第21話 歓迎会




 アカネがメノさんとリケットさんを呼んできてくれた。


 メノさんはテーブルの上に並べられた料理?を興味ありげにマジマジと観察しながら椅子に座る。リケットさんはというと、なぜか最初に会った時以上にカチコチに固まっていて、今も椅子の隣でピシッと背筋を伸ばして立っている。


「遠慮せず座っていいですよ。椅子の座面は葵たちの自信作なので、座り心地も保証します」


「は、はい!」


 やはり緊張しているようだ。この島の人口を考えると、もはやリケットさんは俺たちの家族みたいなものなのだから、もっとリラックスしてもらっていいんだけどなぁ。


「す、すみません、アキト様。どうか私のような者に丁寧な言葉遣いはおやめになってください……」


 リケットさんはヘコヘコと頭を下げながら、そんなことを言う。


「……リケット、もし『混血』を指しているのなら、私も混血」


「ち、ちちち違います! メノ様はもちろん、アキト様も聞く限り『神の代行者』ですよね?」


 ……神の代行者? なんだそれ。また俺の知らないワードだ。

 頭にハテナを浮かべて首を傾げていると、メノさんが解説をしてくれた。


「……七仙は、それぞれアルディア様に会ってお願いを聞いている。だから、『神の代行者』と呼ばれることもある」


 なるほど。そういう意味か。だとすると俺もその『神の代行者』とやらに分類されそうな気がする。


 まぁその件は抜きにしても、彼女と親しくなりたいと考えておきながら、今の俺は距離のある言葉遣いをしてるよな。改めよう。


「わかった。でもその代わり、リケットさんも『様』はやめてくれ。ムズムズするからさ」


「……ついでに私の『様』も取って」


 俺に便乗して、メノさんもリケットさんに要求する。どうやら彼女もあまり『様』呼びはお好みではないらしい。


「わ、わかりました。アキトさん、メノさん」


 びくびくしながらも、リケットさんはきちんと名前を呼んでくれた。ゆくゆくは敬語もなくしてほしいところだけど、今そこまで無理強いするのはやめておこう。

 これはいわば歓迎パーティなのだ。楽しんでなんぼである。


「…………あ、もしかして、こういうのって良くないんですかね」


 ジュース、ステーキ、それから果物はそれぞれのお皿に盛りつけてある――だけど、肉野菜炒めに関しては、大皿に盛りつけてそれを取り分けるスタイルにしていた。


 ホームパーティ的な雰囲気を考えていたけれど、よくよく考えればメノさんはこの世界でとても権力のある人のはずだ。そんな人がこのスタイルで食事をしているのが想像できない。


「……いい。こっちのほうがいい」


 しかし、メノさんはそう言ってくれた。


 俺に気を遣っているのか、それともこのスタイルが物珍しいのか、はたまた本当にこちらのほうがいいと思ってくれているのか、まだかかわって日が浅い俺には彼女の表情から読み取ることはできない。


「あ、あの、私残り物を少しいただけたらそれで……」


「えー! 私たちリケットさんに食べてもらおうと思って頑張ったんだよ~!」


「あぁあああごめんなさいごめんなさい! ありがたくいただきます!」


 ヒカリがからかう感じで言った言葉に対し、リケットさんはすごい勢いで頭を下げた。うん、この立場の違いを考えると冗談もあまりよくないですよね。




 そんなひと悶着を終えて、ようやく食事を開始。


 俺と葵の『いただきます』という挨拶に、二人も合わせてくれた。メノさんは知識として知っていたらしいので、リケットさんに説明してくれていた。


「……こんな食事、私からみても贅沢すぎる」


 メノさんが果実ジュースの入ったコップを手に取り、中身を眺めながらそんなことを呟く。


「そ、そんなにすごいものなんですか? たしかにこの飲み物、とっても美味しそうですし、香りもすごくいいですけど」


 リケットさんもコップを手に取り、鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。


「……お金には換算できないようなもの。欲しがる人は、たぶんこの一杯に一億ディア払う」


「――一億っ――ゲホッ。そ、そんな高級なものいただけません! あの、水たまりとかあればそこの水を飲みますからどうか!」


「えー、せっかく頑張ったのに~」


「ごめんなさいごめんなさい! の、飲みます!」


「こらヒカリ、あんまりリケットさんをからかうんじゃありません」


「えへへ、ごめんなさい」


 からかうヒカリを注意すると、彼女はペロッと舌をだしてから、ゴクゴクと世界樹の果実ジュースを飲む。良い飲みっぷりだ。


「リケットさんもメノさんも遠慮なく食べて飲んでください。高級品だというなら、余らせたらもったいないでしょう?」


 そう言いながら、俺は魔鉱石で作ったトングで二人のお皿に肉野菜炒めを取り分けていく。メノさんにこういうことをさせるのは恐れ多いし、リケットさんは自分でやったら葉っぱの切れ端一枚だけとかにしそうだから。


「葵たちのお皿も貸して」


「「「「「はーい!」」」」」


 俺が声を掛けると、葵たちは一斉に自分の前にあるお皿を俺の元へ持ってくる。俺の記憶では葵はしっかり者のイメージなんだが、精神年齢まで若返ってしまったのか、もしくは甘えているのか――たぶん後者だろうなぁ。


 死んだ妹にまた甘えてもらえるのだ、兄としてこれほど嬉しいことはないな。




「本当に美味しかったです! こんな食事、生まれて初めてです! ありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」


 食事を終えたリケットさんが、俺たちに向けて再度頭を下げる。そこまでお礼を言う必要はないと思うが、メノさんも『美味しかった』と言ってくれたし、本当に良かった。


 これを期に、もっと料理について勉強してみてもいいかもなぁ。彼女たちが美味しそうに食べる姿は、見ていてとても気持ちのいいものだった。


「……アキト、嬉しそう」


「そんなに顔に出てます?」


「うん」


 リケットさんは現在、葵たちと一緒に食器の片づけを手伝ってくれている。食事をしてから、さらに元気になった気がした。世界樹の果実が良かったのか、それとも単に栄養がいきわたっているのかはわからないけど、いいことだ。


 ――美味しかったよね! はい、とても美味しかったです!


 キッチンからはそんな楽しそうな声が聞こえてくる。ソラが出した水で食器を綺麗に洗っているリケットさんの後姿、そして元気そうにはしゃいでいる葵を見ていると、自然と頬が緩んでしまうのだ。


「人の幸せな姿をみると、こっちも幸せを分けてもらえる気分になりますよね」


「……私も、リケットを見ていてそう思った」


 メノさんの視線も、キッチンのほうを向いている。穏やかに笑う姿は、絵画として展示してあるんじゃないかと思うぐらい、綺麗なものだった。





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