第8話 火起こし、そして実食




 魔鉱石の利便性にしばし浮かれていたが、本来の目的はそこではない。お肉だ。俺はお肉を焼きたいのだ。焼いて食べて『うまい!』と叫びたいのだ。


 まず、魔鉱石以外の普通の石をコの字状に積み上げ、その上に平べったくした魔鉱石を乗せる。その下の空洞で木を燃やせば、いよいよ肉が焼ける……!


「魔道具はあるけど、せっかくだし火起こしもチャレンジしてみよう」


 詳しいやり方なんて知らないから、とりあえず見様見真似で、細い枝を回転させて木の板にこすりつけ、摩擦熱を起こしてみることに。


 一回目、失敗。力加減を誤って木がはじけ飛んだ。

 二回目、失敗。煙は出たけど、途中で土台の木を貫通してしまった。

 三回目、失敗。火種を移す場所を用意していなくて、無駄になった。

 四回目、失敗。火種を細かい木くずの上に乗せることまでは成功したが、燃えなかった。

 そして五回目、ようやく火が付いた。空気を送り込みながら細い枝を加え、徐々に太い枝も足していく。


「できるもんだな」


 このステータスパワーがあったにしては、時間が掛かってしまったほうだとは思うけど。一度経験はできたし、次からは火の魔道具を使ってもいいかもなぁ。


「どうかな」


 ほどよい感じの炎が、魔鉱石を下からあぶっている。いまのところ、魔鉱石が変形する気配はない。試しに枝で魔鉱石を上から押してみるが、ほんの少しだけたわむぐらいで、ぐにゃりと折れ曲がるようなことはなかった。


「強度はよさそう、あとはどれだけ熱いかだが」


 枝で押さえつけた時点でじゃっかん焦げ臭くなったから、たぶん熱くなっているとは思うが――どうだろう?


 魔道具から出した水を、少しだけ鉄板の上に散らしてみる。ジュッと音がなって、水滴は魔鉱石の上をしばし暴れたあと蒸発していった。


「…………」


 熱々になった魔鉱石を無言で眺める。

 どうしよう。色々と順番を間違えた気がする。


 まだ肉は切っていないし、なんなら包丁もないしまな板もない。焼いたあとに乗せる皿もなければ箸もない状態だ。


 そっちを先に準備すべきだったかなぁ……なんて思ったのも一瞬だけ、魔鉱石のパワーでそれらは一瞬にして用意することができた。


 ブロック状だった肉は魔鉱石の包丁で食べやすいサイズにカット。ステーキっぽくしようかなとも思ったけど、焼きたてのほうがおいしいと思って、一口サイズに切って焼きながら食べることにした。


 もちろん、取り皿もお箸も魔鉱石である。いやー、マジで便利。ついでにコップも作って、そこには魔道具から注いだ水をいれておいた。


「……いざっ」


 残念ながら魔鉱石に敷く油はないが、肉自体の脂身でなんとかなりそう。万が一毒があっても、状態異常無効さんがなんとかしてくれるはず。


 生肉用のお箸を使って、鉄板に三枚の肉を並べる。ジュワっという肉が焼ける音、野性味を感じる香りの煙、ジワリと肉に滲んでくる水分と油分。


 頃合いを見計らって裏返してみると、適度に焦げた面が顔を出す。塩コショウやタレがないのが残念ではあるが、それでも口の中のよだれはとまらない。


 火が通ったと思しき肉を掴み、取り皿へ。


「……白米が恋しい」


 まだ異世界初日なのだから、贅沢すぎる悩みである。


 それにそもそも、ここは無人島のはずだったのだ。メノさんに出会えて情報は得られたし、魔道具という便利な代物も貸してもらっている。


 到底サバイバル初日とは思えない、充実した環境だ。


「――うんまっ!」


 なにこれ? 味付けいらなくね? 十分すぎるぐらいうまいんですけど?

この世界の人って、もしかして当たり前のようにこんな美味しい物を食べてるんですか?


「いや……メノさんが『この島の物は全てが特殊』って言ってたし……この肉の美味さも、その『特殊』の一部かもしれないなぁ」


 そんな独り言を口にしながら、もう一度肉をパクリ。やっぱり美味すぎる。たぶん、これ全部食べ終えても、飽きそうにないな。それぐらい美味い。




 肉とメノさんからもらったサンドイッチの半分を食べ終えてから、焚火だけそのままにして使用した魔鉱石は川の水で洗った。


 肉に夢中になりすぎてすっかり忘れていたが、洞窟内の空気は想定通り綺麗に循環してくれているらしい。煙がこもるということもなかった。


 食事が終わってからは、メノさんが来ませんようにと祈りながら川で汗を流し、自然乾燥で体を乾かしてから洞窟に戻ってきた。


 ずっと裸足だけど、もう慣れてしまった。そもそも石を踏んだりしても全然痛くないから、気にならないんだよな。


「何を作ろう」


 この洞窟を作った際に出た瓦礫の中から魔鉱石を集め、それをジッとにらみながら腕組みをする。


 この素材はいわば、自由に形を変えられる鉄のようなものだ。しかも、固まっているときの強度は鉄を超えている気がする。つまり超便利。


「んー……、斧とかクワとかは作れそうだよな。あとは釘とか?」


 何ができるのだろう――というよりも、できるものが多すぎてあまりピンとこない。


 五分ぐらいかけて集めただけでも、バランスボールぐらいのサイズの魔鉱石が集まったし、まだまだ瓦礫の中に魔鉱石は眠っている状態だ。もはやこれで家が作れてしまいそうである。さすがにそれはやらないけど。


 そうやって色々と考えていると、外から足音が聞こえてきた。

 目を向けると、メノさんがこちらに向かって歩いてくるのが見える。


「お疲れ様ですメノさん――あぁ……椅子ぐらい作っておけばよかった」


 来客のことをまだ想定していなかった。どでかい魔鉱石団子を作るよりもまえにそっちを作れって話だよな。


 というわけで、俺はさっそく魔鉱石団子に魔力をたっぷりと流し込み、引きちぎるようにして分割。千切った魔鉱石でちゃちゃっと背もたれつきの椅子を作ってみた。


「ど、どうぞ!」


 そう言って、彼女に椅子に座るよう促す。デザイン性のかけらもない、無機質な椅子だけど……立たせているよりはマシだろう。


 ――が、しかし、メノさんの表情は優れない。ジト目で俺を見ている。


「……それ」


 メノさんは、俺の椅子を指さす。これは……椅子じゃなくて魔鉱石を指さしたってことなのか?


「便利ですよねこれ、簡単に加工できるし、丈夫ですし」


「……加工にはかなりの魔力が必要。それと、その量だと、素材だけで二千万ディアはする」


 ……? ディア? ディアってなんだ?


「すみません、ディアってなんですか?」


 質問すると、メノさんはプルプルと首を振って、


「……ごめんなさい、魔鉱石を椅子にする人なんて初めてみたから、びっくりした。ディアはアルカディアのお金の単位。円に換算すると、だいたい一ディアが十円」


 一ディアが十円……? さっきメノさん、あの椅子のこと何ディアって言ってたっけ? なんか大きい数字を言ってたような気はするが……、


「……それ、素材だけで二億円ぐらい」


「おぉう」


 どうしよう……さっき鉄板代わりにして一人焼肉を楽しんでたって言ったら、もしかして怒られちゃうのかしら?




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