第5話 レベル66

 辺境の山の主、思ったよりはあっさりだったな。

 間違いなくこの一帯じゃ最強のモンスターだったけれど、まだ足りない。


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風巻史輝


◆現在レベル 66

◆目標レベル 67

◆残生存時間 13,12:35:43

◆経験値■■□□□□□

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 ゴールドドラゴンを倒す前の経験値はゲージの5%くらいだった。だから倒しても15%しか増えていない。

 あと13日あるとはいえ、このペースじゃ厳しいな。


 二年間。


 異世界に転移してから二年の間、俺はひたすらモンスターを狩り続けていた。

 森で、草原で、洞窟で、沼地で、荒野で、ゴブリンを、ゾンビを、ドレイクを、エレメンタルを、オーガを。


 人里離れた辺境の地だけに最初の頃は経験値には苦労しなかった。もちろん、倒すのには生傷が絶えない苦労があったが、倒せば経験値は手に入る環境だった。


 しかしレベルが上がるにつれ、より大量の経験値が必要になった。また、狩りすぎたことでその近辺のモンスターが減り、より強くより危険なモンスターが居る場所に狩り場を移さなければいけなくなった。


 そんなことを繰り返し、この世界にやって来た時のクレーターからはるかに移動したこの山まで来て、麓から空を飛ぶ姿を見たドラゴン……他のモンスターすら畏怖し近寄らない、おそらくこの辺りの地で最強のモンスターを狩るために、ここに上ってきた。


 そして倒した。

 二年前にネズミを倒したのとまったく同じ、生きるために経験値を稼ぐという動機で、ドラゴンを。


 ……しかし。


「ここらで最強のモンスターを倒しても現状20%か……ちょっぴりまずいな」


 二年間生き延びた末に今の俺はレベル66まで上がった。上げられなければ死んでいた。

 強くなれたことはいいことなのだが、これだけレベルが上がると、次のレベルに上がるための必要経験値は莫大なものになっている。


 同レベルのモンスターを倒さないと経験値が入らないとまではいかないけど、この辺りに多くいるLv10~30くらいのモンスターだとさすがに低すぎて焼け石に水。


 もちろんそういう雑魚モンスターとは違う強力なモンスターもいて、リッチやフェンリルやオークの勇者みたいなやつを倒せば経験値はそこそこ手に入ったが、それら高レベルの強力なモンスターは今のゴールドドラゴンで全て刈り尽くしてしまった。

 こうなると残りの80%の経験値を稼ぐのは、相当に厳しくなる。


「なんとか二年間生き延びてきたんだ。モンスターに引っかかれたり、毒を吐かれたりしながらも。制限時間ギリギリになったこともあった。でも……」


 経験値を稼ぐために狩る相手自体がいない、という事態は初めてのことだ。

 そしてそれは、どんな強力なモンスターよりも危険で解決が難しい事態だ。


「いやまじでやばいな。強い敵なら頑張って倒せるけど、敵がいないのはどうしようもない。もうこのあたりの辺境に強いモンスターの痕跡も残ってないし……」


 このまま心臓が爆発して死ぬ?


 冗談じゃない、何かあるはずだ、経験値を稼ぐ手段が。


 竜の首から吹き出し雨のように降り注ぐ血も考え込む俺には気にならない。返り血は二年間で限りなく浴びてきた。そんなことより経験値だ。


「あ……あなたは、いったい」


 ……ん?

 人間の声?


 俺は声の方に目を向ける。

 そういえば、さっき茂みの方で何か動いたような。

 どうせリスかタヌキかだと思って気にしてなかったけど、もしかして。


 ………………人だ!


 ファンタジーの冒険者って感じの格好で、腰に剣を差している、泥で汚れた女がそこにいて、俺は一瞬言葉を失った。


 初めて見た。

 この世界に来てから初めて人間を見た、異世界人を。


 こういう感じなのか異世界の人間って。

 見た目は普通に人間だな、格好は西洋ファンタジー感ある。

 へー、ふーん。これが人間かぁ。

 ……待てよ?


 その瞬間、俺は閃く。 

 人間がいるなら、町か村もあるはずだ。

 町や村があれば、そこには情報がある。

 つまり経験値を稼げそうな情報を得る可能性が生まれる!


 これは行き詰まった俺に訪れた天啓だ。

 そうと決まれば、まずは自己紹介だな。


「シキ……風巻史輝。人間と会話するのは、二年ぶりだな」


 俺は自己紹介したのに、冒険者らしき女は石化したように固まったままだ。

 おーい……あ、喋った。


「シ、キ。ええと、シキって! じゃなくてまずは……ありがとうございます! 助かりました!」


 女は両肘を後に引きながら頭を下げる。

 ありがとうということは状況から見て、このドラゴンに襲われてたのかな、この人。


「タイミングがよかったみたいだな。怪我は?」

「大丈夫、ありがとうございます! もしシキがあのゴールドドラゴンを倒してくれなかったら今頃消し炭になってました。シキは命の恩人です」

「大げさ……ってこともないか。ドラゴンだし」

「はい、ドラゴンですから! ……あ! すみません~私が名乗ってませんでした! 私はコルセウス=トリエスタっていいます。トリーって皆には呼ばれてます。よろしくお願いしますね、シキ!」


 手を差し出してきたトリーと俺は握手をした。

 手を握っている間、トリーの視線が氷の刃にじっと向かっている。


「その剣凄かったですよね、あのガチガチに硬い竜の鱗をものともせずに首を切るなんて」

「これは剣というよりはノコギリかな。斬るというより、歯で引き裂くんだ。硬くて太いものにはこの方がよく効く」

「硬くて太いものに。へー」


 氷歯刃と呼んでいるこの氷の刃。そしてドラゴンに初撃を与えた氷の杭。

 いずれも俺が身に着けたスキルの成果だ。


 二年前、この異世界に来た頃に氷魔術を使うゴブリンメイジを多く倒していたら、レベルアップの際に俺も氷魔術を覚えて以来、愛用している。

 俺の【心臓】にはそういう力もある。多く倒した相手の持つ能力を自分の血肉とする、まさに【貪食心臓】ってことだな。


 覚えた後はモンスターを狩るのに使い続けていたら、レベルアップとともに氷魔術スキルのレベルもまた鍛えられていき、氷魔術Lv2,Lv3と進化していった。

 進化するごとに魔術でやれることが増え、この氷歯刃のような武器を氷で創り出すこともできるようになった。

 もちろん俺自身のレベルが上がることでも氷魔術の性能は上がり、今に至る。


「ところでトリー、この近くに町か村はある?」

「うん、ありますよ。王都マグメルが」

「本当か!? それはいい……じゃあ、帰る時についていってもいい?」

「もちろんいいですけど、シキは自分の町に帰らなくていいの?」


 トリーが純粋な疑問を丸い目に浮かべている。


「説明は難しいんだけど、俺は町から来たわけじゃないんだ。辺境の地から移動しながらずっと森とか荒野とかで生きてきた。まあ、なんというか、修行?」


 レベルアップするためにモンスターを倒してたんだから、おおよそ修行みたいなもんだろう、うん。


「すごい人生歩んでるんですね!」


 トリーが純粋な驚きを丸い目に浮かべている。


 この人だいぶ感情素直に表わしてくれるな。

 異世界最初の一人がこういうタイプなのは結構ありがたい。見知らぬ世界で何考えてるかわからない人の相手だと二重に大変だろうし。


「人里離れたところじゃ情報もろくに手に入らないし、何年かぶりに町にも行ってみたいなと思って。いい?」

「もちろんですよえ! 命の恩人の頼みを断るわけありません! 一緒に町まで来てくれる方が心強いまであるし。……あ、でもちょっと待って?」


 そう言うとトリーはゴールドドラゴンの死体に近づいていき、首の切断面から剣を入れてドラゴンの開きを作ろうとやり始めた。

 マグロの解体ショーみたいだなと思って見ていたら、トリーはそのままドラゴンの胸を開き、心臓を取り出した。


「ふぅ……外からは硬いけど、内側からなら切れるんですね。お待たせしました! これでだいじょうぶ」

「心臓が欲しかったのか?」

「うん。竜の心臓、激レア品ですよ~」

「たしかに貴重品っぽい響きはあるな」

「これを手に入れろっていう依頼を受けてたんです、これで町に帰れます。それじゃ、案内しますね」


 ついに俺は、異世界初の町へと向かう。

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