第9話 裏バイト親玉、エシュガル
俺達は玄関までの長い距離を歩いてエシュガルの邸宅に入った。
邸宅の中ももちろん凄かった。
詳細を言うと永遠にかかるので省くが、玄関にライオンの毛皮の敷物と額縁に入った馬鹿でかい絵があったということで察して欲しい。
俺達が通されたのは一階の奥の応接間。
応接間のドアの前には二人の警備がついている。全身を覆うゆったりとした服を着ていて、フードを目深に被り仮面までつけている。
警備の素性が割れないようにってことなんだろう。金持ちはセキュリティが凄いな。
応接間は広々としていて、壁紙は高級感あるブラウンで、置いてある調度品はどれも素人目でも質がいいとわかる。ソファも大きくゆったりしていて、俺達はそこに腰掛けてしばらく待つ。
「なんか凄いとこだな。驚いたよこんな屋敷初めてで」
俺の言葉に、トリーも頭が吹っ飛びそうなくらい激しく首を縦に振った。
「本当本当! 私も裏依頼受けてここに来たとき、もうどうやって座ればいいのかわからなくなりましたもん」
「だよね、驚いた。このソファの座り心地も最高だ」
二年間辺境で経験値稼ぎしてたから、こんなフカフカなところに座ることなんてなかった。……いや、そもそも転移前でもこんなソファには座ったことないか。
「しかし、意外だな。こんな風に表に邸宅があるって」
「どういうことです?」
「トリーは裏の依頼を受けたんだろう? だったら、もっとこう、裏街道の人目につかないところで生きてるような人が依頼人かと思って」
「なるほど。裏街道どころか、エシュガルマーケットっていう何店舗もある雑貨店を経営してる思いっきり表の経営者ですよ、エシュガルは」
表では普通に店舗経営をして立派にやりつつ、裏では黒いことをやってるタイプの奴か。なんならその裏で得た利益で店を大きくしたのかもしれない。
依頼を見事果たした相手に妙なことはしないとは思うが、油断はできないな。
話していると、扉が開いた。
まず入って来たのは、四人の人間。いずれも部屋の前にいた警備と同じように中身のわからない格好をしている。
ただし歩くときにする音から武器を携えてはいるようだ。そして、鋭い視線を俺達に向けていることは仮面とフードで隠れていてもわかる。
エシュガルのボディガードってところか。
その後に続いてエシュガルが入って来た。
かっちり整えた口ひげがまず目に入る。金色の刺繍が施された服を着ていて、先ほど雑踏で見た民衆とは一目で経済事情が違うと感じられる。
「例の依頼を達成したと聞いたが」
俺達の正面に座ると、開口一番そう言った。
「はい! ゼグ山の竜の心臓、持ってきましたよ、これです!」
エシュガルが顎で合図をすると、ボディガード達が床にシートを広げた。その上に両手でやっと抱えられるほど大きな竜の心臓をトリーがマジックポーチから取り出して置く。
「ほう」とエシュガルが目を見開き、ルーペのようなもので心臓を見る。もしかしたら鑑定とかに使える魔道具なのかもしれない。店の経営者だし。
ルーペをしまうとエシュガルは満足げに口ひげを撫で、俺達に向かって営業スマイルを向けた。
「本当に竜の心臓だ、素晴らしい。しかも内に秘めた魔魂は大量にして高密度。これほどのものはあのゼグ山の竜に間違いないだろう。これがあれば素晴らしい”商品”を開発することができる。まさか本当にとってこれるとは、驚きだよ」
「なんだか不穏な台詞が聞こえたんですけど」
「はっはっは、失礼。ただ依頼を受領した時の様子からは、竜を狩るには少々力不足に見えたのでな。これまで何人も失敗しているし、君と同じ依頼を与えた者達から人数が減っているということは、つまりはそういうことだろう。普通にやっても狩れるモンスターではないから、生態を見極め罠か何か、うまく工夫したのだろうな。さすが百戦錬磨の冒険者だ、それを期待して幾人にも繰り返し依頼を出してきたのだよ。さて、それでは約束の報酬を……」
報酬を戸棚へ取りに行くよう付き人兼ボディガードに合図をしたエシュガルは、紙袋に入ったそれをトリーに渡した。トリーが喜色満面になっている前で、彼はふと俺の方に目を向けた。
「はて、右の男はこの心臓の依頼を頼んだ中にいたか? 職業柄人の名前と顔を覚えるのには自信があるのだが、どうにも覚えがない」
「あ、この人は現地でたまたま出会って、竜退治に協力してもらったんです。だから報酬を山分けしようと思って!」
「ほう? この男もドラゴンを倒したと」エシュガルは口ひげを指でなぞりながら、値踏みするように俺を見る。「なるほど、たしかに『その格好』は、戦いしか知らぬ狂戦士という感じだな。腕が立つんだろう」
ふっと鼻で笑うエシュガル。
えっ、俺今バカにされてない?
そんな変な服は……着てるかぁ。
辺境の地で暮らしてる間もちろん服など買えないし、ちゃんとした服を作る技術もないので、元々着ていた服の破れたところに獣の皮や丈夫な繊維などをパッチワークで貼り付けていったのが今の俺の衣装である。
しかもそれすら億劫だったので、最低限のところを隠す程度であとはボロボロ。服と言うよりぼろきれの集合体みたいになっている。
たしかにこの邸宅に着てくるにはあまりにも相応しくない服装だ。
だからって、自分が欲しいものを持ってきた人を馬鹿にするのはどうかと思いますよ、エシュガルさん。
「しかし、そうか。策を弄したとはいえあの竜を倒すほどの実力か。素晴らしい」
エシュガルは立ち上がると、身を乗り出してトリーと俺をつま先から頭の先まで値踏みするように視線を動かした。
と、俺達の二の腕をやにわに掴んだ。
「この腕で竜を心臓を切り出したのだな、ぜひ欲しいな」
なんだこれはセクハラおじさんか? 腕大好きおじさんか? どっちだ? 両方か?
だがエシュガルはすぐに手を放すと、にぃ、と笑って回れ右をして離れていった。
そして応接室の奥のドアへと向かっていき、ドアノブに手をかけながら振り返った。
あのドアがどこに続いてるかは知らないが、これで報告完了かな。
「私は先に儀式場に行く。お前達はそいつらを眠らせて連れてこい、最高の素体になる。暴れるようなら最悪死体でも構わん。それはそれで使い道はある」
エシュガルは部屋の奥のドアの向こうへ消えていった。
……聞き間違いでなければ、物凄く不穏なことを言ってだよな今?
トリーも俺へ目線を送っているが、発言の真意を考える間もなく、廊下側のドアから、応接室を見張っていた二人の警備が部屋に入ってきた。
外套と仮面の六人が俺達を取り囲み視線を向けている。
緊張が高まる。
ついに彼らは一斉に外套と仮面を脱ぎ去り、武器を構えた。
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