第33話戦技訓練

 突然提示された条件に、生徒たちはやにわにざわついた。

 そこで一人、勇者が手を挙げる。


「あの。破壊、とは…………?」


 戸惑いを隠せない女生徒が質問を投げ掛けた。聞き間違いであって欲しい。講師に向けられる視線には、そんな期待が寄せられていた。


「破壊は破壊だ。切断でも骨折でもどっちでもいい。相手に先んじて負わせろ」


 一本取ったら、また別の相手と一本勝負。刻限まで延々とそれを繰り返す。

 負傷はその都度、神学科の生徒が治療してくれる。幸い、今回の授業に補助として参加している神学科の生徒は三人とも経験豊富な最上級生。不足はないとアンゼルムは太鼓判を押す。

 それでも生徒の不安は尽きない。


「先生。その、死んだり、しないですよね……?」


 別の生徒が尋ねる。


「死なないように努力するのが、お前たちの課題だ」


 再びざわつく。その様子を見かねたアンゼルムが嘆息した。


「いいか、お前ら。実戦じゃ“待て”も、“勝負あり”も掛からないんだぞ? 殺し合いはどちらかが死ぬまで終わらない。だが、生徒同士で命のやり取りをさせる訳にもいかないから、部位破壊で勘弁してやるんだ」


 実戦。その言葉に誰もが固唾を呑み込む。


「四年生からは、いよいよ実戦について学んでいく。その手始めに、まずは互いに部位破壊を狙い合うんだ」


 やれ。アンゼルムの合図を皮切りに、神学科の生徒が次々と護法プロテクションを施していく。施術された生徒たちは、いよいよ顔を強張らせて緊張し切っていた。

 そんな中、オレの名を呼ぶ青年の声。振り向いた先に居たのは、先程のイグニア。


早速戦ろうぜ」

「ああ。いいぜ」

「ちょっ――」


 彼の申し出に、オレは二つ返事で承諾した。そこに異論を差し挟むのは隣にいたリュクセラ。


「あのねぇ。アイツはこれでも、上位三人に入るくらいの腕なのよ?」

「ふーん。じゃあ、昨日のアシッドスライムよりも強いのか?」


 声を潜ませた彼女はオレの返答に目を泳がせ、言葉を濁して沈黙する。


「はい」


 オレたちの身体が青白い燐光に包まれた。護法プロテクションが付与されたようだ。


「じゃあ、やるか」

「だな」


 アンゼルムは既に施設の隅に居たので、充分な広さが確保されていた。

 集まっていた生徒たちから離れたところで、距離を隔ててオレたちは構え合う。

 この時にはリュクセラも呆れて静観していた。ペリエは既にその場に居ない。


「抜かないのか?」


 槍を腰溜こしだめにえたイグニアが尋ねた。


「問題ねぇよ」


 いつでも来い。腰を落として抜刀態勢になったオレは軽く挑発した。


「一つ言い忘れた。ちゃんと闘気オーラは纏えよ?」


 それも含めての戦技訓練だとアンゼルムが通告する。

 すぐさま魔力を解放し、それを体内に流して湧き上がる闘気オーラを錬り上げる。

 イグニアが砂を巻き上げて駆け出した。闘気オーラで強化された脚力は一瞬で間合いを詰める。


「ッシャッ!」


 剣のような身幅の広い穂先ほさきが一直線に伸びて来た。

 蒼月流抜刀術『つごもり』。一歩下がって距離を取りつつ鞘を突き出し、柄頭で穂先を跳ね上げる。相手はすかさず一歩踏み出し、手元を返して間詰め。槍ので柄頭を抑えに掛かる。


(甘い!)


 相手のに全体重を投げ出して抜刀。それを受け流して飛び退くと距離を取った。今度はこっちの番。着地の寸前に一足飛び。低空姿勢のまま間合いをつぶす。イグニアが身を翻し、石突いしづきで反撃。太刀を返し、柄頭つかがしらでそれを迎撃。今度はその反動を利用して横殴り。それを鍔元つばもとで受けた。


 上から抑えに掛かる圧力。ひじを抜いて下に受け流し、槍に刀身を絡ませたまま正拳突きの要領で柄頭つかがしらを相手の腹部に叩き込む。うめき声が漏れた。よろめいて蹈鞴たたらを踏み、隙を見せた。


 すかさず懐に入り込み、柄と両手で相手の右腕に絡み付くと首筋に刃を当てながら旋回して投げ飛ばした。背中を強打して苦悶を浮かべているイグニア。オレは渾身の力で足元の右腕を踏み砕く。しかし、砕け散ったのは護法プロテクションの防殻だけ。もう一撃、加える必要があった。


 これ以上の追撃は躱されると感じ、飛び退いて納刀。飛び上がって体勢を立て直した相手の出方を窺う。

 組み疲れて投げ飛ばされたのが利いているのか、慎重を期して中々踏み込んでこない。距離を保ちながらお互い円を描くようにして探り合う。だからこそ、自ら仕掛けた。


 身を屈め、一足飛びで距離を潰す。挙動を隠した、奥手を繰り込んでの突き。頭を振って避けると、石突きで追撃が来る。柄で受けようとすると、再び繰り込んで防御を逸出。

 反撃を予期して鍔元に手を掛けると、相手が跳んで宙を舞った。


(なっ――)

「おおぉああッ!」


 気合一閃。宙返りし天地逆転したまま突き下ろすイグニア。上空への抜刀で対抗。攻撃を逸らさせるとすぐさま地面を転がってその場から離脱した。すぐに起き上がって反転攻勢。


 地を這うように駆けて刀身を上体で隠す。距離を詰め、下段への突きを察知し起こりを見切ってオレは横っ飛び。足を入れ替え右足を遊脚ゆうきゃく


 翻身ほんしんし、着地の瞬間を突いて来る槍を足蹴にして砂に沈めた。動揺の隙を突いて腰を旋回。鞘で相手の首筋を殴り、膝を着いた所で柄頭を叩き込む。今度こそ骨折の手応え。


「がっ⁉」


 白刃を相手の首筋に宛がって残心。鎖骨を折られたイグニアは項垂れていた。

 試合直後、訓練場が水を打ったように静まり返る。沈黙の帳の中で治癒ヒーリングの光がイグニアの腕を包み込んだ。


「おい。呆けてないで、さっさと戦え。サボるな。単位をやらんぞ?」


 アンゼルムの忠告を受けると、他の生徒たちは互いに顔を見合わせ、


『おおおおおおおおおおおおおっ!』


 一斉に気勢を放ち、一気呵成に斬り結んでいく。


「大丈夫か?」


 膝を屈したままのイグニアに声を掛ける神学科の先輩。納刀したオレは入れ替わるようにしてその場を後にする。勝者が敗者に掛けられる言葉はない。労いやなぐさめなど、屈辱くつじょくでしかないだろう。

 矜持プライドをこれ以上傷付けないためにも、彼には背を向けた。


「さてと……」


 次の対戦相手を探すべく、オレは辺りを見渡す。激しい剣戟音が響く中、所在なさげに周りをきょろきょろと挙動不審な男子生徒が目に付いた。


「なあ、余ってるなら――」

「ひっ ヒイィィィィィ!」


 逃げた。全速力で。


「えぇ……」


 まさか敵前逃亡するとは。一体、何のために武芸科に入ったのかが分からない。

 砂地の戦場を駆け回り、切迫した顔で真剣勝負を繰り広げる同級生たちを横目に眺めながら、オレは次の対戦相手を根気よく探した。


 すると、


「もし、よろしければ。ワタシと手合わせ願えませんか?」


 声を掛けて来たのは、背丈はオレと同じくらいで淡い蒼銀の直髪を背中に流す少女。

 苛烈な闘志と熱気がたぎっている訓練場において、汗一つない涼しげな顔が強く興味をいた。気を抜くと、こちらを見据える蒼碧そうへきの瞳に吸い込まれそうになる。

 コホン、とわざとらしく咳払せきばらいをして仕切り直した。


「よし。それじゃあ、まずは自己紹介だ」


 オレは自ら名乗りを上げる。


「ありがとう、フレーヌ。ワタシはゴルジュナ・デュヴィーエ」


 敵愾心てきがいしんも、気迫すら感じさせず。涼しげに彼女が構えるのは身の丈程もある両手持ちの細剣、刺突大剣エストック。柔らかな柄の握りとは裏腹に、半身から両腕を限界まで引き絞り、その身には苛烈な威勢を内包していた。

(多分、イグニアよりも強いな……)


 オレは再び闘気オーラり上げ、抜刀態勢で静かに構えながらも注意深く観察していた。

 他方、彼女は闘気オーラを錬り上げる動作一つとっても落ち着いており、涼しげな大粒の碧眼と相俟って清澄な凪の湖面を思わせる。だからこそ、油断できない。


 先手必勝。一足飛びで間詰め。そこに繰り出される渾身の突き。

 蒼月流抜刀術『明月あけづき』。抜刀時に鎬で相手の刃を受け流し、その反動を利用して反撃カウンター。だが、腰を沈めながら柄頭を頭上に振り上げることで防御。攻撃をなされた。


(チィッ――)


 反撃を潰すためオレは途中で太刀を引き、余勢を使って腰を旋回。さやで強打し、剣をその場に縫い留めようとした。しかし、重心を宙に浮かせたゴルジュナは衝撃すら逆用して跳び大きく退避。追撃の突きを事前に潰された。


 緩手かんしゅは悪手。大太刀を腰溜めに据え、即座に間合いを潰して強襲。切っ先を突き出せば回避しざまに突きで反撃。咄嗟に手首を跳ね上げ攻撃を中断。柄頭を左手で迎えに行って柄で脇腹への刺突を逸らした。そこに相手の左膝が奇襲を掛ける。


「……ッ」


 跳躍し、五体を投げ出す突進が如き膝蹴り。着弾寸前で腹部を腕で庇(かば)い、ダメージは少ない。

 護法プロテクションの防殻が無ければ危なかった。それが悔しい。

 重量武器に不釣り合いなほどの身の軽さ。甘く見ていた訳じゃないが、やはり強い。

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