第32話 楽しんで働く
その後、ルプルさんは「善は急げなのだ!」と俺たちの元から去って行った。
この世界にも似たようなことわざがあるのかなぁと思いつつ、メノさんに「ルプルさんはどうやってこの島に来たんですか?」と聞いてみた。
メノさんが俺を運んだ時のように抱えてというわけではないだろう。だとすると一人で行き来できないわけだし。となると、メノさんと同じく魔力の翼を使って飛んで行ったのか。
「……ルプルは氷魔法を使う。海を凍らせて走ってる」
「おぉ、そりゃまたすごい」
氷の魔法を使う魔王か――眠っていた厨二心をくすぐる組み合わせだなぁ。見た目は幼女だけど、そういうアニメキャラがいなかったわけでもないし。実際に魔法を使用したところを見たわけじゃないけど、かっこいいと思ってしまう。
それと同時に『氷の魔法があるなら、冷蔵庫とか作れないのかな』と現実的な考えも思い浮かんでしまった。
やっぱり常温だと傷みやすい野菜とか果物とかあるし、魔道具でなんとかできればいいんだけどなぁ。まだ普通の魔道具についてもメノさんに教わってないから、いろいろ勉強しなくちゃな。
「お兄ちゃん、鶏用の小屋とか作ってたほうがいい?」
ソラが俺の服の裾を引っ張りながら、そんな質問をしてくる。
たしかに動物を飼うとなると小屋は必要になるけど……どんな小屋を作るべきなのか。
「異世界だし、持ってくる動物は鶏じゃないと思うけど……メノさん、卵を産む動物ってどれぐらいの大きさなんですか? あと、飛んだりします?」
俺が聞くと、メノさんは「これぐらい」と言いながら両手で丸を描いた。たぶん鶏よりちょっと大きいぐらいか。朝に収穫したアブラブと一緒ぐらいだと思う。
そしてその鳥は、飛びはするけど五十センチ以上は飛ばないらしい。ほぼジャンプのようなものみたいだ。だとしたら、小屋に閉じ込めなくても柵をきちんと作れば逃げられたりはしないだろうな。
世界樹の結界のおかげで他の魔物に襲われる心配もないし、エサもなんとかなるだろう。
とりあえず、小屋を建築する場所を決めて、その辺りの木を伐採することにしますか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本日の各自の作業。
アカネとリケットさんは、糸および布の作成。服も作ろうとすれば作れる状況だけど、ルプルさんの指導を受けるために準備だけしっかりしておこうという感じらしい。
そしてソラとヒスイの二人は、引き続き紙の生産。ある程度量ができたら、次はメノさんにゴムの作り方を教えてもらうらしい。メノさんは色々な場所の監督役って感じかな。
そして残る俺とヒカリとシオンの三人は、午前中に世界樹の北側(日の位置で俺が勝手に決めた)の伐採と整地。ステータスの高い俺が力仕事を担当し、地面を綺麗にならしたりする作業を二人にお願いした。
そして午後の時間を使って、鶏?と牛?のための小屋を作成し、公園も作る予定だ。
普通に考えたら一日で終わるような作業じゃないけれど、今の俺たちのスキルやステータスの前では時間が余ってしまうぐらいである。ステータスバンザイ。
他の仕事を加えようとすればできてしまうような状況だけど、敢えて追加の仕事はしない。メノさんにも忠告されていたし、あまり俺たちが張り切りすぎるとすでに頑張っているリケットさんがさらに頑張ろうとしてしまうだろうし。
「俺も遊びながら、サボりながら作業するんだから、みんなも頑張り過ぎないように」
作業開始前――みんなで世界樹の前に集まって、そんなやる気のない激励の言葉を口にする。
「で、でも、みなさんのお役に立てるのが嬉しくて……できればたくさん作業をさせてもらいたいんですけど……」
両手の人差し指を突き合わせ、ちらちらと上目遣いでこちらの様子をうかがいながらリケットさんが言う。
「気持ちは嬉しいけど却下! 休憩は各自でしっかりとり、昼食の時間はみんなでちゃんと休もう! それで体を壊したりしたら目も当てられないからな。ほら、リケットさんも自分のために頑張ってくれる人が、それが原因で体調を崩したりしたら嫌だろ?」
ヒカリが「お兄ちゃん、ブーメランが刺さってるよ?」と脇腹をつつきながら言ってきたので、お口にチャックのジェスチャーをしておいた。俺は状態異常無効と超回復を持ち世界樹の果実を毎日複数個食べているのだからたぶん平気。
リケットさんは俺の言葉を聞いて「それはそうですけど」と唇を尖らせる。ワーカーホリックしかいないのかこの島は。
「……リケットはルプルを見習うといい。たぶん今頃、怒られてるけど」
「やっぱり怒られてるんですね」
遊んでくると言ってこちらへやってきたとは言っていたが……それを許可されたかどうかは聞いていなかったなぁ。魔王という役職に加えて、レベルも高い。彼女が強行突破しようとしたらたぶん止められないんだろうなぁ。
「じゃあ今の布づくりが一段落したら、お兄ちゃんのところに行って一緒に公園づくりしようよ! ルプルお姉ちゃんが帰ってくるまで!」
「えっと、たしか『コウエン』は遊ぶための場所ですよね? アカネちゃん、それって私でもお役にたてますか?」
「別に役に立つ必要はないんだよ! 楽しむの!」
「た、楽しむ……頑張ります!」
頑張ることでもないんだけどなぁ。
まだリケットさんはこちらに来て一週間も経っていないし、仕方ないのか。でも葵たちのおかげで徐々に柔らかい雰囲気になっている気がするし、葵たちにはこれからも積極的にリケットさんに関わっていってほしいもんだ。もちろん、俺も彼女と仲良くなりたいと思っている。
メノさんに関しては……俺の目線ではまだちょっと判断が難しい。
指導はしてくれているし、二人の間に会話がないわけではない。だけど、それ以上の会話はないように思える。
そんな風にメノさんとリケットさんとの間に距離があるように感じるのは、たぶん彼女が不老ではないから。仲良くなり過ぎたら、寂しくなると思っているからなのだろう。
まぁこれはあくまで俺の予想で、実際はどうなのかわからない。でもメノさんが最初に俺と出会った時、不老である俺と親しくなろうとしたことを考えると、あながち間違ってないんじゃないかなと思うのだ。
やがて訪れる別れを視野に入れて仲良くなるというのは、なかなか難しいことなんだろうな。
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