことになった。場所は出来立てほやほやのロロさんの家。


「スッキリとした味わいで、とても美味しいです。気分もすごく楽になりました。これはなんという果物を使用したものなのでしょうか?」


 世界樹の果実ジュースが入ったコップをゆっくりとテーブルに置いて、ロロさんが俺に尋ねてくる。緊張しているらしく、表情にこわばりは見えるが、受け答えはしっかりとしていた。


 いま真実を話すのはよろしくないんじゃないかなぁと思い、ルプルさんにアイコンタクトで『びっくりさせてしまったら申し訳ないので、黙っておきましょう』と伝えた。すると彼女は、コクリと大きくうなずいた。


「ルプルが説明するのだ! それは伝説の世界樹の果実のジュースなのだ!」


 全然俺のアイコンタクト、通じてなかった。


「俺いま『黙っておきましょう』ってアイコンタクトしたんですけど!?」


 チラっとロロさんを見てみると、笑顔のまま固まっていた。息ができているのかもあやしいぐらい固まっていた。


「あれ? そうだったのだ?」


 コテンと首を傾げるルプルさん。彼女には今後アイコンタクトは使用すまい。

 そんな風にルプルさんと会話をしていると、ようやくロロさんが再起動した。


「せ、世界樹とは……まさかおとぎ話の!? 先ほど広場にあった大きな木がそうなのですか!?」


 目を大きく見開いて、ロロさんは窓から世界樹を見ようとする。だが、もう暗いから見えないんだよなぁ、


 それに加えて、あの世界樹はうちの母親です。なんて言ったら更に混乱させてしまいそうなので、これも黙っておこう。


「実はあの世界樹はアキトの母親なのだ!」


 ルプルさん、ちょっとだけお口にチャックしてもらえないだろうか。




「――という感じで、この島ではみんなでのんびり生活しています。不便なところではあると思いますが、余計なしがらみとかは一切ありません。とりあえず、ここで暮らしてみて自分に合っているかどうか判断してみてください」


 もし合わなかったらルプルさんかメノさんに俺が頭を下げて別の案を考えてもらうことにしよう。それで無理だと言われたらロロさんに我慢してもらうしかない。


 ロロさんには楽しい生活を送ってほしいと思うけれど、それでいま他にいる住人が肩身の狭いをするのは間違っていると思うし、俺も嫌だ。


 俺の言葉を聞いたロロさんは、目を瞑ってゆっくり顔を横に振る。目を開くと同時に、口も開いた。


「いいえ、ルプル陛下やワルサー様にここまでしていただいたのです。私はこの島に骨を埋めるつもりです。私のことは奴隷と思って接していただいて構いません」


 彼女がそう言うと、ルプルさんも困ったように肩を竦める。もしかしたら、この島に来る間にも似たような会話を交わしていたのかもしれない。


 まぁ、普通にお断りするけども。

 というか、奴隷制ってこの世界にあるんだなぁ。


「い・や・で・す。ここではみんなが対等――とまでは言いませんけど、誰かに命令するようなことはありません」


 ルプルさんやメノさんだってそうだ。彼女は俺たち兄妹だけではなく、リケットさんに対しても何かを強制させようとしない。


 たぶん元々二人の性格的にそんな感じなんだろうけど、俺としては助かっている。

 だってもしメノさんやルプルさんが、リケットさんに『命令』の形を取っていたら、俺はなんとか説得してやめるようにお願いしていたと思う。


「この島でロロさんが生活するのは、歓迎します。お互いに敬意は払っても、上下関係というのは極力無しの方向でお願いしたいです――ルプルさんも、いいですか?」


「もちろんなのだ! ここではアキトがルールなのだ!」


「指針となる人がいたほうがいいとは思いますけど……俺は威張るつもりはありませんからね? みんなで助け合って、みんなで楽しく生活しましょうってことです」


 理想ばかり口にしているとは自分でも思うけれど、この恵まれた環境ではそれが叶えられてしまうのだ。理想に手が届くのなら、手を伸ばさない理由はないだろう。


 俺たちの会話を黙って聞いていたロロさんは、申し訳なさそうに眉を寄せてから「わかりました」としぶしぶ口にする。


「そんなに気負うこともありませんからね? ――あぁ、先ほどちらっと見たと思いますが、元々生贄として海に流される予定だったリケットさんという女の子がいます。ロロさんと同じく、元の大陸では生活が難しくここへやってきた人なので、その人となら話があうかもしれませんね。お隣に住んでいますから――あぁ、どうせならリケットさんに家の案内を任せようかな」


 一番彼女の境遇と近い人なのだし、年齢も近そうだからたぶん大丈夫だろう。ロロさんのために建てたこの家は、リケットさんの家の間取りと全く一緒だし。さっそく呼んでくることにしよう。




「なんとこの家はですね、ロロさんの家なんです! 私も島に来てすぐに自分の家を与えられたんですけど、やりすぎですよね? すごく嬉しいんですけど、びっくりしちゃいます」


 元貴族の令嬢相手ではあるけれど、リケットさんはわりと普通に話せていた。もっと緊張するかと思ったけど、メノさんやルプルさんのせいで感覚がマヒしちゃったのかもしれないなぁ。






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