第23話 母さんすげぇ




「アキトさんもアオイちゃんたちも! 働き過ぎです! 少しは休んでください!」


「え、でもやることはまだいっぱいあるし――」


「……言い訳は見苦しい」


 リケットさんがこの島にやってきて三日目の朝。俺と葵は朝食の場で、リケットさんとメノさんに説教されていた。どうしてこうなった。


 昨日は葵たちと一緒に、食べられそうな植物を探しながら一日中結界内の木の伐採を行っていた。世界樹がゆくゆく八十メートルの太さに成長するという情報があったから、とりあえず範囲を把握するためにも伐採しておきたかったのだ。


 そのおかげで世界樹周りにはすごく広々とした空間が出来上がり、テンションの上がった葵たちはそこで鬼ごっこなんかやりだしてとても楽しそうだった。


 チャージボアも真っ青なスピードだったけども。

 そして今日は朝から、リケットさんが仕事をするための畑の準備に取り掛かった。


 昨晩は少し早めに寝てしまったこともあってか、朝の五時に目が覚めてしまったので、一緒のタイミングで起きてきた葵たちと一緒に畑を作るための場所を確保していた。


 今回は畑ということで、しっかりと根っこから木を抜き取っている。耕す仕事はリケットさんに任せることにしたので、まだわりと地面はボコボコだ。


 広さはとりあえず縦横三十メートルほど。場所は俺たちの家の裏手だ。


「耕すのは絶対私がやりますからね! いいですか? 絶対ですよ? お願いですからやらせてください!」


 リケットさんはそう言いながら頭を下げる。別に給料が支払われるわけでもないというのに、真面目な子だなぁ。


「自分は関係ないと言いたそうですけど、メノさんもですからね! 私の家にも魔道具作って持ってきたり、アキトさんやアオイちゃんたち、それから私に皮の靴を作ってくれたり、ずっとお仕事してるじゃないですか! ときどき世界樹の傍で休んでいるようですから、アキトさんたちよりマシですけど」


「……暇つぶししただけ」


 なんだかリケットさんが教育ママみたいになってきた気がする。


 普通ならば、俺はともかくメノさん相手にこんな説教みたいなことを言うのはありえないことなのだろう。リケットさんは最初のうちはずっと委縮していたのだけど、三食一緒に食事をし、夜はみんなで集まって話したりすることでだんだんと打ち解けてきた。


 たぶんここまでリケットさんが俺やメノさんに砕けて接してくれるようになったのは、葵のおかげだろう。いつも明るく天真爛漫だし、年齢的にもリケットさんより年下だ。それに加えて、葵は俺を交えてリケットさんやメノさんと遊ぼうとする。


 ちなみに昨晩は俺の家でかくれんぼをしていた。家具がある程度増えてきたとはいえ、隠れる場所があまりないからすぐに見つかっていたけども。


「ここにいる皆さんにはすごく感謝しているんです! だからこそ、私は自分が嫌な人だと思われたとしても、幸せになってほしいんです!」


 リケットさんはそう言って、ふん――と力強く鼻から息を吐く。

 なんだかみんな考えることは一緒だなぁ。俺だけじゃなく、葵も、そしてメノさんもリケットさんも、みんな他人を幸せにしようとしている。


 自己犠牲と言うと少し不幸な気配が見える気もするが、みんながみんな自己犠牲ならば、それは幸せなことなんじゃないだろうか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 朝食を終えたあと、さっそくリケットさんは畑づくりに取り掛かった。

 木は無くなっているものの、ほぼ荒地である。一日で全部終わらせようとしなくていいから――と声を掛けて、俺は俺で葵と一緒に三軒分の食器棚を作っていた。


 そこに、リケットさんがやってくる。


「あ、あのぉ……いま少しよろしいでしょうか?」


 彼女は俺が作った魔鉱石製のクワを抱きしめながら声を掛けてきた。


「どうしたの? もしかして木の根っことか残ってた?」


「い、いえ。実は知らない間にレベルが上がってまして」


 ……ふむ。

 もしかして彼女は魔素でレベルが上がるという知識を知らないのだろうか? 彼女が生まれ育ったイソーラにはまったく魔素がなくて、レベルが上がることがなかったとか?


 メノさんが言うには結界のおかげで魔素が薄くなっているという話だけど、それでも魔素はあるって感じの言い方だったもんなぁ。


 と、俺は見当違いのことを考えてしまったわけだが、真実はすぐに彼女の口からもたらされた。


「わ、私最後に自分のステータスを確認したのは一週間前ほどで、さっきクワを振っている時に妙に楽だなぁと思って改めて見てみたんですけど、150レベルぐらい上がってまして……」


「お、おぉ……」


 詳しく聞いてみると、彼女は元々魔物とかを倒した経験はなく、純粋にイソーラの地域の魔素だけを吸ってレベルアップをしていたとのこと。そして十六年で、7レベルまで上がっていたらしい。


 それが先ほど確認した時には、158レベルになっていたとのこと。

 昨日とかはご飯がいっぱい食べられて元気になったと勘違いしていたようだ。


「どういうことだろうな……葵たちはわかる?」


「「「「「わかんない!」」」」」


「そっか――じゃあメノさんのところに行って聞いてみよう。もしかしたら原因がわかるかもしれないし」




「……やっぱり頭おかしい」


「この場合は誰の頭がおかしいんですかね?」


「……わからない」


 わからないらしい。

 どうやら『魔素が薄くなる結界』というのは誤った情報で、実際には『魔素を薄く感じるようになる結界』というのが正しいのではないか――そうメノさんはジトっとした目を俺に向けながら語った。


「……結界のデメリットが無くなった。メリットしかない」


「つまり植物の育ちもよくなるし、レベルも上がるし、魔素酔いもないってことですよね?」


「……そう。普通ならそんな都合の良い物ありえないけど、でも伝説の世界樹ともなれば、それぐらいできてもおかしくないかも」


 メノさんはあまり納得できていないらしい。


 いままでの価値観を壊されてしまっているような感覚なんだろうなぁ。

 でも価値観がまだはっきりと形成されていない俺からすれば、ただただ『母さんすげぇな』ぐらいしか思わないのだけども。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る