第10話 結界




 メノさんはその場で翼を動かしたりして俺に披露したのち、満足そうな表情で翼を消した。それから俺の元に歩み寄ってきて、空間収納からまた新たな魔道具を渡してくる。


 それはフリスビーみたいな形をした魔道具で、厚みは五センチほどだろうか。結構重量がある。表面にはびっしりと魔法陣のようなものが描かれていて、水の魔道具や火の魔道具にも同様に記号のようなものがたくさん描かれていたが、そんなものの比ではない。このサイズでなければ描くことが不可能と思えるほど細かく記述されている。


「……これは?」


「……結界の魔道具。それならここの魔物の侵入も防げる。半日は持つから、寝れる」


「――っ、それは、めちゃくちゃ助かります! けど、こんな物貸してもらってもいいんですか? たぶんコストも結構かかりますよね?」


「いい」


 洞窟にいるとはいえ、もしかしたら不安で寝ることができないかもなぁと思っていたけれど、これがあるなら安心だ。この世界で七百年以上生きている彼女の言うことなのだから、説得力も十分すぎる。


「……あと、これ。あげる」


 そう言って、彼女はまた空間収納に手を突っ込んで色々と出してくれた。


 直径十センチほどの時計、い草っぽい枕、ブランケット。

 そして魔石と呼ばれる、魔物からとれる電池のような役割のもの。長方形にカットされていて、魔道具にはそれぞれこれをはめ込む場所があるらしい。それも教えてもらった。


 一通り説明を受け、お礼をいったのち、これまで聞き忘れていたことを聞くことにする。


「そういえば、この前『チャージボア』って生き物を倒して――あぁ、さっき言っていたお肉もそいつのことなんですけど、この辺りの魔物ってどんな感じなんですか? それと、このイノシシってそもそも魔物なんですか?」


 そう聞くと、彼女は一瞬ぽかんとしたのち「当たり前すぎて忘れてた」と気落ちしたように口にする。


「……チャージボアは別の大陸にも生息する魔物。お肉は美味しい」


「なるほど、魔物でしたか」


「ここ以外のチャージボアは、だいたい40レベルぐらい。高くても80レベルとか」


 ふむ。なんか雲行きが怪しいぞ。あの突進力がレベル40の物とは思えないし……比較対象が自分しかいないからはっきりとはしないのだけど。


「……ここのチャージボアは500から800ぐらい。だいたい十倍」


「おぉ……」


 思った以上にレベルが高かった。そのレベルだと、あのスピードにも納得がいく。


 メノさんによると、この島の魔物はだいたい平均でレベルが700ぐらいらしい。他にも魔物は色々生息しているが、俺の9999レベルだと何も心配しなくていいとのこと。


 俺はレベルが高いし、状態異常無効も超回復もあるもんなぁ。


「……魔物が強くなり過ぎないよう、適度に私が間引きをしている」


 そう言えば、前にもこの島はメノさんが間引きをしているって言ってたな。


「魔物ってどんどん強くなるんですか?」


 単純な疑問である。

 俺はもうレベルが上がりそうにないから気にしていなかったが、この世界の人々はそもそもどうやってレベルアップしていくのか。


 俺のゲーム知識で言うと、魔物を倒してレベルアップっていうのが普通だと思うけど。


 俺の問いに、メノさんは再びぽかんとした顔になる。

 そして、「……また言い忘れてた」とこれまで以上にしょぼんとしてしまった。


「べ、別に気にしなくていいですよ。メノさんが俺に教えないといけないってわけじゃないんですから」


 誰のせいでもない。

 強いていうなら、しっかりと考察もせずに質問している俺が悪い。


「……んーん。これは私が言わなければいけなかった……人間も魔物も、魔素を吸ってレベルが上がる。魔力の素と書いて、魔素。空気のようにどこにでもある。大地にも植物にも、全て魔素が含まれている」


「魔物を倒してレベルが上がる――とかじゃないんですね」


「……死んだ魔物からは濃い魔素が流れだすから、間違いじゃない。それでこの島の魔素は、とても濃い。常人なら、魔素酔いによって数分で気を失うと思う」


「なるほど……それだけ濃いから魔物のレベルが高いし、間引きも必要――って、それまずくないですか!?」


 生贄の子、常人ですよね? この島で暮らすって不可能なのでは?


「……半年ぐらいは、辛い思いをするかも。私もいろいろ対策を考えてみる。最悪、こっちでその子は匿う」


「…………そう、ですか」


 またメノさんに負担をかけてしまう――だけど生贄の子のことを思うと、絶対にそっちのほうが幸せだと思うのだ。だけどその幸せに、メノさんの苦労という代償を払っているとなると、素直に喜べない。


 いや、そもそもそれは本当に幸せか?

 この島は他の人に見つかっていないからこそ、楽園としての役目を果たすことができるわけで……死ぬはずだった生贄の少女は、肩身の狭い思いをするかもしれない。


 ここはいわば、天国のようなものだと思うのだ。

 世間的に死亡した人の、第二の人生を歩んでもらう場所。

 決して地獄のような場所であってはならないのだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 メノさんを見送ったあと、しばらくの間魔素問題についてどうすればいいのか考えてみたけど、これといった解決策は思い浮かばなかった。


 メノさんが言うには、魔脈と呼ばれる魔素が特に濃くなっている位置を避ければ、少しはマシになるかもしれないとのことだったから、そういう場所をこの島内で探す――というのが、一番現実的な案ではある。


 考えて考えて考えて――いつの間にか俺は寝てしまっていた。


 翌朝、起きてすぐに結界の魔道具のスイッチを切る。メノさんからもらった時計を確認すると、時刻は午前六時過ぎ。


 どうやらこの結界の魔道具が消費する魔力の量はかなりのものらしいので、起きている間は絶対に使用しないと決めていた。メノさんは『気にしなくていい』と言ってくれたが、俺は気にする。


 薄暗い洞窟の中で水の魔道具を使用し、コップで水を一杯飲む。

 それから外に出て背伸びをしながら辺りを見渡してみると、不思議な光景を見つけた。


「……どういうことだ?」


 川の向こう側に、シャボン玉の膜のようなものが見えたのだ。


 見覚えのないものではない――昨日、結界の魔道具を使用したときにも見えたものだ。あの魔道具は直径五メートルほどの範囲のものだったが、この結界はそんなレベルではない。


 空を見上げても、同じように膜が張られていて、俺がすでに結界の内部にいるということがわかる。


「……アルディア様が何かしてくれたのか?」


 そう口にしながら、俺は空に注意を向けながら森の中を進み、この結界の中心となりそうな場所へ向かって足を進めた。


 たどり着いたのは、俺が転生したての時に立っていた場所。この広場にきた瞬間――いや、それよりも前から嫌でも目に入ってきた。


「――ははっ、なんだこれ」


 あまりの大きさに、笑ってしまう。

 広場の中心には、この辺りの木の数倍の大きさを持つ大木が出現していた。







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