第34話 照れるメノさん




「まったくルプルさんは――ってあぁっ!? す、すみません!」


 ルプルさんの土下座姿を見てため息を吐いたところで、メノさんを抱きしめたままでいることに気付いた。慌てて手をほどき、一歩下がって両手を上げる。


 やましい気持ちはいっさいありませんよ。

 縮こまるようにしゃがんでいたメノさんは、俺と顔を合わせることなく俯いたまま「いい」と短く答えた。


 やばい……単純に照れ臭くて俯いているのか、怒りを押し殺しているかの判別ができない。俺が能天気だったら前者と断定し、俺がネガティブなら後者と断定していたところだけど、あいにく俺はそのどちらでもなかったので頭を悩ませるだけで終わった。


 このモヤモヤは、経験値として俺の中に蓄えておくことにしよう。いつの日か、『あの時の彼女の反応はこういう意味だったのか』とわかる日がくるのかもしれないし。


「あははっ! メノが照れるところなんて初めて見――ふばぁ!?」


 ルプルさんの声が聞こえたので、言葉の意味を認識するよりも先にそちらに目を向けてみたのだけど、そこにはメノさんに後頭部を掴まれて地面に押し付けられているルプルさんの姿。


「……違う。びっくりしただけ。わかった?」


 脅しみたいな言い方だなぁメノさん。あと、ルプルさんはいま顔面を土にめりこませているから、答えようにも答えられないと思います。




「本当にごめんなさいなのだ」


 メノさんによる調教?が終わったあと、ルプルさんは再度俺に向けて頭を下げた。ちなみに、今は土下座ではなく正座状態である。


 俺一人の問題だったら『大丈夫ですよ』と答えたいところだけど、そういう訳にもいかないしなぁ。相手が魔王様とはいえ、言うべきところではきちんと言わなくてはならない。


「モノが壊れたことに関しては、気にしなくていいです。メノさんも別のスケボーを壊しちゃいましたし、まだ改良の余地はあったので――だけど、あんな勢いでスケボーが飛んで来たら危ないですよね? 誰かに当たったら怪我しちゃいますよ」


「……ごめんなさいなのだ」


「遊んで壊す分にはいくらでも壊していいです。楽しんでもらえるなら、俺が何個だって作りますから。でも自分や他の誰かが危なくなるような遊び方はやめてくださいね」


「……気を付けるのだ」


 しょんぼりとしてしまっている見た目少女の六百歳。しかも地位は王。罪状はスケートボードの危険走行……?


 俺はいったい誰を相手に何を言っているんだろう。頭が混乱してきた。

 俺は別に怪我ぐらいしてもいいけど、あの弾丸以上のスピードを持ったスケートボードが葵やメノさん、リケットさんたちに当たったら危なすぎる。


 だから、たとえ『お前は何様だ』と言われても言わなくてはいけなかった。


「じゃあ以後気をつけるということで――またスケートボード作っておきますから、今度は危なくないように遊んでくださいね」


「ま、またあれで遊んでもいいのだ?」


 願うようなルプルさんの質問に「もちろんです」と笑顔で答えると、彼女は目をうるうるとさせてしまった。本当にあなた、六百歳ですか? 見た目相応すぎるんですけど。


「じゃあこの件は以後気をつけるということで――随分と時間が掛かったようですけど、またこの島に来て大丈夫だったんですか? 怒られてたってメノさんに聞きましたけど」


 たしかワルサーさんの前で正座させられていたとメノさんが言っていた気がする。

 何を話して何について怒られていたのかは知らないが。


「こっちに住むって言ったら怒られたのだ」


「そりゃ怒るでしょうよ。あなた大陸の王でしょうが――自分の国のことが心配じゃないんですか?」


「ルプルは王だけど、政治にはほとんど関わっていないのだ! 強さの象徴として魔王をやっているだけで、ほとんど配下たちがやってくれるのだ!」


 だからこっちに住んでもいいはずなのだ――と言いたげに彼女は力説する。


 なるほどねぇ。ほとんど関わっていないのであればそりゃちょっとぐらい抜け出しても問題ないだろうけど……前に『仕事サボれる』みたいなことを言っていたとメノさんから教えてもらったし、まったく何もしていないというわけではないはず。


 ちょっとした旅行とかの感覚ならいいんだろうけど、住むとなるとまた違うもんなぁ。


 まぁこの辺りは俺が口出しできるような領域ではないだろうし、彼女たちの判断に任せるしかない。もし許可が貰えているのならば、メノさんの友人だし、発展にも寄与してくれているので歓迎するけども。


「……どうなったの」


 メノさんも会話に入ってくる。彼女も友人として気になるのだろうか。


「今日は物を運んできたので特別だけど、朝九時から夜八時までは向こうで過ごすことになったのだ! あとは十日に一回はこの島に一日いるのだ!」


「それって大変じゃないですか?」


「いい運動になるのだ! ――あ、そういえばノーウィングバード五匹とミルクカウ一匹を連れてきてるのだ!」


 話題があちらこちらとせわしないが、今しがた彼女が口にした内容は俺も気になっているところなので、ルプルさんの視線の先に目を向ける。


 世界樹を挟んだ反対側にあったからあまり見えていなかったが、そこには巨大な木箱が置かれていた。リケットさんを含め、葵たちはそちらの箱を上からのぞきこんで楽しそうに話をしていた。


 どう考えても人力で運べるような大きさではないのだけど……たぶん俺も運べちゃうんだろうなぁ。俺とルプルさんのステータス差のことを考えると、少なくともあの数倍のものはなんなく運べてしまうのだろう。


「名前は翻訳した結果か」


 ミルクカウはそのまんまだな……たぶん日本で見る乳牛とは姿が違うのだろうけど。あとはノーウィングバード。もちろんこちらも見た目は想像できないが、少なくとも翻訳のおかげで羽が無いことはわかる。


「……買ってきたの?」


「ワルサーが緊急で最上級の動物たちを手配してくれたのだ! あっ、アキトに伝言もらってたのだ! 『うちの魔王がご迷惑をおかけしております。後日ご挨拶にお伺いさせていただきます』と言ってたのだ!」


 すげぇ下からだ。苦労人なのかな……ワルサーさん。

 あれ、でも七仙の人しかこの島に入れないんじゃなかったっけ?


 という感じのことを二人に聞いてみると、案外大丈夫そうだった。ワルサーさんはルプルさんの国だけでなく、世界全体を見てもトップクラスのレベルの高さであり、魔素酔いの心配はなし。魔物に関してはルプルさんが護衛をするし、この島の魔物でも高いレベルの魔物でなければ対処できるとのことだった。


「「「「「お兄ちゃん! とり!」」」」」


 そんな大きな声を発しながら、葵たちひとりひとりが真っ白でふかふかな鳥を抱えて走ってきた。


 鶏のだいたい二倍ぐらいの大きさだなぁ。もふもふの毛に包まれていて、くちばしは黒。手はどこにあるのかわからん。


『パァ! パァ!』


 そして、ちょっと変わった鳴き声だった。






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