第35話手にする名誉

「さあ二人とも、こっちにいらっしゃい」


 手招きする彼女に促され、オレはテーブルを囲んだソファに座らされてペシェットと対峙たいじした。


「それじゃあ、あらためて自己紹介するわね。ワタシはコライユ・マズリエ。神学科の六年生で、三峰機関ここの代表なの」

「フレーヌ・アベラールです。今日はよろしくお願いいたします。コライユ先輩」

「はい、こちらこそよろしくね。フレーヌちゃん」


 上座から立ち上がったコライユは淡い翠碧すいへき双眸そうぼうを細め、慈愛じあいの眼差しを向けて来る。見るからに優しそうな先輩で、仲間に安らぎを与える回復役ヒーラー向きな女性だ。


 剣呑けんのんな眼前の先輩とは対照的だ。

 それから食堂でのメルキュールの言葉通り、具体的な場所や日時を決めていく。

 決闘は今日の放課後。場所はユニコーン寮の専用グラウンドで、対戦形式は十球勝負。


「ふふ。二人ともスムーズに決めてくれるから、とっても助かっちゃう。ありがとう」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」


 もらった謝辞にオレはうやうやしくお辞儀した。

 彼女の言葉から、三峰機関の苦労の一端が垣間見えた気がした。

 地の利が勝敗に大きく関与するのだから、場所決めの交渉が難儀するのは想像に難くない。


「それじゃあ、後は勝敗が決した時のことね」


 お互いの名誉を賭ける決闘というのは勝ったら終わりという訳ではなく、相手から望むものが手に入る。

 それは物品だけに限らない。どのような行動も、良識の範囲内であれば機関が承諾し強制することができた。


(望むもの、ねぇ……)


 頭を捻って考えても、パッと思いつくものはない。


「ペシェットちゃんは勝ったら、フレーヌちゃんに何を望むの?」

「そうだな――」


 参考にするつもりで発起人であるペシェットに視線を移せば、おもむろに口を開く。


「お互いの退学を賭けて勝負がしたい」

「え?」

「は?」


 思わず目が点になった。退学といったのか、今――


「本気なの?」


 たずねるコライユ。柔和に口角を上げながらも淡い翠碧の双眸は笑っていない。


「私は最初から本気だ」


 退学をけた戦いに挑む。それが決闘を仕掛けた彼女の真意。

 口を引き結び、鋭い眼光で真っ直ぐ射貫くペシェット。だが、それに動揺するほどオレもヤワじゃない。挑発的ですらある厳しい眼差しを真正面から受け止め、泰然と居直る。


「ペシェットちゃんからこんな意見が出たけど、フレーヌちゃんもそれでいい?」

「えぇ……」


 困惑していたオレは顔を歪め呻いてしまった。こうも軽々しく自分の退学を賭けるとは。

 それを二つ返事で了承する程、今は頭に血が昇っていない。


「なんだ貴様。まさかおくしたわけではあるまい。それとも、自分は特待生としての実力が足らないと?」

「へぇ……?」


 あからさまな挑発に思わず眉を吊り上げてしまった。一瞬、快諾してやろうとも考えた。


(でもなぁ。なんか違うんだよなぁ……)


 腕を組み、虚空を見詰めて自身の気持ちを見定める。

 お互いの退学を賭けるなんて、ハッキリ言って不毛だ。


(そう。それがオレん中で一番にあるんだよなぁ……)


 ミニュイから聞く限り結構良さげな投手らしいし、甲子園優勝のために是非とも奮戦してもらいたい。それに、


(ちょっと受けてみたいんだよなぁ……)


 改めて彼女の姿を観察する。そこそこ上背があり、四肢も長め。その佇まいから鍛え抜かれた身体というのは雰囲気で分かる。

 えある甲子園の舞台でこの投手をリードし、剛速球を主軸に相手打線から三振の山を築く。その情景を妄想するだけで頬が緩んでしまう。


「……? なんだ?」

「いえ、別に……」


 不躾ぶしつけな視線に不快感を表したので、しかたなく目を逸らした。


「べつにいいじゃねえか。退学を賭けた決闘なんて、いまさら珍しいモンでもえし」


 マジか。それが事実なら、学校を中退して路頭に迷った生徒が何人居ても不思議ではない。学費を援助してもらっている子供の分際で。まあ、それはオレもだが。


「ほら、さっさと同意しちまえよ」


 テーブルに足を乗せ、ソファの上で退屈にしているガラの悪そうな男子生徒がやれやれと溜め息を吐く。いかにも早く帰りたそうで慇懃な態度だった。


「ダメよ、エロシオンくん。フレーヌちゃんのこと、急かさないであげて」


 言葉の端々に、小さい子をしかりつけるようなニュアンスを感じる。

 そんな彼女にエロシオンと呼ばれた生徒は「へいへい」と不真面目な返事で応じた。


「ゆっくりで良いからね?」

「はい……」


 とはいうものの、今一つ妙案が浮かばない。埒が明かないので、いくつか質問をすることにした。挙手をすれば、どうぞとコライユが優しく促してくれる。

 オレが気になっていたのは、甲子園大会までに何度ユニコーン寮と対戦できるか、その回数。その質問に答えたのは現役選手でもあるペシェット。


「寮別の対抗戦は毎週末の休業日に一試合、一月で全ての寮と戦う」


 甲子園大会が八月で、六月までは常に試合があるから、同一カードは三回。


「じゃあ、ペシェット先輩が登板する機会は三回あるってことですね?」

「そう言うことだ」


 腕を組み、ふてぶてしく鼻を鳴らす。そんな態度を意に介さず、オレは考え続ける。

 そして、質問二つ目。


「ぶっちゃけ。ウチの寮ってどれくらい強いんですか?」


 入寮して自主練してた際、ミニュイも積極的に話題にする事も無かった。

「はっきり言わせてもらうと、雑魚ざこだな」


 リーグ戦では常に全敗。そもそも、元からの経験者はミニュイくらいしか居ないという。


「因みに、他の寮はどうなんですか?」

「少なくとも、ウチのレギュラーの半数以上は入学の時点でそれなりに経験している」


 それで勝てる方がどうかしている。


「それと、もう一つ。ユニコーン寮の野球部員って、何人居るんですか?」

「現時点では二十三名。新入部員はこれから増えるとして、毎年平均で三十名は超える」


(ふむ――)


 閃いたのは、一つのアイディア。少し逡巡しゅんじゅんしたが言うだけはタダなので、思い切って提案してみる。


「じゃあ、こんなのはどうですか? オレが勝ったら、ユニコーン寮の野球部員を十名以内でいつでも融通してもらうって事で」

「う~ん……」


 オレの提案に渋い顔を浮かべるのはコライユ。やっぱりダメ――


「構わないぞ」

「ペシェットちゃん?」


 自信たっぷりに快諾すると、桃色の三つ編みが揺れる。コライユは目を丸くした。心配そうに顔を覗き込み、良いのかと尋ねると小さく頷く。


「先輩たちには私から掛け合っておく。もっとも、無駄になるのは目に見えているがな?」

「へっ 上等だぜ!」


 立ち上がって見下ろしてくる彼女に、こちらも下から挑みかかるように視線をぶつけた。


「はい。それじゃあ、成立ということで。二人とも、握手」


 互いに差し出された手を握りしめ、オレは決意を新たにした。

 ぜってー勝つ!


 〇                            〇


 今日は午後から新入生が入寮するのに合わせて授業は休業となっている。

 腹ごなしと準備運動がてら、寮の芝生の外周を何周かした後に約束した時間に合わせてオレたちはユニコーン寮を目指す。


 場所はリュクセラたちが知っているとの事で、ラタトスク寮の野球部全員で乗り込むことにした。

 ただ、編入したばかりのオレたち三人にはラタトスク寮のユニフォームが無い。


 群青に混じって深紅の制服姿で居ることに、少しだけ疎外感を覚えた。

 先頭を歩くミニュイの足取りには気後れや迷いがない。聞けば彼女は元々ユニコーン寮生だったらしい。


「フフ。意外だったかしら?」


 そんなことはないとオレは首を振る。そう言われて寧ろ納得の方が強い。

 だが、当時の生活を自ら語ろうとしない辺り、彼女にとってあまりいい思い出も無さそうだ。正面に向き直る際に見せたかげりのある横顔が、それを物語っていた。


「それで、ユニコーン寮ってどんな感じなんですか?」

「う~ん、そうね。ラタトスク寮より断然広いっていうのは、あるかなぁ……」

「あとは、内装の趣味とかも違うわね。それと寮生に貴族が多いだけあって、一言でいえばとにかく豪華よ」

「へぇ……?」


 リュクセラやペリエも、ぎぬを着せられなければ今頃はユニコーン寮でくらしていたとか。

 さすがは貴族御用達。他方、ラタトスク寮は貧乏寮という認識があるようだ。


「それと、色々と設備が充実してるんだよ~?」


 ペリエが説明の補足をする。なんでも、グラウンドの広さからして違うのだとか。


「じゃあ、ブルペンとかあるんですか?」

「うん、あるわよ」

「マジかよ……」


 ラタトスク《ウチの》寮には無いのに。これが格差社会。

 いや、貴族社会か?

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