第34話三峰機関
即座に離脱され、間合いが開く。
態勢を整えて正眼に構え、ゴルジュナと対峙しながら相手を観察する。危機感から冷や汗が
(さっきみたいな完勝は無理だな)
妙な色気を出さず、確実に倒す。そう心に決めた。
これは授業ではなく、ただの実戦。意識を切り替えて目の前の戦いに臨む。
それを感じ取ったのか、相手の
殺し合いに綺麗な技の
蒼月流抜刀術『
相手からの反撃。背後への突きには翻身し上段からの斬り下ろしで迎撃。相手が切っ先を下に向け、踏み出して
「オラァッ!」
絡めた足を軸に体当たり。
「――ッ!」
相手の背中が砂場に落ちた。衝撃で呼吸が乱れ、動きが停滞している隙に鍔の拘束を解く。ゴルジュナの胸を土台に前方に宙返り。空中で反転し
刀身を翻し右上腕に斬撃を加える。
「ハッ!」
右手を引いての片手平突き。すぐさま手元に引いて防御。下に逸らした直後に太刀を返し、相手の
「あっ!」
腕を
「――ッ」
斬撃を喰らう直前に左《》
畳み掛ける。背中越しに大太刀を隠して
「しまっ――」
喰らう直前に跳躍して宙返り。オレを飛び越えたゴルジュナは武器を取りに転身。再び跳躍して
空いた距離をオレは斬撃の乱舞で斬り刻んでいく。蒼月流抜刀術『
相手はまともに斬り結ぶことはせず、切っ先が届かない不敗の間合いで観察を続ける。
ならば意趣返し。柄頭を左手で握り込み、大振りの片手平突き。それを刀身で受け止めた。火花が散ると同時にオレは前方へ鋭く跳躍。運剣に気を取られる一瞬の隙を突いて膝蹴り。
無防備な脇腹に膝頭が突き刺さった。そこから腕を絡めながら背後に回ることで左腕に関節技を
腕に感じる
神学科の最上級生が駆け寄ってくる間にオレは大太刀を回収。
納刀して一礼した後、
〇 〇
昼休み。午前中の授業を終えたオレたちは食堂で昼食を食べる。
魔法科のピティエたちと合流し、それぞれの授業について雑談しながら食卓を囲んだ。
「そんなにフレーヌさまが活躍していたのですかっ⁉」
リュクセラの話に目を輝かせる幼馴染に、オレは背中がむず
「そうだよ~? 学年上位の実力があるイグニアやゴルジュナを、初見で倒しちゃったんだから」
間違いなく学年最強だよ。力強い断言に、ペリエはしきりに頷く。他方、オレ自身は学友の賛辞を
「私も見たかったです。フレーヌさまの雄姿を」
ピティエは
「いや、そんな、大げさな……」
いい加減恥ずいので、隣に座る彼女を
「やっぱり、実戦経験があるのって大きいの?」
「う~ん……」
パンを頬張りながらオレは考える。このまま押し黙っていれば別の話題に切り替わるかもと思ったが、周囲の耳目はオレの言葉を待ち望んでおり逃げ場がない。
(まあ、そりゃそうか)
授業を受けて解った事だが、実際に魔物相手に戦った経験を持つ人間は校内でも珍しい部類に入るらしい。
『諸君らにはこれから、実地で学んでいってもらう』
とは、ここの教師の言葉。つまり、三年生までは座学で基礎的な知識を学び、四年生から屋外でのフィールドワークが主体になるようだ。
生徒が実戦経験を積むのはこれからの事。であれば、オレやピティエが持つその時の知見に興味を抱くのは当然だろう。
もくもくと咀嚼してる間、テーブル端の一角にチラリと目を向けた。そこは昨日の騒ぎを起こした変人たち、ドマージュたちが陣取っておりこちらには目もくれず議論に熱中しているようだった。
観念したオレは牛乳でパンを喉の奥に流し込んだ。
「そうだなぁ……まあ、他人に向かって躊躇いなく得物振れるのは、実戦経験の賜物だろうな。あと、攻撃手段で武器に拘泥しないのも」
経験が浅いと、どうしても武器に頼りがちだ。だが、得物を使うのは一つの選択でしかなく、有効な手段が他にあればそちらを方策として採る柔軟性こそが必要。
(ああ、そうか……)
そういった選択肢の多さは、経験値に裏打ちされるもの。やれと言われて、即座にできる人間などいない。自然と口を衝いて出た言葉に、オレは妙に納得した。
「柔軟性……」
ペリエが口の中で言葉を転がす。
「それより、ピティエたちはどんな感じだったんだ?」
そろそろ居た堪れなくなって来たので、幼馴染を談笑の俎上に乗せた。
「そうですね――」
「あ、いたいた」
ピティエの言葉に女性の声が被る。後ろを振り返ると、笑みを浮かべたメルキュールが気さくに手を振って近付いて来た。
今は爆睡中のヴェニュスを負ぶってない。
「どうかしたんですか?」
物腰柔らかい上級生は、ペリエの問い掛けに頷いて着席する。
彼女の目の前に置かれた
「決闘について、色々決めないといけないから。後でわたしと来てくれる?」
そこでオレは、朝食の時の一幕を思い出した。
なんでも、対戦形式や日時、場所などは決闘を運営する組織『三峰機関』の立ち合いの元、正式に決定されるらしい。
「ってことは、メルキュール先輩がその機関の人間ってことなんですか」
「うん、そうだよ?」
首肯。『三峰機関』の役員はそれぞれの寮から選出されることも付け加えていた。
メルキュールは昼食もそこそこに、オレを三峰機関の会議室に案内してくれた。
途中、廊下で生徒たちとすれ違う度に向けられる奇異の眼差しを感じた。
「大丈夫?」
「はい。問題ありません」
ありがとうございます。首だけ向けて気遣ってくれる厚意をありがたく感じながら、彼女の背中を追った。
通されたのは、寮の談笑室みたいな開放的な空間。オレたちが入室すると、ソファの上で寛いでいる数人がこちらに首を向けて来る。
居並ぶ機関の役員らしき生徒たちから感じるのは、こちらを品定めする視線。
「…………」
仁王立ちのペシェットが腰に手を当て、挑み掛からんとする敵意の眼差しで射抜いて来る。
ここで事を構えるつもりはない。それを受け流し、オレは目線だけで部屋を見渡しながら様子を窺う。
そこで壁際に陣取っているオイレウスを見つけた。視線が合えば、ニヤリと得意げな顔で頷いていた。ただ、その真意は分からない。
彼の在籍やお歴々の雰囲気を勘案すると、恐らくここに居る人間は生徒の中でも上澄み。実力上位者の集まりだというのは容易に想像できた。
(まあ、道理だな。そりゃ)
足の引っ張り合いが横行する校内。これだと多分、寮同士の軋轢や派閥争いみたいなのもあるのだろう。
そんな中で秩序や体面を保とうとすれば、悪意に屈しないだけの武力は必須。暴力装置としての側面が無ければ、決闘なんて物騒な政治的手段を統括できる筈もない。
「はい。それではご両人が揃ったことだし、具体的な話を詰めちゃいましょうか」
優しげなウィスパーボイスが響いた。声の主に目を向ければ、瑠璃色の双角と鮮やかな珊瑚色の竜鱗を持つ
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