第32話登校初日

 答えは意外な所からやって来た。


「アレ、知らない? ペシェットは学長の孫娘よ」

「そうなんですか?」


 疑問を差しはさむのはピティエ。身内だからこそ知っていたのかもしれない。リュクセラはそう結論付けた。


(そんな身贔屓みびいきする人かなぁ……?)


 オレは疑問を禁じ得ない。しかしまあ、そういうものか。彼女の推論に一応納得した。


「まあ、いいや。なんにせよ、これで楽しみが一つ増えたからな」


 オレは朝食を再開。皿に取り分けた料理を搔っ込み頬をパンパンに膨らませる。もきゅもきゅと咀嚼している所に牛乳を流し込み、一息に全てを飲み下した。

 ごちそうさまでした。手を合わせたオレは人心地着く。


「…………」


 ふと、視線を斜向かいの席に向けると、ミニュイが物憂ものうげに視線を食卓に視線を落としていた。


「? どうかしたんですか?」


 心ここにあらず、といった様子を不思議に思い、オレは声を掛ける。


「――え? あ、ううん。何でもないの」


 明らかに取り繕った態度。


「何か、悩みでもあるんですか?」


 首を傾げるオレに対し、繰り返し何でもないと諭す。安易に踏み込んではいけない。

 仕方ないので、そういうことにして引き下がる。


「それよりも、フレーヌ。他人の心配をしている場合なのか?」


 怪訝な表情を浮かべるのは、ミニュイの隣に座って灰銀の長髪を垂らす褐色の森人エルフ、ブリュム。


「たしかにね。何か策でもあるの?」


 ブリュムの台詞を受け、リュクセラが気遣わしげな眼差しを向けて来た。

 そこでオレは、ペシェットについてある程度のことはミニュイから聞いていると伝えた。


「あ、そうだ。他にもピッチングの癖とか、何か情報があれば教えてください」

「ええ。そうね――」


 こうしてオレは、ペシェットに関する情報をミニュイから聞き出すことに成功した。


 〇                                 〇


 記念すべき登校初日。授業は学科ごとに受けるため、ピティエやアコニスとは途中で別れた。


「それじゃあ、フレーヌさま。またお昼に会いましょう」

「おう。頑張って来いよ」


 一礼する幼馴染に手を振って見送り、自分たちも武芸科の専攻科目を受講するために魔法科とは別棟を目指す。

 ラタトスク寮の武芸科四年生はオレを含めて三人。真ん中を歩くリュクセラの左隣を歩く小柄な少女は巻き角を生やした有角人アントルの少女、ペリエ。


 背中で揺れる波打つ茜色あかねいろの髪を持ち、制服の下には白のニーハイを穿いていた。

 因みにこの中で特待生はオレだけ。あとは愛らしい白熊、グレルがそれに当たるらしい。

 オレは大太刀を佩き、リュクセラが剣帯に細剣レイピアを差し、ペリエが肩に長柄の戦槌を肩に担ぐ。


「そういえばさ。二人はなんでラタトスク寮に入ったんだ?」


 聞いた途端、二人は渋面を浮かべた。もしかすると、地雷を踏んだかもしれない。


「あっ ゴメン。言いにくいなら――」

「いえ。丁度いい機会だから、教えといた方がいいわね」

「確かに」


 リュクセラがオレの言葉を遮ると、ペリエもそれに同意した。

 それは、この学校でこれから生活する上でも、とても大事な彼女たちの忠言。


「私たちはね。言うなればそう、嵌められたのよ」

「うんうん」

「は?」


 真剣な表情のリュクセラにペリエがしきりに頷いてあかね髪が揺れた。オレは一瞬、言葉の真意を量りかねる。


「要はね。アタシもこの子も、誰かから濡れ衣を着せられたのよ」

「ええ……」


 思わず辟易へきえきしてうめいた。どうやらこの学校では、みにくい足の引っ張り合いが水面下で繰り広げられているらしい。面倒な話だ。

 名誉のために詳細は省かれたが二人はある日あらぬ疑いを掛けられ、弁明も虚しく更生を目的としてラタトスク寮に追いやられた。


 更生施設としての側面があるのなら成程、変人奇人の巣窟そうくつになるのも頷ける。


「昨日も言ったように。ウチの寮は変人の集まりだけど結構な実力者が揃ってるから、他の寮から下手にちょっかいは掛けて来ないでしょうね」


 だからといって、


「安易に人を信じてたら、手痛いしっぺ返しが来るわ。だから用心だけはしておきなさい」

「そうだよ~?」

「ああ。わかったよ……」


 相手の凋落ちょうらくを期した妨害工作。それ以外にも、一部の生徒が専横して幅を利かせたりしているらしい。


(決闘がルールに盛り込まれるわけだぜ。いや、もしかしたら逆か……?)


 年若さゆえの血の気の多さを肯定する完全な実力主義だからこそ、それに対する手段そして陰湿な行為が横行したのではないか。そう考えると、能力主義も考えものだ。


 これでは冒険者だったころとあまり変わらない。そんな感想を抱いてしまう。

 武芸科の棟に足を踏み入れて少しすると、授業前ということもあり廊下の端々で談笑する生徒たちの姿があった。武芸科ということもあり、剣の他にも槍や斧といった武器を所持しているのが散見される。


「おっ 噂の特待生じゃん」


 声の方に顔を向けると、まゆずみ色の髪を短く刈り上げた好青年が歩み寄って来た。

 目的地である訓練場の前を走る廊下で屯していた様子から、同級生だと推測する。


 彼がその手に携えるのは、長身の恵体よりも長い槍。その立ち居振る舞いから実力を推し量る。

 見るからに心得がありそうで決して弱くはない。だが、オイレウスと比べると数段見劣りするのは明らか。


「まずは初めましてだな。オレの名はイグニア・ルブランシュだ。お前の名は?」

「フレーヌ・アベラールです。よろしくお願いします」


 勝ち気な笑みで差し出された手を、オレはにこやかに目を細めながら恭しく両手で包み込む。鍛え込まれた身体の力強さを感じた。


「中々強いらしいな?」


 昨日の玄関広間の一件を差しているのだと察しが付いた。


「お褒めに与り、光栄です。これからの授業では、手合わせすることもありましょう」


 初対面ということもあり、あくまでオレは良家の子女といった風情ふぜいかもし出す。第一印象、大事。


「ああ。楽しみしてるぜ」

「はい」


 えた獣を思わせる、獰猛な笑みを至近距離で見せ付けて来る。迫力はあったが気圧けおされるほどでも無かったので、涼しげな微笑を返した。


「別に、そこまでかしこまらなくていいわよ。どうせ同い年なんだし」

「はあ……」


 眉根まゆねを寄せたリュクセラが苦虫を嚙み潰した顔でイグニアを指差す。やはり、四年も机を並べた仲なだけあって遠慮がない。その様子にイグニアが声を上げて笑った。


「その通りだぜフレーヌ。堅苦しいのは、無しにしようや?」


 肩をすくめて苦笑する。まあ、そういうことなら。


「じゃあ、訓練じゃ容赦しねぇからな?」

「望むところだ」


 再び高笑するイグニア。陰湿な足の引っ張り合いの話を聞いていただけに、気持ちのいい好青年ぶりは心が洗われる思いだった。

 始業の鐘がなる前にオレたちが訓練場に入ると、見計らったように鐘の音が響いた。


 訓練場の中は、一言でいえば殺風景。広々とした空間、四方の内三方が堅牢な石壁で、大枠の窓から陽の光が差し込み敷き詰められた砂を照らしている。それ以外は何もない。


「それでは、戦技訓練を始める」

「――――っ?!」


 残響が収まると同時に声が発せられた。その場の全員が弾かれたようにそこへ目を向けた。


(いつの間に……)


 直前まで全く気配に気付けなかった。入って来た事すら、誰にも悟られていなかった。

 教師と思しき人物は、壮年と思しき黒衣を纏った中肉中背の男性。猫背気味で隈が覗く双眸、野暮ったい癖毛の下の風貌は陰湿な雰囲気を感じさせた。


 所持している武器は簡素な鞘に収まっている大剣。ハッキリ言って、強そうには見えない。

 だからこそ、希薄な気配から醸される不気味さが胸中の不安を煽った。


 静まり返る訓練場の中。男は訥々と語り出す。

 男の名前はアンゼルム・ゲルラッハ。今年一年、オレたちの戦技訓練を担当する講師。


「さて。現在、お前たちには武器を所持してもらっている。今日はそれでやり合ってもらう」


 勿論、事前に安全措置は講じるとの事。

 入って来い。アンゼルムが扉に向かって号令を掛けると、神学科の生徒男女三名が入って来た。


護法プロテクションを施されたら、順次適当にペアを作って一本勝負だ」


 勝利条件は至って単純、


「腕でも脚でも、相手のどこかを破壊すること」


 生徒たちの間に緊張が走った。

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