第8話 料理は偉大

 トリーに闇依頼を投げたエシュガルの邸宅は、高級住宅街の中でも一際立派だった。

 象牙色の三階建ての家の壁は汚れ一つなく綺麗に保たれていて、窓には金色の装飾がなされている。庭は家が何件も建てられるほど広く、調えられた芝生に花木、金色の鱗の魚が泳ぐ池まで。誰がどう見ても大金持ちだ。


「ええー! いないんですか!?」

「エシュガル様は今はお仕事にでかけている。出直して来い」


 門の前にいる見張りとトリーがそんなやりとりをしていた。

 いないのか、まあ昼間に仕事に出てるのはしかたないかな。


「でも大事な依頼なんですよ、例の竜の……」

「馬鹿、こんな通りで内容を大きな声で言うな……!」

「あ、ごめんなさい!」


 そういや闇依頼だったな。

 そりゃ表で言ったらまずいわな、門番も把握はしてるらしい。


「それについてはエシュガル様も重要に思っている依頼だから、帰って来たらすぐにでも会うだろう。日暮れには戻る予定だから、その頃また来い。エシュガル様にはお前が来たことを俺から伝えておく」

「はーい。……というわけで、出直さなきゃいけないみたいです、シキ」

「まあこればかりは仕方ないな。どこかで時間を潰すか」


 日暮れまでは2,3時間くらいかな。

 それまでどうするか、町中を見てまわるのもいいな。トリーによると色々な施設とかがあるみたいだし……。


 と考えてるとトリーが言った。


「じゃあ、ご飯でも食べましょうか」


 ナイスアイディア。




「良い匂いに釣られてしまいましたね」

「店の前を通った時にあんな匂いをかがされたら入らざるをえない」


 俺達は商店街の通りへと戻り、そこにあった食事処へと入っていた。

 年季の入ったテーブルと椅子が並び、奥にはカウンターと厨房が見えている。厨房では中年の男性が料理を作っていて、あとはウェイターが一人。


 お昼でも夕飯時でもない中途半端な時間なのでそんなに混んではいない。俺達の他には一組の客がいるだけだ。


 向かいに座っているトリーは丸っこい目を輝かせ、大きな口をにっこりさせながら、厨房を見て料理が来るのを待っている。

 俺も厨房の様子を見ながら、料理ができるのを待つ。


 程なくして注文した料理がテーブルに届けられた。


 ゴロゴロ大きい肉が入ったビーフシチュー。

 ちょっと硬いけど大きなパン。

 レタスとキュウリの酢漬け。

 デザートに林檎。

 ワイン少し。


「こ、これは……!」


 テーブルの上に並んだ料理を目の当たりにするまでは、軽く考えてた。

 でもいざ湯気の出るビーフシチューを前にしていい匂いをかいだら。

 やばい、よだれでそう。


 もはや待ちきれず俺は一気に出てきた食べ物を食べていく。

 ビーフシチューの味付けは最高で、肉も口の中でほろほろに崩れるくらい柔らかくなるまで煮込まれていて、もう最高にうまい。

 硬いパンもシチューにつけてやると、ちょっとふやけてシチューが絡んで、大きくてもいくらでも食べられる。


 その濃厚な味わいの合間の野菜の酢漬けが口直しにピッタリでたまらない。

 すぐさま平らげて、ワインとデザートもいただき、俺は料理を完食した。


 ああーもっと味わえばよかったかなー、いやでも無理だよ。こんな美味しい料理を前にしたらゆっくり食べるなんて。


 そう、料理。料理だ。


 これが人の作りし料理……神だよね、控えめに言っても。


 俺は辺境の地で経験値を稼いでた二年間、野生の獣のように成り果てたとはいえ、一応人としての尊厳を捨てないために水浴びで体を洗ったり裸じゃなく服も着ていた。

 しかし、ちゃんとした料理をするのは難しかった。

 せいぜいそのまま火でただ焼くだけが限界だ。ビーフシチューなんて作れなかったし、調味料だって手に入らない。


 だから……人間の料理が心の底から美味しく感じる。

 ありがとう俺の食べっぷりに感嘆して箸が止まっているトリー。

 ありがとう最高の料理を作ってくれたシェフ。

 ありがとう全ての人々。


 あまりの美味しさに世界全てに感謝してしまった。

 幸せなときって人間、博愛主義者になりがちだよね。


「はぁ~おいしかった」

「いい食べっぷりですねー、見てるだけでおいしかったですよ」


 食事を終えて話していると、厨房から料理を作っていた男が俺達のいるテーブルに歩いて声をかけて来た。


「本当にいい食べっぷりだったな。作った方もうれしくなるぜ」

「うん、本当においしかったから。ありがとう、最高の食事だった」


 料理人に答えると、喜んでいる表情を見せるが、なぜか彼はふっと真面目な顔をする。

 どうしたんだろうか。


「それはよかった……ところでその格好、あんたら冒険者か?」

「ええ、そうですよ。冒険者に何か用があるんです?」

「やっぱりそうか。いや、ちょっと聞きたいことがあってな。……実は俺の一人娘が二週間ほど前から行方不明なんだ」

「え!? それは……」

「ああ……もちろん人捜しの依頼は方々に出したんだが、いまだになんの手がかりもない。だから、店に冒険者みたいに色々情報もってそうな客が来たら尋ねてるんだが、何か誘拐とかの情報ってないか?」


 俺もトリーも首を横に振ると、料理人は肩を落とした。


「ごめんなさい、力になれなくて」

「ああいや、お嬢ちゃんが謝る必要はないぜ。俺が勝手に聞いただけなんだから。普通に考えたら都合良く知ってるわけないからな。……でも、聞かないわけにはいかなくてな。妻が死んでからずっと二人で生きてきた娘だからよ。もし仕事の途中にでも何か手がかりになるようなこと見つけたら何でもいいから教えてくれ! 俺の名前はバーシー=トロン。娘はバーシー=リアーネだ。歳は……」


 それから料理人、トロンは娘の外見の特徴を話してくれた。

 俺は冒険者ではないが、神料理を食わせてくれたことだし覚えてはおこう。


「そうだ、娘はいつも琥珀のペンダントを身に着けてた。花が描かれた琥珀のだ。顔を知らなくてもそれがあれば、一番手がかりになると思う」


 花の琥珀のペンダント。

 よし覚えた。


「わかった、もしそれらしいものがあったら、伝えるよ」

「ああ、頼む! その時には腕によりをかけて料理作るから是非来てくれよ! あんた、いい食べっぷりだったからな!」


 トロンは最後にはまた笑顔を作って、俺の背中を叩いて店を送り出した。

 俺とトリーは商店通りを歩きながら、エシュガルとの約束の時間までもう少し時間をつぶすことにした。


 しかし誘拐事件か。

 トリーも闇バイトで騙されて死にそうになってたし、異世界治安悪くないか?

 まあ比較対象が日本だったら悪く感じるか。治安の良さには定評あるもんな日本は。


 あ、ちなみに飯屋の代金はトリーが奢ってくれました。俺は一文無しだからしかたないね。依頼の報酬を受け取ったら、今度は俺が何か奢ろう。


 それから少し町をうろついたり、ベンチで休んだりして時間を潰してから、俺達はあらためてエシュガルの屋敷へと戻った。


「お前達か。よかったな、ついさっきエシュガル様が戻られた。お前達のことを報告したら、次に来たら通すよう言われたよ。さあ、こっちだ」


 門番は俺達を見るなりそう言って、門を開いた。

 小石を敷き詰めた玄関まで続く道を門番が先導する。


 いよいよ、エシュガルって人と会えそうだ。

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