第19話 生贄少女、到着
翌朝――目を覚ますと金縛りにあったかのように体が固定されていることに気付いた。
その一秒後には、犯人が葵たちであることをすぐ理解したけども。
右手にはソラ、左手にはアカネ、右足にシオン、左足にヒスイ、腹の上にヒカリ。
昨晩せっせと作った枕や布団はまったく機能しておらず、リビングのいたるところに散らばっている状態で、彼女たちは俺を枕代わりに使っているようだった。
「起こすしかないか」
この状態では時計も確認できないが、窓から見える外の景色を見る感じ、たぶん朝の六時から七時の間といったところだろう。
葵たちも眠かったら二度寝するだろうし、仕方ない――そう思って体を動かすと、全員がぎゅっと力が込めたのがわかった。
「もしかして起きてる?」
疑問を口にするが、返事はない。ソラがピクリと動いた気がするけど……俺の気のせいなのか?
頭に疑問符を浮かべつつ、ゆっくりと体を動かして立ち上がってみる。全員、俺の体にくっついたままだった。改めて自分の身体能力に驚きである。子供五人抱えているようなものなのに、まったくきつくない。
「どこの合体ロボだよ」
「――ぷはっ、お兄ちゃん笑わせないで~」
俺のお腹に抱き着いていたヒカリが、ケタケタと笑いながら俺を見上げる。
「ヒカリバラしちゃったかー」
「コアラの気分でござる」
「居心地いいよね」
「すやすや」
ヒカリに続いて、アカネ、シオン、ソラ、ヒスイが次々に反応する。というか『すやすや』だなんて寝ているやつは言わないんだよヒスイ。
「ほら、まだ寝るかお兄ちゃんから離れるかどっちかにしなさい。今日は忙しいんだぞ」
「「「「「はーい!」」」」」
こういうところは、元の葵の性格とは変わっていないようで、俺の言葉を聞いた五人はごねることなくすぐに俺の体から離れていった。
朝ごはんは、母さんの傍で食事をすることにしよう。
たぶん世界樹の果実をくれるだろうし、それを食べながら今日の計画を考えないとな。
なにせ今日は生贄の子――リケットがやってくる日だ。
彼女の第二の人生が幸せなものとなるよう、頑張らないと。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼の一時――俺と葵たちは世界樹の傍に置いた椅子に座り、メノさんとリケットさんが来るのをいまかいまかと待ち構えていた。
午前中はそれはもう真面目に働いた。
どうせリケットさんがきたら、そこからは作業をあまりしなくなるだろうし、今日の仕事は午前中までになることが予想できたし、あまり働いているところを見せると、彼女も気を遣ってゆっくりできないだろうと考えたからだ。この辺は、メノさんのお陰で気づくことができた。
「どんな人なんだろうな」
「どうだろうね~」
多少性格がひねくれていたとしても、俺は気にしない。
何しろ彼女は、まともでない環境で育ってきていると思うのだ。性格や心が歪んでしまっていたとしても、なんら不思議ではない。俺はリケットさんの母親にはなれないが、家族の愛情のようなものは与えられるんじゃないかなと思う。
そうしてゆっくり、少しずつ、心が穏やかになっていけばいいと思うのだ。
葵たちと『どんな人でも、優しく迎え入れよう』と話をしていると、遠くの空にメノさんの姿を確認することができた。近づくにつれて、彼女が人を抱きかかえているのが見えるようになる。
俺と葵は立ち上がり、メノさんたちに向けて手を振った。
綺麗な魔力の翼を羽ばたかせながら、メノさんがゆっくりと下りて来る。
生贄の儀式に使っているものなのか、リケットさんは真っ白な浴衣のようなものを身に着けており、長く真っ白な髪が衣服と同化しているかのように見えた。
メノさんの腕の中にいる彼女は、ぐったりとしていて動かない。
「ど、どこか体調が悪いんですか!?」
慌ててメノさんの元に駆け寄り、少女の顔を見てみると白目をむいていた。
「……空を飛んでたら、気絶した。高いところ苦手みたい」
メノさんは眉をハの字にして、しょんぼりとした口調で言う。
「……でもどのみち、この結界内に入る前はきつくなるだろうから、寝ていたほうがよかったかも」
「そ、そうですね。とりあえず、彼女を寝かせてあげましょう。ベッドは作ってありますから」
「わかった」
頷くメノさんをリケットさんの家に案内して、寝室に寝かせてもらう。葵たちもリケットさんには興味津々のようで、顔をのぞきこんだりしていた。
さすがに白目の状態は可哀想だったので、そっと瞼を下ろしておく。
スースーという寝息が聞こえるのを確認してから、俺たちはリビングに移動した。彼女が寝ているのならば、色々と話を聞いておきたい。
「彼女、精神的には大丈夫そうでしたか?」
俺も昨日、色々考えていた。
白髪赤目という混血の特徴を持って生まれた彼女は、どうやっていままで生きてきたのだろう――と。両親はきっと、わかっていないはずだ。
なにせ混血であるリケットさんを生んだとなれば、彼女の両親は追放の対象になることは間違いない。両親はリケットさんを捨てたのか、それとも両親だけ追放されたのか、その辺りはわからない。
そして、人族至上主義であるイソーラの国民全員が生贄のことを知っていたわけではあるまい。だとしたら、メノさんや他の誰かが気付いていてもおかしくなし。
ということは、国の上層部――一部の人間がその儀式を遂行しており、男子と同様に追放――と見せかけて、女性を生贄にしたと考えられる。
いったいいつ、リケットさんは生贄になることを知ったのか。
「……いまのところ心の病気になったりはしていないと思う。でもあまり眠れてなかったみたいで、疲れてるかも」
「そうですか……」
メノさんも、リケットさんがどの段階で生贄のことを知ったのかまではわからないらしい。だけど、七日前に孤児院から教会に移動したという情報は掴んでいるから、そこで伝えられたのではないか――そう考えているようだった。
「不幸中の幸い――ですかね。生まれた時から生贄の運命を背負っていたとしたら、心が壊れていたかもしれません」
「……私もそう思う」
「世界樹の果実をたくさん食べてもらって、早く元気になってもらいましょう! もしかしたら、心も元気にしてくれるかもしれませんし!」
「……う、うん。いいと思う……たぶん」
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