第30話手合わせ

 人並み外れた魔力と闘気オーラを見せれば瞬時に委縮いしゅくし、尻尾を巻いて逃げていった。


「やれやれ……」


 根性なしめ。幼馴染を侮辱ぶじょくした彼らを、オレは内心口汚くののしった。

 格上相手におくするのは、戦闘経験が乏しい証。


 いくら才能や素質のある子息が集まるといっても、叩き上げの冒険者ほどではないらしい。

 こんなものか。少し拍子抜けしてしまった。


「フレーヌさまっ」

「おわっ」


 後ろから柔らかいものが、オレの首筋を優しく圧迫する。ピティエが抱き付いていた。

 振り返ると、頬を上気させ相好を崩した彼女の顔が目に飛び込んで来る。


「ありがとうございました」

「別に。気にしなくていい」

「ハイ♡」


 オレが声を掛けると、より一層破顔した。浴びせられた悪罵あくばこたえてないようで何より。


「どうかしましたか?」


 オレたちが立ち止まっていると、後方からメルキュールたちが追い付いて来る。

 彼女の背には、気持ちよさげに寝息を立てるヴェニュスの姿があった。


「なんで寝てるんですか?」

「えっと、成長期、だから…………?」


 これから夕食だというのに。夜に目が冴えないのかと怪訝な眼差しを向ける。

 それに対し、目を泳がせて苦しい言い訳を口にした。


「? なになに? どーしたのー?」


 雪豹の魔物、ミルムの背に乗るクロとダンジェまでも近付いて来た。

 いつまでも屯している訳にもいかないので、オレたちは今度こそ食堂へと歩き出した。


 床面積は流石に玄関広間程ではなかったが、それでも大食堂と呼ぶだけあって収容人数は百を優に超えそうだ。

 自然光を取り入れるために天井は一面ガラス張り。白熱灯のように煌々と部屋を照らすシャンデリアのお陰で昼間のように明るかった。


 中央より三列に並ぶ机には所狭しと料理が置かれ、皿の上からかもされる香ばしい匂いが否応なく食事への期待をあおる。


「私たちはあっちだよ」

「へ?」


 オレが三列の中に自分たちの席を探していると、ミニュイ先輩が指差したのは入って右手の壁の隅。


「…………」


 なんというか、隔離されている雰囲気がひしひしと伝わる。そのせいで思わず閉口してしまった。

 変人。リュクセラの言葉が頭の中で反響した。


 迷いなく進む先輩たちの姿に諦念を抱きながら、用意された食卓にオレも着席する。丁度、オレたちで最後だったようだ。寮のテーブルに男子たちは既に座って目の前の料理に目移りしていた。


 できたてなのか、湯気が立ち昇る膳羞ぜんしゅうに目を輝かせる白熊の大柄な獣魔族バルバロイの仕草が初々しくて可愛らしい。はしゃいだ様子で隣のオイレウスと親しげに話していた。

 ドマージュたちは一角を占めるように固まって着席しており、何やら議論をしているようだった。眼前のご馳走ちそうにまるで興味を示してない。


「スライムと言えば、あの爆発はどうやって起こしたんだ? 二つの薬品を使っていたようだが」


 首を傾げるアクセリウスが白衣の青年に尋ねる。


「ん? ああ。フュメル蓮の葉から絞ったのを濃縮して触媒に使ったからな」

「そっか。前に分けて欲しいって言ってたものね」


 ドマージュの他に淫魔族サキュバスの女性が納得したように首を縦に振った。


「フュメル蓮といえば、同じ地域に自生しているバメリオ草の種子が――」


 鳶色鳶色の翼を持つ有翼人セイレーンの青年が彼女の言葉に被せて蘊蓄うんちくを垂れ流す。

 聞き慣れない単語の頻出ひんしゅつについて行けなくなり、内容が頭に入って来ない。


「マジメに聴く必要なんてないわよ」

 

 身を乗り出し、声を掛け肩を揺らして来るリュクセラ。混乱していたオレに助け舟を出してくれていた。


「ああ、ゴメン――」


 言葉が続かない。視界が一瞬で暗転したからだ。

 訪れた暗闇の中で囁く声が漏れ聞こえる。不意に食堂の最奥部に照明が当たり、生徒たちの耳目がその一点に集束する。


「今年も、この日がやって来た。新たなる始まりを告げる日が」


 ソラニテだった。彼女は最奥の中心部、壇上で机を見下ろせるほど高くなった席から部屋全体に声を届かせていた。


「教えられたことは忘れ、すぐに役に立つ知識はすぐにその役割を終え、使えなくなる。

己が内に残るのは、いつだって自身が経験した事。鍛錬を重ね身に付けたものだけだ。

学ぶということは、どういう事か? 常にそれを自分の心に問い続けろ」


 以上。言葉を切ると、食堂に再び明かりが満ちる。初老の先生が声を張り上げ、会食の時間となった。

 まずは目の前に置かれている皿、食欲をそそる香ばしい狐色のミートパイにスプーンを差し入れる。サクリ、小気味よい音が耳に響き、熱々の一口を頬張る。


 旨い。ハフハフと空気を取り込みながら噛むごとに挽肉がホロホロと崩れ、その中から塩胡椒の利いた芳醇な肉汁が溢れ出し舌を包み込む。肉汁でふやけた生地も香ばしい小麦の香りが鼻に抜けて風味でも味を楽しませてくれる。


「やっぱり、始業式だけに豪勢よね」

「そうなんですか?」


 ピザを片手に掲げて頬張りながら舌鼓を打つリュクセラ。オレの隣に座るピティエが訊くと首を上下に軽く振った。因みに入学式のある明日の晩餐も食卓が豪華絢爛になるらしい。


「普段は質素といっても、お腹一杯まで食べられないという訳じゃないから」

「へぇ。そうなんですね」


 十六歳はまだまだ育ち盛りなので、野球のための身体づくりをするためにも都合が良い。

 寮で友達もできたし、これからはピティエとも学校の話で盛り上がれる。その上、心優しい部活の先輩だっている。

 エヴェイユに入学してよかった。オレは素直にそう思った。


 〇                                 〇


 翌朝。オレは毎朝の日課としてバットの素振りと大太刀の形稽古に打ち込んだ。

 清々しい朝――――とはいかず、まっさらな薄曇りが寒々しい。早朝のひんやりとした空気の中、太刀を佩いて自室を出たオレは昨日の鞄を担いでグラウンドの外野、芝生の隅っこで慎ましやかに鍛錬を重ねる。


 ミニュイも野球グラウンドの芝生で自主練をしているようだが、オレは自分の世界に集中したかったので気安く声は掛けない。

 互いに言葉を交わすことなく、ただ黙々と練習を自らに課す。

 最後に錬り上げた闘気オーラを漲らせ峻烈に風を斬り裂き太刀を振るった。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き、額に浮かんだ玉の汗をブラウスのそでぬぐう。


「いやあ、素晴らしい闘気オーラ奔流ほんりゅうだった!」


 近付きながら眼福がんぷく眼福、と肩を揺らして大笑するのはオイレウス。

 ミニュイと同じくオレよりも早起きで中庭に繰り出し、昨日と同じ場所で鍛錬に明け暮れていた。どうやら、オレの闘気オーラに反応したようだ。


 昨日、オレたちは食事を終えると寮の談話室へと赴き、そこで各人とも自己紹介をした。そこで男子生徒たちと改めて顔合わせ。

 ラタトスク寮の男子は十名ほどで女子の半分くらい。ただ、そこまで好意的に接してくれる人間は居なかった。


 唯一の例外が目の前のオイレウスと白熊の獣魔族バルバロイのグレルと名乗った男子。愛くるしい外見と言動に終始癒されっぱなしだった。

 昼間のアシッドスライムとの大立ち回りをオイレウスが評価してくれたので、オレが話題の中心となり、談笑が大いに弾んだ。


 現在、彼の肩には身幅の大きな剣が鞘に収まっている。木剣の類は持ち合わせていない。


「さあ。今一度、手合わせ願おうか!」


 来て早々、抜き放った剣を脇構えにして全身に闘気オーラまとう。昨日も感じたが、その練度は歴戦の勇将を彷彿とさせた。明らかに向こうが格上。

 見かねたミニュイがオレの前に進み出て遮る。


「ちょっと待ってくださいっ そもそも――」

「止めてくれるなよ、先輩」


 さやの下げを結んでから腰を落とし抜刀態勢を取った。り上げて体外に噴出した闘気オーラを鞘の中に閉じ込める。


「なっ――」


 ミニュイは絶句した。それを無視してオレは相手を見据える。

 仕方ない。こういう生き物なのだ、男というものは。

 どちらが優れているのか。比べなければ気が済まない。だから、戦う《やる》――


「いざ、尋常に――」

「勝負!」


 回り込むように駆け出したオイレウスに対し、オレは距離を保ちながら地をうように芝生を疾駆。居合と脇構え。お互いに迎撃態勢。

 ならば――


(先手必勝!)


 戦いの定石じょうせき。言葉として残るということは、真理を突いているからに他ならない。間詰まづめのために一歩踏み出し――


(バっ――)


 バカな。既に相手が一足飛びで間合いを潰していた。剣を背に隠し、風を斬り裂き振り下ろす。

 蒼月流抜刀術『宵月よいづき』。上段からの強襲を、抜き放った刀身のしのぎで受け流す。その反動を使い、返す刀で反撃。それを柄の石突いしづきで受けられた。

 勢いを削がれ、手元を引き戻しながら相手が一歩間詰めし身体が密着。


「むんっ!」

「――――ッ⁉」


 力の限りフルスイング。鍔元つばもとで白刃を受けていたオレは、後方へと吹き飛ばされた。

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