第28話 遊ぶ場所を作りたい




 島にやってきたルプルさんから、布の作り方から服の作り方に至るまで教わることになった。


 当初は俺が話を聞かせてもらおうと思っていたのだけど、リケットさんからNGが出てしまった。仕事をくださいと。


 彼女の言い分としては『畑の世話がほとんど必要なさそうだから、別に仕事が無いと時間を持て余してしまう』とのこと。


 これまで大変な思いをしてきたのだろうから、時間を持て余すぐらいでいいんじゃないかなぁとも思うが、何もしないのもそれはそれで苦痛なのかと納得し、彼女に任せることにした。


 あと、アカネが裁縫をやりたいと立候補してきたので、彼女も一緒に。好きでやるのなら止めはしない。


 で、ソラとヒスイの二人は紙づくりを継続し、食糧庫の建築が終わったヒカリとシオンはその勢いでルプルさんの家の建築も始めてしまっていた。


 大陸の王である彼女がここに住むとは思えないが、どうせ土地は余っているし、休憩場所として使ってもらえたらいいだろうということで許可。ルプルさんの同意は得ていないけど、まぁ問題ないだろう。税金がかかるわけでもないから、あって困る物でもないし。


 そして残された俺とメノさんは、今後の方針について世界樹の木陰で話し合っていた。


「みんなで話し合う前の事前会議みたいな感じだと思ってもらえれば」


「……うん、みんな頑張ってる」


 メノさんはルプルさんがリケットさんやアカネに教えているのを遠目に見ながら、穏やかな口調でそう言った。


 メノさんもその『みんな』のうちのひとりだろうに……さては自分のことをあまり考えないタイプだな。彼女が無理をしたりしないよう、気にかけておくことにしよう。


 それは心に留めておくことにして、今後の話だ。

 リケットさんが生贄として海に流されたのはほんの数日前。次の生贄は約一年後となるわけだ。


 神様のお願いとしては、生贄の子が無駄に命を散らしてしまうのを救ってほしいということだったけれど、俺は別に彼女たちが生贄だから幸せになってほしいと思っているわけではない。


 これまでの人生できっと辛い思いをしてきただろうから、それを上回るような幸せを感じてほしいと思っているだけだ。


 もちろん、幸不幸は本人にしかわからないことで、俺のやっていることは、神様の意思通りとはいえ、自己満足と言われたらその通りと答えることになってしまうだろう。


 だからゆくゆくは――元の大陸ではもう救いようがない、助けられる見込みがない、人里離れたところで静かに暮らしたい――ただのんびりした生活を望むというわけではなく、逃げ道としてここを使ってもらえたらいいと思う。


 ここはいわば救済のための島だ。


『助けてやる』だなんて偉そうなことは死んでも言わないが、辛い思いをしてこの島にやってくる人は、みんな幸せになってほしいと強く思っている。


「とりあえずは生活を安定させませんとね。結界も少しずつ大きくなって行動範囲も広がるでしょうし、メノさんたちのおかげでできることも増えてきましたから、リケットさんも過ごしやすくなっていくと思います」


 明確に『これぐらいの環境を作る』というものが定まっているわけじゃないけど、コツコツとみんなで暮らしやすいように村みたいなものを作り上げていけたらいいと思う。コツコツというにはいささか早すぎる発展かもしれないが。


「……前の暮らしに比べたら、今でも十分すぎると思う。リケット、生き生きしている」


「たしかに仕事には前のめりですよね。少しぐらい嫌がったりめんどくさがったりしてくれたら、こちらも調整しやすいんですけど」


「……それはアキトたちも一緒」


 なるほど。言われてみれば俺も嫌々やっている作業はないな。葵たちも見た感じ、普通と好きの差はあれど、そこに嫌いが混じっている様子はない。


 俺もスキルやステータスのおかげでなんちゃってサバイバルみたいになっているけど、全ての作業が楽しく感じているのはたしかだしなぁ。


「……作業をするのもいいけど、もう少しのんびりする時間を増やしたほうがいい。働きすぎ」


 そこまで言われるほど働いてはないぞ……? 睡眠時間も食事の時間もしっかりとっているし、遊んでいる時間があるかと聞かれたら、たしかにあまりないのかもしれないが。


「俺が働いてるって言うなら、メノさんも人のこと言えませんよね?」


「……む。私は暇つぶしでしてるだけ」


「じゃあ俺も暇つぶしです」


「……むむ」


 眉間にしわをよせてうなるメノさん。俺の視線が眉間に移動していることに気付いたのか、彼女は両手でぐにぐにと肌をひっぱってしわを伸ばそうとしていた。可愛い。


「じゃあ、なんか娯楽的なものを作ってみるのもいいかもしれませんね。リケットさんやメノさんが楽しめるかわかりませんけど、公園とかどうですか?」


 葵たちが喜びそう。木登りを楽しんでいたようだし、ジャングルジムとか鉄棒とかあったら楽しんでくれそうな気がするんだよな。そういう遊びは、葵が前世ではまったくできなかったことだから。


 リケットさんやメノさんが楽しんでくれたらもちろんそれに越したことはないのだけど、俺にとってはそれ以上に葵に楽しんでもらいたい。


 当初は生贄の子のことで頭がいっぱいだったけれど、せっかく元気になった葵には、いままでできなかったことをどんどんやってもらいたいのだ。


「……『コウエン』という物は知らないけど、アキトが作りたいなら作ればいい。でも、ちゃんと休んで」


 どうやら公園はこの世界に存在していないようで、それに該当する言葉もなかったらしく翻訳できなかったようだ。リケットさんやメノさん、ルプルさんたちがどんな反応をするのかも楽しみだなぁ。


 よし、作ろう。反対意見はたぶんないだろうけど、一応みんなに確認してから。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 紙づくりをしているソラとヒスイの元に向かったメノさんを見送り、俺も作業を始めようと思っていると、入れ替わりでルプルさんが俺の元に駆け寄ってきた。


「アキト様!」


「とりあえずその『アキト様』って呼び方は止めてくれませんか?」


「じゃあアキト!」


 差がすごい。けど、俺としてはそっちのほうがありがたいので、「ぜひそれでお願いします」と言っておいた。


 現在、ルプルさんが教えてくれた製法で織り機をアカネが作成し、それを使ってリケットさんが布を作っている状態だ。アカネは新しく拾ってきた繭で糸を作っているところ。


「それで、どうしたんですか? もしかしてそろそろ国に戻らないとマズいとか?」


「それは気にしないでいいのだ! それよりもこれで針を作ってほしいのだ! ルプルが綺麗に作ろうとすると時間がかかるのだ!」


 そう言って、彼女は俺に豆のような大きさの魔鉱石を手渡してくる。それから腕を組んでうんうんと頷いた。


「この島は資源が潤沢で助かるのだ! 安全が確保された状態なら、この島ほど恵まれた土地などないのだ! 私も住みたいぐらいなのだ!」


「あはは――ルプルさんもお忙しいとは思いますが、いちおうシオンとヒカリがルプルさんの家も作ってくれているので、お時間が空いたときはぜひいらしてください。葵たちもリケットさんもメノさんも喜びますよ。ルプルさんがいると場が明るくなるので、俺も嬉しいですし」


 そう言いながら、魔鉱石をぱぱっと加工して、糸を通せるよう穴の開けた針を作り上げる。そして、それをルプルさんに渡した。


「いくらなんでも速すぎるのだ!? どれだけ純度が高い魔鉱石だと思ってるのだ!? というかルプルの家を作ってくれてるのだ!? どこなのだ!?」


「あっちですよ。メノさんの家の隣です」


「メノの家もあるのだ!? ずるいのだ! ルプルも住むのだ!」


 葵レベルのスピードで走り出すルプルさんの背を見送って、俺はひとしれず乾いた笑いを漏らした。


 本当に住むとか言い出したら、俺ルプルさんの国の人から怒られたりしないだろうか。





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