第29話野球部員

 斜陽の西日がグラウンドを照らす夕暮れ時。

 せっかくなので、キャッチボールをすることになった。

 ミニュイはラタトスク寮の野球部に所属しており、ポジションは投手だという。

 強肩でスピードが出ているが、全球漏れなく捕りやすい所に投げてくれる。とても優しい性格のようだ。


「それにしても、バッティングの方も上手かったですね?」

「うん。今は七人しか居ないから……」


 投手でありながら打者も兼任している、との事。DHなんて贅沢ぜいたくは言えないらしい。

 現在、ラタトスク寮の野球部員は七人。


 試合時には、他の寮から助っ人を募っているのだとか。

 オレたち三人が加入しても十人。チームの懐事情は相変わらず厳しそうだ。

 因みにその七名は全員初心者でミニュイが色々と教えているらしい。


「みんな、素直でいい子ばかりよ」

「へぇ、楽しみですね」

(戦力としては、あまり期待できそうにないな)


 リーグ戦初勝利までの道のりは険しそうだ。

 他の寮のチーム事情も聞きたいと頼み込むと、一旦キャッチボールを止めにして芝生の上で休憩することにした。


 四つの中で最強はというと、ミニュイが挙げたのはカーバンクル寮。

 チームのエースは狩猟科六年のソレル。下手投げ《アンダースロー》の技巧派右腕。


「それと。チーム全体で素早い走塁を武器にしていて、バント巧者も多いの。盗塁やエンドランに積極的で、常に相手にプレッシャーを掛けて来るの」

「なるほど。機動力に特化したチームってことですね?」


 他にも、常に出塁する先頭打者のヴィットリアは走塁で校内最速を誇る。

 それと四番。武芸科六年のルージュは校内随一の強打者で本塁打の数も最多。


「かなり手強そうですね」

「うん。実際、強いの」


 味方としては、頼もしい限りだけど。ミニュイは苦笑どころか、嬉しそうに微笑む。


「他の二寮はどんな感じなんですか?」

「そうね。次点で行けば、ユニコーン寮が強いわ。強打者が揃ってるの」


 本塁打の数だけで言えばルージュ一強だが、進塁打や打点数なら他にも居る。そんな選手たちが打線を組んでいるのがユニコーン寮。カーバンクル寮とは対照的にバントやスクイズなどの小技は使わず、あくまで正攻法に拘るチームらしい。


「それと、私と同学年のペシェットって投手がとても優秀なの」


 ユニコーン寮のエース、ペシェット。彼女は球速のあるストレートが武器の本格右腕。


「球速や変化球の種類もそうだけど。一番厄介なのはタイミングが取り辛いの」

「? 球の出所が解り難いんですか?」


 ミニュイは違うと首を横に振る。その時オレの頭に過ぎったのは、ソラニテの投球フォーム。


「もしかして、一瞬だけ上体が止まったように感じる、とか?」


 アレは最初、本当に苦労した。ただ今となってはいい思い出。貴重な経験をさせてもらった。


「え――」


 目を見開く彼女は驚きを隠せない。当たっていたようだ。


「どうして、知ってるの?」


 ミニュイが真剣な表情で問い質す。そこで、オレは学長であるソラニテとの勝負について話した。


「すごい、ソラニテ様からヒット打つなんて」


 初めて聞いた。そう言われてオレも悪い気はしない。


「もしかして、ソラニテ様と一緒に野球やったことあるんですか?」

「うん。ちょっと、縁があってね……」


 笑顔を貼り付けるミニュイ。なにやら、込み入った事情がありそうだった。

 何と声を掛けるべきか迷っていると、彼女は口をつぐんで伏せた視線を彷徨わせる。少しの間、静寂が支配した。


「あ、えっと…………後は――そう。アルミラージ寮だったね」

「そうですね」


 慌てて取り繕うミニュイには触れず、最後にアルミラージ寮のチームに付いて尋ねる。

 一言で表すなら、アルミラージ寮は守備力重視のチーム。


 エースは横手投げ《サイドスロー》の技巧派、ラズリアを中心としたチーム。凡打で相手を打ち取るのを得意としている。

 個々の守備力が高く、それでいて連携の取れた陣容は隙が無く、内野安打を打つのはカーバンクル寮のヴィットリアでも至難の業だという。


 個性豊かな対戦チームの概要を一通り聞き終えたオレは俄然がぜん、やる気に燃えた。

 聞くからに強敵揃い。自分や二人の投手がどこまでやれるか。考え始めたら楽しくて仕方ない。


「よしっ じゃあ、練習再開と行きますか!」

「ふふ。そうだね」


 スパイクに履き替えたオレはミットを構えてミニュイの球を受けた。

 以前、対戦したカロリーヌのような速球と制球力を発揮する彼女は、受けていて楽しい投手だった。

 それから日が暮れてピティエが迎えに来るまで、オレたちは野球に明け暮れた。


 〇                             〇


 寮に戻ったオレは野球道具を部屋に置き、施錠してからピティエとアコニス、それからリュクセラを連れ立って食堂へと向かう。その際にミニュイとも合流することにした。


「へぇ。ミニュイにも会ったのね、アナタたち」

「ああ。すごく気さくで話しやすい人だよな」


 そうね。リュクセラが同意を示す。程なくして、他の寮生を連れたミニュイが声を掛けて来た。


「お待たせ」


 微笑を浮かべて手を振り近付いて来るミニュイ。彼女の後ろには数人の女子生徒が肩越しにオレたちの方を覗き込んで来た。


「紹介するね。この子たちが、ウチの野球部員なの」


 森人エルフといった人族から淫魔族サキュバス鉄魔族グレンデルといった魔族まで。それぞれが立ち替わり名乗る度にオレは握手を交わし、顔と名前を一致させようと努力した。


「ま、アタシも野球部員なんだけどね!」


 胸に手を当て誇らしげなリュクセラ。長い付き合いになりそうだ。

 合流した後はその足で学校本館の大食堂へと向かう。こんな大所帯での移動は、こちらの世界に来てからは初めての事だった。


 食堂までの道すがら、雑談はオレたち野球特待生の話題になった。野球部員の集まりなのだし、当然といえば当然。

 アコニスは自身のトルネード投法は母親から教わったらしい。ただ、それ以外の情報は一言も話さなかった。


 オフリオの話題も振ろうと思ったが、あまり周囲と馴染もうとしなかったので止めておいた。

 代わりに、オレやピティエが自身の経歴について多く語る。


 それでも勇者パルフェの本については秘匿するようにと厳命されていたので伏せ、オレたちの野球に関する知識は祖母であるソラニテから教わったと説明する。

 実際にノックを受けたり内野の守備練習も村の子供たちとやっていたので全くの嘘、という訳でもない。


 連絡通路を渡り、玄関広間から大食堂へと足を向ける。その時、背の高い男子生徒を先頭にした数人が行く手を遮った。

 彼らが向けて来る視線や漂わせて来る雰囲気は、歓迎とは程遠い。


 ひとまずオレは先頭に立つミニュイの陰に隠れて様子を窺う。

 威圧するように胸を張る彼は顔立ちが整っていた。漂わせる雰囲気から貴族を思わせた。


「何かな? イラリオ君」


 イラリオと呼ばれた男子に対し、ミニュイが他人行儀な笑みを貼り付けて尋ねた。それを受け先頭の男子に後ろの生徒たちが顔を見合わせて底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


「いや、なに。どっかの淫売いんばいが分不相応にもメイドを連れているらしいからな。ちょっとソイツの顔を拝みに来たという訳さ」


 物腰は柔らかいが、嘲笑を滲ませる顔から慇懃な態度が透けて見える。

 淫乱いんらん売女ばいた。それは性に開放的な文化を持つ淫魔族サキュバス侮辱ぶじょくする言葉。

 オレは密かにピティエの横顔を盗み見る。表情は硬く、奥歯を食い縛っているのが分かった。


 どうやら、オレたちがドロテアに先導されていたのが気に入らないらしい。

 校舎は本来生徒以外立ち入り禁止なので珍しかったようだ。

 だからといって、相手を小馬鹿にした態度をわざわざ見せに来るほどのものかね。というのがオレの感想だった。


「あー、アレですよ先輩。オレらは昨日まで学長の屋敷に世話になってたから、その絡みでドロテアに学校に案内してもらってたんですよ」


 変に誤解されても面倒なので、ミニュイを脇に立ってキチンと説明した。


「誰だ貴様」

「フレーヌ・アベラールと申します。この春より特待生として編入することになりました」


 恭しく頭を下げ、敵意がないことを示す。

 オレが顔を上げると彼らは互いに顔を見合わせ、やがて大爆笑した。

 イラリオは腹を抱え、涙を浮かべてこちらを見る。


「オイオイオイオイ。嘘を吐くなら、もっとマシなのをつけよ。なんだって学長がこんな小娘――」


 オレは即座に魔力を解放し、り上げた闘気オーラを全身にまとわせた。

 下手に舐められたままでいると後が面倒臭い。それがこの世界で得た経験則だった。


「なんか文句あるか? あ?」


 一歩進み出て下から相手を射竦める。青い顔が引きつり、後ずさった。


「ないなら、さっさとどけ。邪魔なんだよ」


 更に距離を詰めようとすると、即座にきびすを返して彼らは立ち去った。

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