第27話 濃い住人が増えそうだよ!
自作の糸巻き機を使い、メノさんからの指導を受けながらではあるが、繭から糸を取り出すことはできた。次はこの布を作り出す作業が必要になってくる。
この世界にも織り機のようなものは存在しているようだけど、俺にはそれの作り方がわからないし、メノさんもこれに関しては深い知識がないようだった。
その代わりに、裁縫が趣味の知り合いを知っているので、その人を紹介してくれるとのこと。メノさんの友人であり、この島のこともすでに知っている人のようなので、布の件がなくとも紹介する予定だったようだ。
そしてメノさんが生魔島からどこかへ転移して三十分後――紫色のマントを含め、やたらと豪華な装飾の服を着た少女が現れた。メノさんと同じぐらいの身長で、髪は高い位置で二つに結んであるツインテール。薄紫の髪色だ。
キッと吊り上がった目は好戦的な雰囲気があり、ニヤリと笑う口元がいたずらっ子の雰囲気も醸し出している。
「初めましてなのだ! ルプルなのだ!」
彼女は腰に両手を当てて、『えっへん』とでも言うように挨拶をしてきた。
なんだかやたらと若い子を連れてきたな……この中にひとり二十代半ばの男がいるという違和感がさらに強くなってしまった気がする。
俺も挨拶を返そうと思ったのだけど、彼女――ルプルさんの視線はすでに俺から外れて世界樹のほうを向いていた。
「すごいのだ! 伝説の世界樹なのだ! メノ! 見るのだ! 大きいのだ!」
「……私はもう何度も見てる」
ルプルさんのテンションと対照的に、メノさんはいつものゆったりとした雰囲気だ。でも、なんだかこれはこれで相性が良いように思える。二人とも楽しそうな表情をしているし。
ルプルさんが世界樹の幹をぺたぺたと触っていると、果実が一つポトリと落ちてきた。彼女はそれを拾い上げ、服の端で汚れを取り除くように磨く。そんなに高そうな服で拭いちゃって大丈夫なんだろうかと心配になった。
「果実が落ちてきたのだ! これは食べてもいいのだ!?」
「……さぁ。とりあえず、あまり世界樹に触らないでほしい。アキトが怒るかも」
「わかったのだ! …………ん! これすっごく美味しいのだ!」
シャクシャクとものすごい勢いでルプルさんは世界樹の果実をたいらげた。葵たちに負けないレベルの良い食べっぷりである。あれだけ美味しそうに食べてくれると、俺の物でもないのになんだかすごく嬉しい気分になるなぁ。
なんだか姉妹みたいだ――とほっこりしながら二人のやりとりを見守っていると、作業中だったリケットさんや葵たちもこの場に駆けつけてきた。
「あの方がメノさんのご友人ですか?」
「らしいよ。ルプルさんって方らしい。メノさんの友人って言うからには、普通の人じゃないんだろうけど……」
俺がそう言うと、リケットさんは口の端をヒクヒクと痙攣するように動かす。
そして錆びたロボットのようにぎこちない動きで俺の顔を見て、ゆっくりと口を開いた。
「る、ルプル様と言えば、魔王ルプル様しか思い浮かばないんですが……」
たまたま名前が同じだけ――じゃないんだろうなぁ。
だってこの島、世界で七人しか入れないって言っていたし。
メノさん、なんて人を連れてきてるんだ……俺がもう少しよく考えればたどり着けた答なのかもしれないけど、さすがに驚くわ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
四大陸のうちの一つ――主に魔族が生活するバルバート大陸には、人族が住まうエルダット大陸と違い、国家が一つしかないらしい。そしてその唯一の国――ヴィヘナ王国の王が、今俺の目の前で土下座をしている少女、ルプルさんのようだ。
見た目少女で、六百歳で、語尾が『なのだ』で、世界樹の果実を拾い食いした彼女が、裁縫が趣味の王らしいのだ。
情報量が多い。
「大変申し訳ございませんなのだぁあああああ!」
メノさんが世界樹は俺の母であるということ、それに加えて子である俺や葵たちの境遇、そしてレベル等を説明したあと、こうなった。
「お金ならいくらでも払うのだ。なのでどうか命だけは取らないでほしいのだ」
メノさんによると、どうやら彼女の信条は『強い者には逆らうな』『長い物にはまかれろ』という感じらしく、彼女自身のレベルは2400と世界で上位一桁ではあるのだが、俺や葵には届いていないためにこんな態度になってしまっているらしい。
「いらないですから普通に立ってもらって大丈夫ですって! 母さんも食べてほしくて果実を落としたんでしょうし、ちょっと触ったぐらいで怒ったりしませんよきっと」
ルプルさんが男性で、触った部分がおしりとかに該当していたら多少は怒っていたかもしれないけど。
「……そもそもこの島は別の大陸と交易しているわけじゃないから、お金は必要ない。ルプルには体で払ってもらう」
「……か、体で……? アキトは、ルプルにえ、えっちなことを要求するつもりなのだ!?」
「……そう。夜のアキトはすごい」
「なに適当なことを言ってんですか」
さすが友人というべきか、メノさんも悪ノリしちゃってるし、葵たちも「お兄ちゃんやっぱりロリコンだ―!」なんて言っているから俺は逆に『スン』と真顔になってしまっている。リケットさんだけはまともであってくれ――と思いながらチラっと目を向けて見ると、彼女は顔を真っ赤にして「こ、心の準備はできています!」と元気な返事をしてくださった。その準備は必要ないです。
「冗談はさておき――えっと、ルプル様とお呼びすればいいですか?」
なんだか変なことになってしまっているが、相手は一つの大陸の頂点に立っているような人だ。俺の数十倍の年月を生きており、どれだけの重責を背負っているのかと想像すると、彼女を尊敬せずにはいられない。
「呼び方は、め、雌犬とかでいいのだ! どうか許してほしいのだ!」
尊敬……していいのだろうか。
「許すもなにも怒ってませんから――じゃあルプルさんとお呼びしますね。メノさんから軽く話は聞いていると思いますけど、うちには現在糸しかない状態でして、できれば外で購入せずにこの島で衣服を作りたいと考えているんです。なので、裁縫が趣味だというルプルさんに声を掛けさせてもらったんですよ」
とりあえずそれっぽいことを言ったけれど……相手は魔王様なんだよな? 国を抜け出してきて大丈夫なんだろうか? 裁縫なんかしている暇はあるのか?
ルプルさんは顔こそ上げているものの、いまだに膝と手は地面に突いたままで「なんでもやるのだ! だから命だけは!」と懇願してきている。
埒があかないので、メノさんに「大丈夫なんですか?」と聞いてみた。
「……ルプルには優秀な配下たちがいる。彼女本人も『仕事サボれるのだ! メノから呼ばれたから仕方ないのだ!』って言ってたし」
「声真似上手ですね」
「……六百年の付き合いだから」
メノさんはそう言って、葵たちや世界樹(母さん)に向かって土下座をするルプルさんを眺める。変な人ではあるけど、悪い人ではなさそうで安心した。
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