第28話野球部の先輩

 冷ややかに四人を睥睨へいげいするヴェニュスが、片手で仰々ぎょうぎょうしく黄金色の長髪をき上げる。

 沈黙で間を作った彼女はおごかに口を開いた。


「つまり、アクセリウスの部屋でその辺に打ち棄ててあった機巧人形ゴーレムを、興味本位で起動させてしまった。ということで間違いないな?」

「――っ」

「間違いないな?」


 念を押した問い掛けに二人は「はい」と力なく答えた。それ以外の選択肢があったとは思えないが。


「それで。部屋に居たミルムが応戦した形になるのかのぅ?」

「うん、そーだよー♪」


 屈託くったくない笑みで答えるのは鉱人ドワーフの少女クロ。元気いっぱいに挙手をする姿は可愛らしい。

 爆発の瞬間、彼女のことは雪豹ミルムが守っていた。彼女の背後に控えるミルムは現在、身体に負った火傷を神学科の生徒に治療してもらったので復調している。


「そのせいで僕が自作したスライムを保管していたフラスコが壊れたわけなんだが……」


 半眼で恨み節をぶつけるのはイザイア。


「こっちも、実験の途中で薬品がこぼれて部屋が爆発した。私が瞬時に機転を利かせなければ、メディカ共々爆死していたかも知れないんだぞ?」


 声を上げたのはドマージュ。彼の声明に頷く有角人のあどけない少女がメディカなのだろう。


(そういうことだったのか)


 空耳かと思った最初の爆発は、ドマージュの部屋で起こったようだ。小さな疑問が漸く腑に落ちた。

 爆発魔とスライムの主は尚もアクセリウスを糾弾する。


機巧人形ゴーレムが暴れなければ、僕の作ったアシッドスライムは暴走しなかった。つまり、僕は被害者だ。このように吊し上げられるいわれはない!」


 声高に立ち上がり、あくまで被害者ぶるアクセリウス。彼のそんな態度が許せないのがリュクセラだった。


「ちょっとっ アンタのスライムのせいでアタシの荷物が消えちゃったのに、どういう了見よ⁉」


 彼女の抗議はもっともだ。現在、彼女が青色吐息で運んで来た荷物の類は一つも残っていなかった。

 対処できないからと、逃げている隙に食べられた。因みに彼女やピティエたちが爆発で無事だったのは、ドロテアが展開した障壁魔法で防御したお陰だった。


「仕方ないだろう? 事故なんだから」


 欠片ほども反省が見られない。意識は完全に被害者ポジションだ。


「それなら私は、今回の件を無事に収めた功労者だな!」


 うむ。顎に手を当て、したり顔で頷くドマージュ。

 死傷者が出てもおかしくなかった大爆発を起こしておいて。よくもまあ、ここまで堂々と開き直れたものだ。


「黙れ」


 静謐せいひつなる怒声。途端に空気が張り詰める。

 ヴェニュスの口から放たれた言葉は、胃のが底冷えするような迫力でこの場の全員を威圧した。


「とりあえず、ダンジェ」

「はい……」


 ヴェニュスは不機嫌を隠そうともしない。燃えたぎるような怒気をはらんだ声に、身を竦ませる少女が返事を絞り出す。


「そなたは暫く、クロの部屋以外は入室禁止だ」


 これ以上、興味本位に悪戯いたずらして被害を出さないためにも。彼女はそれに同意する以外の選択肢がない。これからも寮で生活したいなら。


「他の三名は、とにかく危険なものを部屋に持ち込むな。むを得ん場合は、ちゃんと万全を期して安全策を講じろ」


 解ったな。しゃがみ込み目線を合わせて凄まれれば、拒絶の意志も粉砕される。

 彼らは唯々諾々いいだくだくとそれに従った。


 〇                          〇


 それから四人は、騒動で散らかったエントランスや自室の掃除を命じられた。


罰直ばっちょくについては、それぞれ舎監からの指示を仰ぐようにのぅ』


 反論が起きかけたが眼力で黙らされていた。もう、彼女が舎監でいい気がする。

 ヴェニュスが采配さいはいを下すと、オレたちはそれぞれにあてがわれた部屋へと移動。


 寮生の個室は一人用で、学習室と寝室はドアで通じ壁一つで隔てられていた。

 因みにトイレやお風呂などは共用で、それぞれ一階にある。

 郵送されていた諸々を荷解きし、箪笥たんすやクローゼットなどに仕舞って整理整頓をした。

 その頃には、オレの中にくすぶっていた戦闘での興奮もすっかり収まっていた。


「よし。こんなもんか」


 どうにか生活できるようにまで片付けたオレは一旦休憩に入る。ふかふかのベッドに腰を落ち着け、上体をシーツの上に投げ出してぼんやりと天井を眺めた。


(これから、甲子園優勝を目指す日々が始まるのか)


 前世の時みたいに。

 しかし、エヴェイユの生徒たちがどの程度のレベルで、現時点で優勝がどの程度現実的なのか。そこが気になる。


「そういや、四月末から寮別対抗のリーグ戦が始まるんだったな」


 四つの寮で行われる総当たり戦。その成績の如何いかんによって甲子園大会のレギュラーが決定される、というのがエヴェイユの方針だった。

 それぞれの寮には監督などの指導者は居らず、生徒たちでチームを運営していく。

 だからこそ、何の制約もなく勇者パルフェの本の知識を最大限使う事ができる。学長のオヴェリアには感謝しかない。


「楽しみだな」


 自然と口角が吊り上がる。

 さて、こうしてはいられない。まだ夕食までは時間があるから、それまでは練習しておこう。


 ピティエやアコニスの顔が浮かんだが、戦闘の後にまで練習に付き合わせるのも気が引けたので一人でやることにした。

 スパイクを入れた鞄の中に球とミットを詰め、肩にバットを担いでオレは中庭へと向かった。


(ーーと、その前に)


 ここを管理しているであろうメイド、パウリナにこの寮について色々と聞くことにした。

 寮内を歩き回り、いまだ瓦礫の散乱するエントランスや談笑室などを探すもパウリナはおろか、ドロテアの姿も無かった。


 仕方ないので一旦寮を後にし、連絡通路の両脇にあった中庭へ続く階段を降りて芝生の上に繰り出した。

 先程オイレウスが使っていた方とは反対側。こちらは一面芝生で広々としており、噴水とかも無い上に囲んでいる壁も高い。窓には格子が付いており、強烈な打球が飛んでも問題なさそうだ。


 寮の壁際に沿って歩いてると、棟の終端に突き当る。

 壁を越えたその先には、少し手狭な野球グランドが広がっていた。

 マウンドの上には人間大の機巧人形ゴーレムが陣取っており、投石器のような腕を振るって球を投げていた。放たれた白球は緩やかな放物線を描いて打者へと向かっていく。


「フッ」


 十分なめを作って風を切るバットはジャストミート。高々と上がった打球がこちらに飛んで来る。オレはすぐさまミットを取り出した。


「オーライ!」


 空を仰いで球の軌道を捉えながら、打者にも分かるように呼び掛けてミットを掲げる。

 少し後ろ。駆け出したオレは視線を切らずにミットを捌いて捕球した。


「ナイスキャッチ」


 打席の方から女性の声が届く。恐らくはラタトスク寮の生徒。

 バッグを担ぎ直したオレが駆け出すのに合わせて彼女は機巧人形ゴーレムに近付き手で触れる。すると投球動作を中断して停止した。


 黒翼の有翼人セイレーン。純白のガーターストッキングに群青のプリーツスカートと同色のノースリーブ。この世界における標準的なユニフォーム。

 どういう経緯なのかは知らないが、前世と違ってこっちではチア衣装みたいなデザインの服が野球のユニフォームになっていた。

 対面すると、彼女は自らミニュイと名乗った。背丈はピティエと同じくらい。


「あなたが、例の特待生?」


 微笑に目を細めて首を傾げると、それに合わせて艶やかな黒髪のポニーテールが揺れる。


「はじめまして。特待生として編入してきました、フレーヌ・アベラールです」

「そう。これからよろしくね」


 微笑に目を細めるミニュイ。よかった。普通にまともそうな人物のようだ。


「あれって、機巧人形ゴーレムですよね?」


 オレはマウンド上の物言わぬ人形を指差す。


「ええ、そう。アクセリウス君に作ってもらったの」

「へぇ……」


 どうやらあの御仁ごじん、ただの厄介やっかいな機械狂いという訳でもないらしい。


「それ、キャッチャーミットよね。フレーヌちゃんは、キャッチャーなの?」


「はい、そうです。これまでずっと、キャッチャー一筋ですよ!」


 尋ねられたオレは、自信たっぷりに反らした胸を力強くミットで叩く。

 それを「頼もしいなぁ」と、ミニュイは微笑を浮かべて手を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る