第4話 VSでかイノシシ



「俺の身体能力どうなってんだ」


 倒れた木々からは目を背けて、腕を組む。試しに倒れた木を殴ったり蹴ったりしてみたが、容易に破壊できたし、なんなら担ぐこともできてしまった。三十メートルはくだらない木を。


 試しにジャンプしてみると、全力を出すまでもなく木の高さを軽々と超えることができた。なんなら倍以上は跳んだ気がする。


 おかげで周囲を見渡すことができたが、どでかい怪鳥が飛んでいるのも一緒に見つけてしまったので、これ以上は断念。木々を切り倒しておいてこんなことを考えるのもアレだけど、魔物に見つかりたくないし。


「しっかし……結構深い位置にいるんだな」


 正面はずっと森、後ろ向くと、遠くに海が見えた。海までの距離も数キロはありそうな感じである。

 水を探すのが先か、それとも食料を探すのが先か。


 いやどう考えても安全確保が第一優先でしょうよ。このまま夜になったらやばすぎる。


「猛獣がいるでかい檻の中にいるようなもんだしな……」


 森は高低差がついて山になっている部分もあるし、きっと探せば川もあるだろう。


「洞窟みたいなのがいいかな……岩肌が見えている部分があれば、ステータスの力で穴を掘れそうだし」


 どうせなら川が近くにあるとなお良い。

 都合のいい場所があってくれたらいいんだけどなぁ。


「あるやんけ」


 めちゃくちゃ近場だった。

 どうやら先ほど跳んだときは、近すぎて気付かなかったらしい。


 強化した枝を装備し、目印として木を傷つけながら歩くこと三分ほど、幅五メートルほどの小さな川を見つけた。この水、飲めるのかなぁ。


「状態異常無効ってやつがあるし、大丈夫……だとは思うけど、できれば煮沸消毒ぐらいはしたいよなぁ」


 たぶんこの身体能力をもってすれば、火をおこすことは簡単にできるはず。やったことないけど。動画で見たことあるし、たぶんいける。


「この場所は覚えておいて……先に洞窟だな。まだ喉は乾いてないし」


 上流に向かって歩いてみよう。そしてこの場所には、目印として、木を倒しておくことにする。環境破壊とか言っていられる状況じゃないんでね。

 強化した枝で木を伐採し、川を横切るように設置した。


「人間離れしてるなぁ……いや、この世界の人間次第なのか」


 俺はまだ人間の範疇に残る可能性を残している。地球じゃ無理だけど、このアルカディアにはきっとすごい人もいっぱいいるはずだ。たぶん。


 愛用している木の枝を脇に挟んで、手に着いた汚れをパッパと払う。

 あたりを見渡してみると、川の向こう岸――その更に奥で、こちらをジッと見ている黒色の毛のイノシシがいた。


「…………」


 呼吸を忘れた。意識的に呼吸をしようとすると、細かく荒いものになった。


 でかい。四つん這いのくせに俺の身長の1・5倍ぐらいあるし、おそらく体重も五トンとかそういうレベルだ。ただの動物……? それともあれが魔物なのか?


『ブォオオオオオッ』


 イノシシは威嚇なのか知らないが、そんな鳴き声を上げる。そしてその声を発したまま、こちら側に勢いよく走ってきた。


 とんでもなく速い。


 川があるから――なんて安心できるような速度ではなかった。あのスピードなら、川なんてないのも同じ、軽く一歩で飛び越えられてしまう。


「――っ」


 叫び声をあげる余裕すらない。俺は横っ飛びに回避――しようとしたのだけど、バカほど跳んでしまった。たぶん進行方向の木を五本ぐらい破壊して、ようやく止まった。


 元居た場所に目を向けると、そこではイノシシがこちらを睨んでいる。


「案外、遅いのか?」


 今の自分のスピードはしっかり認識できていた。脳が理解を拒んでいたがために対応が遅れたけれど、何が起こっているのか見えなかったわけではない。


 俺のスピードに比べたら、あのイノシシのスピードは大したものではなさそうだ。


「だとしたら、逃げることも可能か……」


 というか、木登りでも十分逃げられそう。あのイノシシは、木に頭突きはできるだろうが、上ってくることはできそうにないし。


 そう思うと、急に緊張が和らいだ。いまだに巨体は俺を睨んでいるが、少し冷静になれた。


「石でも投げてみるか」


 剣神スキルはあるけれど、やはり接近戦はまだ怖い。安全第一だ。

 ちょうど手ごろな野球ボールぐらいの石が足元に落ちていたので、それを拾う。重みは感じるが、筋肉への負担はまったくない。


 軽く魔力を込めて石を振りかぶると同時――イノシシがこちらに駆け出してきた。

 たぶん速度は百キロとかそういうレベル。地球にいたころの俺だったら、『走ってきた』と知覚したころにはすでに跳ね飛ばされてしまっているだろう。


「おらっ!」


 掛け声を発し、石を投げてからイノシシの突進軌道から身体を逃がす。今度はちゃんと手加減して避けた。

 まぁ、無駄な行動だったのだけど。


「……えぇ」


 イノシシが削れた。正面からみて上下左右に一マスずつあったとしたら、その右上の一マス部分が無くなっていた。イノシシは地面を転がるようにしてこちらに跳んできて、俺のすぐ近くで停止。


 かなりグロテスクな状態だな……こういうの、得意なほうで良かった。たぶん、平均的な人なら吐いていた気がする。


 まぁそれはいいとして。


「なんとか勝てそうだな。あのイノシシが強いのか弱いのか知らないけど」


 もっとどうしようもないぐらい凶悪な生き物が出てきたらどうしようと思っていたけど、案外大丈夫そうだ。あれは魔物でなくただの動物という可能性も残されているけども。


 いろいろと削れてしまったイノシシくんは、川の水で洗ってから、食べられそうな量だけ持っていくことにして残りは川に流すことにした。さすがにこの量は食えん。肉の保存方法もわからん。


 内臓とかを見ていたら吐いてしまったけど、自給自足状態なのだからちょっとずつ慣れていかないとなぁ。




「あるやんけ」


 本日二度目のあるやんけである。


 川を上流に向かって進むこと五分ぐらい。高さ八メートルほどの岩肌が露出しているところを見つけた。横幅は三十メートル以上あるし、川からは少し離れた位置に作ることができそう。実際に洪水が起きたら、どうなるのかは知らないが。


「神様がそういう場所に俺を下ろしたって説も――いや、そんな気の利いたことしないか」


 そんな気遣いができるのなら、転生前にもっと詳しく説明してくれるはずだ。

 となると、ステータスの運が仕事をしてくれたのだろう。ありがたや。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る