第20話 ……え?




 メノさんは俺に三十分ほどかけて状況を説明してくれたあと、リケットさんがいる寝室まで様子を見に行ってくれた。初対面の俺や葵が目の前に現れるより、少しでも顔を合わせているメノさんのほうがまだマシだろう――ということで。


 扉の中から、話声が聞こえてくる――どうやらリケットさんは目を覚ましたらしい。


 五分ほどそんな状況が続いて、ようやくメノさんが扉を開いた。そして、俺たちに向かってちょいちょいと手招きをする。


「葵、静かにな」


「「「「「うん」」」」」


 頷く葵たちを確認してから、メノさんの元へ向かう。部屋に入ると、リケットさんはベッドの上で上半身だけ体を起こし、緊張した様子でこちらを見ていた。


「……私が立つなって言った」


「あぁもちろんそんなこと気にしませんよ。――リケットさん、ですね。体調はどうですか?」


 俺が声を掛けると、彼女はつばを飲み込んでコクリと頷いたのち、「大丈夫です!」と返事をする。こんな普通の男に何を緊張しているのか――もしかして怖がられてるのか?


 まぁ見知らぬ土地に連れてこられて、見知らぬ集団に囲まれているのだ――緊張するなというほうが難しいだろう。


「……神様が生贄なんて求めていないことは、もう説明してる。リケットはこの島に住むことを望むらしい」


「お、お願いします!」


 リケットさんはメノさんの言葉の後に続いて発言し、俺に向けて頭を下げた。

 いちおう、イソーラの人間から身を隠して他国に住むという選択肢はある。だけどその場合、俺は彼女になにも手を貸すことはできない。


 だから彼女がこの島に住むことを望んでいて、とりあえず安心した。それならば俺は最大限彼女のサポートをすることができる。


 聞くところによると、彼女には混血に対する差別意識が強く刷り込まれているらしく、人の多いところにはできれば行きたくないらしい。それが例え他国であったとしても、また差別されるのではないかという恐怖があるようだ。


「もちろん俺たちはリケットさんを歓迎しますよ。俺は一応人間?だと思いますが、別に人族至上主義というわけではありません。仲良くしているメノさんは混血ですし、妹は魔物ですから」


 優しい声になるように意識をしつつ、リケットさんに語り掛ける。

 彼女は俺の言葉を聞いてぽかんとしたあと、俺の傍にいる葵たちに目を向けた。


「私たちね! スライムなんだよ!」


「元は人間でござるが」


「神様が転生させてくれたの」


 アカネ、シオン、ヒスイの三人がリケットさんの無言の疑問に対して回答する。ソラとヒカリはスライムの姿になってその場でぴょんぴょんと跳ねていた。


 葵たちの明るい声が、部屋の中にあった重たい空気を吹き飛ばしたような気がした。


「メノさんから、最低限の衣食住はあったと聞いていますが、おそらく満足いく食事はできていませんよね? リケットさんを歓迎するために色々準備しているので、食べられそうならご用意してもいいですか?」


 リケットさんは「私なんかにそんなこと――」と遠慮しているようだったが、俺が『準備している』と言ったことを思い出したのか、身を小さく縮めながら「お願いします」と小さな声で言ってくれた。意識を向けたらお腹が空いたのか、『くぅ』という可愛らしい音がリケットさんのお腹から聞こえてくる。


「わかりました。ではそのままベッドにいてもいいですし、リビングにテーブルも用意してますから、大丈夫そうならそちらに移動してください」


 俺がそう言うと、彼女は即座にベッドから足を下ろして立ち上がる。

 失敗した。立ってもいいと言えば彼女の性格的に立ち上がりそうだと気付くべきだった。


 立ち上がった瞬間に少しだけふらついたけど、顔色が悪いわけじゃない。まぁ辛そうだったら、ご飯を食べたあとまた寝てもらえばいいか。





「よし! 葵たち、準備するぞ! メノさんも座っていていいですからね!」


「……わかった」


「た、食べられるものでしたらなんでもいいので」


 二人が返事をしたことを確認して、俺は葵たちと一緒に家を出る。すぐ隣にある自分たちの家に移動して、さっそく調理に取り掛かる。


 と言っても、俺はこの島の食材をまだほとんど知らないので、数は少ない。

 まず世界樹の果実。それから昨日メノさんにもらったレストバードの肉とチャージボアの肉。


 そして今日の午前中に発見した『ヘルシル』というシメジのようなキノコと、ホウレンソウのような見た目の『ブラード』という葉物野菜。これらは事前に試食済みだし、葵が食用であるという知識を持っていたために、今回採用させてもらった。


 一品目、世界樹の果実ジュース。

 魔鉱石で作ったおろし金で果実をすりおろし、水分を絞り出してジュースに。絞りカスは俺と葵たちで美味しくいただいた。


 そして二品目、ヘルシルとブラード、それからレストバードの肉を使った肉野菜炒め。味付けはメノさんからもらった塩のみだけど、試食段階ではかなり美味しかった。


 俺に調理の才能はほとんどないけれど、この島の物はなんでも美味しいのだ。俺が作ってこれなのだから、料理が上手い人が作ればもっと美味しくなるだろう。


 そして三品目はチャージボアのステーキ。こちらは素材単体で十分美味しいと思ったので、味付けはなし。焼いた後、食べやすいように一口サイズにカットしておいた。


 そしてデザートにはカットした世界樹の果実。


 材料があまりない上に、料理知識の乏しい俺にしては頑張ったほうだと思う。あとは素材パワーでなんとかなることを祈ろう。


「よーし! 葵たちどんどん向こうに運んでくれ――と思ったけど、よく考えたらあっちじゃテーブルが小さいな。こっちにリケットさんとメノさん呼んだほうがいいか」


 今回、昼ご飯もかねて俺や葵たち、そしてメノさんも分も準備しているのだ。四人テーブルではどう考えても小さい。


「私メノさんとリケットさん呼んでくる」


「じゃあこっちに並べるねー!」


 アカネがテテテテと小走りで家を出て行き、他四名はてきぱきと食器や料理をダイニングテーブルに並べていく。


 リケットさんもメノさんも、喜んでくれるといいなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「あ、あの、大賢者メノ様――」


「……メノでいい」


「す、すみません! メノ様、この島にはあの方たちしか住んでいないのでしょうか?」


「……そう。といっても、アキトは二日前に転生してきたばかり。急いで家を建ててた」


「この家を二日で!? す、すごい方たちなんですね……」


「……アキトは、すごくお人よし。ありがとうっていっぱい言ってあげて」


「はい、それはもちろんです。メノ様も、私を助けていただきありがとうございます」


「……いい、頑張ったのはアキトたちだから。待ってる間、家を見る? 作業部屋とかもあるみたい」


「へぇ、たった二日でそこまで……すごいですね。で、でも、勝手に見たりしていいんでしょうか?」


「……? リケットの家だから、好きなように見ていい」


「……え? ここって、アキト様の家じゃないんですか?」


「……ごめん。言ってなかった。アキトの家は別にある。ここ、リケットのためにアキトたちが作った家」


「……え?」


「お風呂もトイレもある」


「……え?」




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