第7話 はじめての人間の町

 市街地に入ると、きれいに敷かれた石畳の道が俺を出迎えてくれた。

 道幅も広く、馬車が悠々とすれ違うことができるくらいで、長さはまっすぐ2,300mはあるだろうか。そこで道がカーブしていてその先がどうなってるかはわからないけど、もっと続いているのかも。


 そこを老若男女が行き交っていて、道の両サイドに建ち並ぶ西洋風の建物に入ったり出たりしている。


 その建物には様々な看板が立てかけてある、メロンとベリーの絵、ジャガイモの絵、剣と槍の絵、魔法の薬瓶の絵……いろんな店が並ぶここは商店街のようだ。

 異世界の商店街は気になるが、考えてみれば金がない。しばしお預けか。


「こっちの道ですよ」


 しばらく進んだところの交差点をトリーが右に曲がる。


「こっちに何が?」

「依頼人の家!」


 そういえばそうだった。トリーは依頼の竜の心臓を渡しに行くんだっけ。


 俺はどうするか、目的は『経験値を稼げそうな情報』を町で得ることだから町まで来たらトリーと行動をともにする必要はないが……しかし、冒険者に裏の依頼をするような人物なら、何か裏のいい情報を持ってる可能性を感じる。


「何考え込んでるんです? さっきの商店街で何か欲しいものでもありましたか? 焦らなくても大丈夫ですよ、報酬たっぷりもらえるんだもん」

「報酬もらうのはトリーだろう?」

「何言ってるんですかー? ゴールドドラゴンを倒したのはシキなんだから、シキと山分けですよ、もちろん」


 トリー、いい人だな。

 たまたま俺もドラゴン倒したかっただけで、依頼のことも黙ってれば独り占めできたのに、全部話して報酬も分配してくれるなんて。


 それに町まで案内してくれるし町の中まで付き合ってくれるし、異世界でも人の情けはあるんだなあ。

 好意はありがたく受けよう。その依頼者にも会いたかったからちょうどいい。


 商店街を外れると、少し町は静かになった。

 行き交う人の数も減り、落ち着いた住宅街のような感じになっている。

 華美ではないけれど、小さい庭なんかもついている家が多くていい雰囲気だ。その中にたまに自宅兼店舗って感じの地元の店みたいなところがあるのも赴きがある。


「このマグメルの町はこんな感じです。活気のある商店街がいくつかあって、それ以外の場所に落ち着いた住宅街がいくつもあるみたいな」

「いい町だね」

「それ以外の場所もありますよ。王城とか、大学とか、そういうのに付属する諸々がある場所。それに、ちょっと危ないとことか」


 スラムみたいな感じかな?

 大きい町だしそんなのもあるかもな。でもそんな危ない場所があるとしてもなお、


「人の賑わいも顔も声も、何もかも皆懐かしい……」


 ひたすらモンスターを狩るだけの生活を野生の中でしていたから、ノスタルジックな気分に浸ってしまう、さすがに少しくらいはね。


 ******


(本当に、ずっと辺境の土地で修行してたんだ……)


 トリーは人間の営みに懐かしそうに目を細めるシキの顔を見て、あらためて驚いていた。修行していた期間は聞いていなかったけれど、これは相当長いみたいだと。


 このマグメルの東方、ゼグ山より奥には人が寄りつかない地域がある。

 自然環境が厳しく変化に富んでいて、モンスターも多いためにまだ開拓が進んでいない辺境と呼ばれる場所だ。


(そんなところで長い間たった一人で獣のように生活してまで修行するなんて、とんでもない覚悟決まってます、シキは。私も剣で身を立てるぞって思って冒険者になって鍛錬も実戦もしたけど、町で生きてベッドで眠ってた……この人に比べればまだまだぬるいことをしてました……!)


 トリーはシキが見せた竜をも圧倒する力を思い出す。

 あの獣の牙がならんだような武器は、野生でモンスターを食らいながら生きてきたが故に生み出したものなのだろうと納得する。


(そこまでして身に着けた力を惜しみなく使って私の命を救ってくれて、それなのに見返りも求めようとしなかったなんて、シキは御伽話の勇者のような人間です。尊すぎます……!)


 トリーはシキのことをまじまじと見ずにはいられない。


 ******


「おーいトリー、なに立ち止まってるの」

「はっ! あ、ああ、ごめんなさい、考え事してました。あとちょっとですよ!」


 急に俺の顔に目線を向けたまま何か考え込んだトリーは、声をかけたら正気に戻った。

 なんだったんだろうか?


 ともかく再び歩き出したトリーについていくと、周りの住宅街の様子が変わって来た。

 素朴な家が並んでいたのが、大きくきれいな家が並ぶようになってきた。

 よく見ると小高い丘で他より少し高い場所になっているし、街路樹も整っている。


 これは高級住宅街というやつかな。

 この町にもそういう場所があるんだな。白金とか芦屋くらいしか俺は知らないけど……いや、どっちも名前だけで実際にどういうとこかは全然わからないんだが。


 そんなところを少し歩き、立派な蔦の装飾がされた門の前でトリーは立ち止まった。


「ここが闇の依頼者、エシュガルの邸宅です」

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