第25話 食べ物の種類が増えるよ!


 タフタートルの解体を終えたら、使える部分だけをメノさんの空間収納にしまってもらい、再び作物の捜索を開始――そして、当初の目的地であった大きな川にまでやってきた。


 川幅は三百メートルぐらいだろうか。目測だから実際は五百メートルだった百五十メートルだったりするかもしれないけど、俺の体感的にはそんな感じ。


 森はやたらと木々が大きかったり、見たことのない植物が生えていたり異世界感が強かったけど、川は案外普通だなぁ。最初に見つけた小さな川もそうだったけど、地球で見るものとそんなに差はなさそうだ。しいて言うならば、カモなどの鳥類が見当たらないことぐらいだろうか。


 おそらくだけど、この世界の魔物の中に水生生物がいないんじゃないかなぁと思う。陸地には動物がいなさそうだったけど、魚はいたし。


 でも森の中に虫はいたから、完全に魔物だけが生息しているというわけでもないのだろう。魔物の捕食対象になっているかどうかが、この島に生息できるかどうかなのかもしれない。


 水辺に至るまでにはなだらかな斜面があり、メノさんが言うにはこの辺りに四大陸でも食べられている作物があるとのこと。


「まずこれ、コムギ」


 彼女が地面から生えていた植物をブチっと指で千切って、俺の目の前に持ってくる。細く長い茎の先に、日の光を反射して小さな粒が輝いている。


「こ、小麦ですか? え? なんで地球のものが?」


「……これ、地球の物?」


「は、はい……おそらく」


 鑑定をしてみても、結果は『コムギ』と出てくる。


 魔物に関しては『チャージボア』のように翻訳されたものがでるのだけど……植物の『ヘルシル』や『ブラード』は固有名称なのか翻訳された結果なのか微妙な感じなんだよな。ヘルシルはヘルシーっぽい雰囲気があるけども。


「すみませんメノさん、試しに『チャージボア』、『ヘルシル』、『コムギ』とそちらの言葉で喋ってみてくれませんか?」


「……●×▽□、ヘルシル、コムギ」


「おぉ、なるほど――ヘルシルとコムギは、そのままって感じですね」


 つまり、チャージボアは翻訳した結果で、ヘルシルとコムギは意味を持たない固有名称という感じかな。ヘルシルは聞いたことがないし見たことはないが、小麦は聞き覚えも見覚えもある。


 なんだか外国人の人が『スシ』と言っているのを聞いているような気分だ。しかし、なんで小麦がこの世界にあるんだろうか?


「……だとしたら、過去の地球の転生者が創ったものかも。頭の中で想像した物を作り出せるスキルを持った人がいたらしい」


「そりゃまた便利なスキルですねぇ」


 ゲーム機とかテレビとかも作ることができたんだろうか。さすがに何か制限はあっただろうけど、それでも羨ましいスキルではある。


「ちなみに『コメ』ってあります?」


「……そういう食べ物が大昔にあったという知識はある。でも実物は見たことがないし、どんなものかもよくわかってない」


 えぇ……なくなっちゃったのか。あんなに美味しいのに。

 もしかしたらその転生者さん、自分で食べるだけしか米を作らずに、生産は行っていなかったかもしれない。


 何かの間違いで――鳥や魔物が種を運び、この島で自生してくれていたらいいんだけどなぁ。もしくは、神様が米の種を日本から輸入してくれるとか。


 まぁ米がなくとも小麦があるのなら、食卓がちょっと充実したものになりそうだ。




 それから俺とメノさんは新たな作物を求めて川付近をうろうろと歩き回った。


 メノさんは俺と違い鑑定のスキルは持っていないのだけど、頭の中の知識が俺とはくらべものにならないので発見速度も速い。まぁ俺は鑑定したところで名称がわかる程度なので、これが食べられるものかどうかをメノさんに聞く形になるのだけど。


 手に入れた植物の種は、全部で五つ。


 一つ目、小麦。

 二つ目、ヒンナと呼ばれる、玉ねぎを少しだけ緑色にしたような野菜。

 三つ目、アブラブという名称の、濃い緑の野菜。キャベツっぽい感じ。

 四つ目、コショウ。これも地球産だろう。見た目と名前が一致していた。実っている粒の数は、俺が知っているものの数倍はある気がするけど。

 五つ目、パラックと呼ばれる、ゴボウのような見た目の植物。砂糖の原料になるらしい。


 どれもこの島特有の植物というわけではなく、四大陸それぞれで栽培されているような作物らしい。だが、サイズや実っている数が通常の三倍近くあるようだ。


 成長スピードだけでなく、こういった部分にも魔素は影響しているらしい。


「あまり遅くなっても心配かけちゃいそうですし、今日はこれぐらいにしておきましょうか――付き合ってくれてありがとうございます」


「いい、ちょっと楽しかった」


 そう言って、メノさんは腰に手を当て鼻息を吐く。『気にすんな』とでも言っているような雰囲気だな。


 それから、俺は再びメノさんに運ばれる形――ではなく、走って世界樹へ向かって行った。これも戦闘訓練の一環で、木々や魔物を避けながらハイスピードで駆け抜ける特訓らしい。


 俺はメノさんの後に続く形で、森の中を抜け、山を越え、川を飛び越えたりしながら走る。


 俺よりステータスが低いはずのメノさんだが、さすがの熟練度と言えばいいのだろうか――ほぼ全力疾走と思われる状態で駆け抜けるが、危うい場面は全くない。


 俺はまだ全力疾走ではなかったけれど、何度か反応が遅れて森の木を破壊してしまった。どうもすみませんでした。


 空を飛ぶよりは速く移動することができたけど、こりゃメノさんの案内がなければ俺にはまだ難しいな。同じような景色が続いている状態だと自分がどっちを向いているのかすらわからなくなってしまう。


 改めて、メノさんのすごさを思い知った日だった。




 世界樹の元に帰ってきたのは、探索に出てからだいたい二時間弱。

 葵たちとリケットさんに収穫した種を紹介してから、俺とメノさんは世界樹の根元にある丸太椅子に腰かけてしばしの休憩。


 母さんが世界樹の果実を二つ落としてきたので、一つをメノさんに渡す。


「……段々これを毎日食べられることに慣れてきている自分が怖い」


 彼女は赤々とした果実をジッと見つめて、困ったような表情を浮かべていた。


「慣れちゃっていいんじゃないですかね。というか、この場所に住むなら慣れたほうがいいと思いますよ。毎日びっくりしてたら疲れちゃいますし」


「……それはそう」


 メノさんはそう口にしてから、かぶりつく。恍惚とした笑みを浮かべてシャクシャクと咀嚼し、飲み込んだ。


「美味しそうに食べますよね、メノさんって」


 彼女が何かを食べているところを眺めているだけで幸せな気持ちになれる。葵も美味しそうに食べるし、リケットさんは未だに食べながら涙ぐんだりしているけど、メノさんは単純に見ていてほっこりするような感じ。


「……美味しいんだから仕方がない」


 むっ、と不満げな表情を見せながら彼女は言う。しかしもう一度シャクリと世界樹の果実を齧ると、すぐに幸せそうな表情になった。その変化が可愛らしい。


 年上相手に『可愛い』なんて言ったら怒られそうだし、この気持ちは心のうちに秘めることにしておこう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る