第6話 王都マグメルへ

 トリーが切り出した竜の心臓は、さすがに大きかった。

 グロシーンはワイルドに二年間も過ごせば慣れるけど、しかしこんなハロウィン用大カボチャ並に大きいものを持ち歩くのか?


 と思っていたら、トリーは懐からポーチを取り出した。

 開いた口を竜の心臓にあてると、あっという間に中に吸い込まれていく。


 これが噂のマジックポーチあるいはマジックバッグというものか。異世界の定番アイテムだ、やっぱりここにもあるんだテンション上がってきた。


「便利そうだね、そのマジックポーチ」

「冒険者の依頼こなすなら、依頼の品を入れる器は必須だからね。奮発して買っちゃいました。まあ~、もっと大容量タイプが本当は欲しいけど、大きいほどお値段張るからこれで我慢。マッシュ=ドゥームのハイモデルいつか欲しいな~」

「冒険者。依頼。なるほど、そういう依頼を受ける冒険者ギルドみたいなものもあるんだ」

「うん。まあ……これは正式なギルドの依頼じゃないんですけどね」


 トリーの眉がへにょった。

 わかりやすく困っている。


「正式じゃないってことは……闇?」


 しおしおな表情でおさげをしぼり始めるトリー。

 表情ころころ変化して面白いなこの子。


 聞いたわけじゃないが、多分トリーは二十歳前後だろう。20代後半の俺よりはだいぶ若い。俺も二十歳のころはこれくらい感情豊かだった……でもないか。もっとクール系だったな。歳取って落ち着いたわけでもない。


「はいぃ……。冒険者ギルドを通さない依頼があって、それの報酬が普通よりずっと高くて、釣られてしまいましたぁ」

「なるほどね。でも、こんないかに強いドラゴン相手なら断ればよかったのに」

「それが……最初はドラゴン系モンスターの血を集めるって依頼って嘘ついて人集めしてたんですよ! ミニドラゴンみたいなモンスターなら私でも倒せるからおいしい依頼だと思って詳細を聞きに依頼人のところにいったら、急に『ゼグ山のドラゴンの心臓。その代わり報酬は二倍』って依頼が変わって。悩んでたら怖いお兄さんお姉さん達に囲まれて、今さらやめるとは言わないよな? って雰囲気になってて」

「まさに闇バイトだな」

「まあ報酬二倍はおいしいし、そのゼグ山に行ってみて無理そうだったらやめればいいやと思ったんだけれど……逃げる間もないくらいめちゃ強ドラゴンがいました。というわけ。私と同じように引っかかった人と一時的にパーティ組んでたけど、完全壊滅でもう大変だったんですよー」


 やっぱり闇バイトは良くない。異世界でもそうなっている。

 ちゃんとギルドを通せば怪しい依頼者とか弾いてくれるんだろうな。


「結果的には生きのこって心臓も手に入ったから報酬がおいしいな」

「それはそう! 元々ギルドの三倍の報酬が、さらに特別に二倍だから六倍おいしい。やってよかったー」


 ウキウキトリーとともに、俺もウキウキしてきた。

 なぜならゼグ山を下り、そして山間の低地をしばらく行くと、人間の建物が見えてきたからだ。


「あれが王都マグメルですよー! こっちに行けば道もあるからもうすぐ!」


 町を指差すトリーとともに、俺は足を速める。




 マグメルに近付くと町に続く道に合流したので、そこからは道を歩いて行く。

 周囲を見渡すと道は他にも何本もあり、複数あるマグメルの入り口から伸びている。

 その道は徒歩でトリーと同じような格好の冒険者がパーティを組んで地図とにらめっこしながら歩いていたり、御者が手綱を握る馬車が走っていたり、人通りも結構ある。


 俺達が来たゼグ山や辺境の地は町から東の方角にあるが、西や南の方を見通すと、農村らしきものも見える。広々青々とした畑が風で揺れている。

 そういえば昔は都市の近くに農村があり、食料供給源になってたって話を聞いたことがあるな。有事の際はそこから城壁の中に避難してくるとかなんとか。

 さすがに広い畑まで全部壁で囲おうと思ったら大変すぎるもんな。


 町、あったんだなあ。


 最初に俺が異世界に来たクレーターの近くは人の痕跡が皆無の遥か辺境の地だったけれど、二年間の間に狩り場を移動しながらモンスターを狩るうちに、人里に段々と近付いて来ていたようだ。


「なにげにあと少しだったんだな」

「何があと少し?」


 独り言が漏れたらトリーが聞き返してきた。

 トリーは俺と違って周囲をキョロキョロしていない。ここに住んでいるのだから当然だが、少し負けた気分だ。


「別にたいしたことじゃないよ。いよいよマグメル、だな」


 ついに到着したマグメルは古びた城壁に囲まれていて、いかにも昔の都市って感じだ。

 門では入場のチェックをしていたが、トリーが身分証を見せて俺のことも保証してくれて中に入れた。

 トリーと知り合えていて助かった。


 俺は門をくぐり、城壁の中に入った。

 異世界に来て二年、ようやく『初・人里』だ。

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