第27話特待生

 一体、どうすればいいのか。そんな疑問を浮かべるオレを他所よそに、オイレウスが木剣を担ぎながらスライム目掛けて駆け出した。


「むん!」


 触手が槍のように先鋭化して殺到するのを、木剣を振るって斬り伏せた。そのまま懐に飛び込み、ぎの一閃。しかし、所詮しょせんは木剣。威力が足りず、傷痕きずあとはすぐにふさがった。


「ははははははっ! いやぁ愉快ゆかいッ!!」


 瞬間、総身からほとばしる膨大な闘気オーラ。広間の人間の耳目が彼に集中したのを感じた。


「でええええええいッ!!」


 繰り出された闘気オーラの斬撃が巨大スライムを襲う。斬閃が深々と組織をえぐり取る。しかしすぐに修復された。


コアを狙えっ 中の球体が弱点だ!」


 青年の助言を受け、オレは闘気オーラまとい地をうように疾駆する。鉱人ドワーフの少女を乗せた雪豹の魔物が機巧人形ゴーレムを壁際に追い込んだおかげで道は開けていた。


 巨大スライムも触手をオイレウスに集中させているので、余裕で側面に回り込めた。

 蒼月流抜刀術『伊綱月いづなづき』。刀身にみなぎらせた闘気オーラを乗せた遠当ての斬撃。コアを狙ったが、ゲル状の身体にはばまれた。


「チッ」


 必殺を期したが失敗。オレは顔をしかめて舌打ち。敵とみなされたせいか、触手が束になって迫る。家具が散乱して遮蔽物しゃへいぶつだらけの戦場で、跳躍を繰り返しながら回避に徹した。


「フレーヌさまっ」


 杖を構えたピティエが球形の火炎をスライムに飛ばす。爆発で体組織が燃えぜるも、コアにはやはり届かない。

 ピティエの炎弾を受け、スライムは剣山のように無数の触手を周囲に展開。


 オレは斬り伏せてやり過ごす。ピティエたちはリュクセラが盾となって触手を迎撃していた。

 その間にもピティエが魔法で灼熱の弾丸を形成。発射するも、伸ばされた触手に当たって攻撃が通らない。


(なら、こっちから仕掛けてやる)


 遠間ではなく、直接斬撃を叩き込む。槍衾やりぶすまのような触手は直線的なのでかわしやすい。散乱する瓦礫がれきと床を踏み分け、触手をくぐりながら接近。


 ゼロ距離で跳躍し、コアのある上体と正対。腰溜めに据えた大太刀を無心で振り抜いた。

 蒼月流抜刀術『乱月みだれづき』。闘気オーラを全身に漲らせ斬閃を乱れ撃つ。


 亀裂が半透明の体組織を斬り刻み、徐々に浸食していく。伸びて来る触手も纏めて斬り飛ばし、コアに白刃を突き立てるべく全力で刀身を振るった。

 しかし、一向に届かない。ことごとく吸収されているようにも感じる。


「クソッ」


 手詰まりとなり、たまらず距離を取る。方法を変える必要があった。


「ソイツは悪食あくじきで何でも食べるし、食べたそばから成長していくんだ。攻撃は止めるな!」


 青年も炎弾を飛ばして応戦していた。軌道は高々と放物線を描くも、途中で撃墜げきついされていた。


「なんつークソ仕様だよ……」


 迫り来る触手を斬り伏せながら雪豹の方を確認。獰猛な唸り声を放って繰り広げられる肉弾戦は決定打を欠いており、戦況は膠着こうちゃくしていた。

 とにかく、攻撃の手が足りない。このままではジリ貧だ。何か手を打たなければ――


「まったく。貴様らと来たら、随分と爆発が好きみたいじゃないか?」

「誰だ?」


 声の方に視線を向ければ、スライムの来た通路からまた別の生徒がやって来た。

 眼鏡をかける森人エルフの青年は長身瘦躯ちょうしんそうくで白衣を羽織り、その手には二本の試験管が握られていた。それぞれ色の違う液体が半分まで入っている。


「そんなに好きなら、もっと盛大にやったらどうだッ⁉」


 怒声と共にそれは空高く投げられた。空中に二つの液体が投げ出されると混ざり合い、強く発光し視界がつぶされる。


「ちょ――」


 爆発直前、魔風を巻き上げたオレは反射的に二階の角部屋前の廊下へと跳躍した。

 ほとばしる爆炎が光と熱で空間をく。殴り付けて来る灼熱に今は耐えることしかできない。


 やがて、魔風越しでも感じられた焼尽の熱波が収まった。

 塵埃じんあい紗幕しゃまくが下りて辺りは静寂に包まれた。

 ゆっくりと目を開けて立ち上がる。階下の広い空間が見える。


「おわった、のか……?」


 熱風の煽りで皮膚を焦がしたものの、魔風を展開していたお陰で火傷を免れた。

 爆音と噴煙が去った後、周囲を確認。

 スライムはその巨体を全て焼失させ、機巧人形ゴーレムも半分以上が灰と消えた。残りの部分も真っ黒に炭化して形が崩れている。


「それにしても……」


 あれだけの爆撃にもかかわらず、部屋の内装は勿論、廊下も天井も無傷だった。施されている結界魔法はかなり強力らしい。家具は文字通り見る影もないが。

 突然、巨大な魔力が胎動するのを感じた。


「今度は何だ…………⁉」


 二階の奥に繋がる通路。どうやらその中から大量の魔力の漏出しているらしく、沈黙する空気が激しくきしむ。


「春の陽気に微睡まどろみ、舟をいでおったらまあ騒がしい。よほどの春風が吹き荒れたようじゃのぅ?」


 耳朶じだを打つのは、微笑を含んだ妖艶な声。魔力と感応し、遠くまでよく響いた。

 今まで感じた事のない巨大な魔力が近付いて来る。本能が警鐘けいしょうを鳴らして全身が粟立あわたち、背筋が凍って息が詰まった。


 姿を現したのは、黄金の双角と竜尾を生やした竜人ドラグナーの女性。長身で波打つ黄金色の髪を魔風になびかせ、透き通った翠眼で周囲を睥睨へいげいしていた。

 その後ろに肩をすぼめて控えるのは、狐の耳と尻尾を垂らす獣人アニムスの少女。うつむけた顔が引きつっているのを、オレは廊下の端から眺めていた。


「――さて。事の仔細を、説明してもらおうかのぅ?」


 翠碧の視線に怒気が宿るのを感じた。

 とんでもない所に来てしまった。そんな感想を胸中に抱いた。


 〇                          〇


 リュクセラの話では、黄金の竜人女性は魔法科七年で名はヴェニュス。傍らに控える獣人の少女はメルキュール。魔法科五年の先輩で蒼銀のポニーテールと尻尾が特徴的だ。


 事情を聴いた彼女は四人を指名し、自身の前に正座をさせていた。

 部屋から出て来た他の寮生が、下手人四名を取り囲む。オレたち新参者はその輪から外れた場所にいた。


 白衣姿の森人エルフはドマージュ。爆発を起こして諸悪の根源を焼燬しょうきした彼は錬金科の最上級生。

 先程助言を送ってくれた青年はイザイア。あの巨大なスライムの創造者らしい。


 筋肉の詰まった小柄な青年は鉱人ドワーフのアクセリウス。筋肉の詰まった小柄な青年は鉱人ドワーフのアクセリウス。最後の一人は、小柄な獣人の少女。ダンジェというらしい。


 メルキュールとダンジェ以外、全員特待生とのことだが特に驚きはない。今回の騒動で特待生がどういう存在なのかはよく分かった。

 腕を組み仁王立におうだちするヴェニュスが口を開く。


「貴様らには、いくつか尋ねたいことがある……」


 声色ににじむ怒気に腹の底が冷えた。遠巻きに見ている俺でさえそうなのだから、目の前に座らされている四人の恐怖は推して知るべし。


「で? どうして機巧人形ゴーレムが暴れ回ったのか。そこから聴こうかのぅ?」


 アクセリウスとダンジェの肩がビクリと震えた。


「悪いのは俺じゃない。コイツが欠陥機を勝手に起動させたのが原因だ」


 機巧人形ゴーレムを造ったと言うのはアクセリウス本人の弁。どうやら、長い間その欠陥品を部屋に放置していたらしい。


「あ、ズルいっ」

「ほぅ?」


 ヴェニュスの凍て付く眼差しに射竦いすくめられ、怒り出そうとしたダンジェは恐怖に震えて二の句が継げない。


「のぅ、ダンジェ。なにゆえ、そのようなことをしたのか。申し開きはあるか?」

「お願い聴いて。悪気はないの、ミルムのおもちゃになるようなものが無いかと、クロと漁ってただけなの!」


 ミルムとはクロが一緒に居る雪豹の魔物。ダンジェは彼女らと仲が良く、面白い遊び道具がないかとアクセリウスの元を訪れていた。


「それで?」

「ガラクタの山に手を突っ込んだら、気が付いたら動き出していたの」

「ガラクタだと? 俺の試作品の数々に向かって!」


 激昂げきこうして立ち上がり、口角から泡を飛ばすアクセリウス。


「だって。パーツまで解体されてるのは、どう見てもガラクタじゃんっ」


 ダンジェは正面から目線をぶつけて今度こそ反論した。


「違うっ そのうち使う予定だから、置いておいただけだ!」

「ちがうもんっ 床に捨てたあるのは、ゴミだもん!」

「だからっ 見やすいように――」

「二人とも」


 反目し合う二人をいさめたのはヴェニュス。さっきから漏出して放たれる魔力、風格や存在感が、一学生のそれを遥かに超えていた。

 彼女がしゃべる度に空気が張り詰め、遠巻きで眺めているだけのオレの背中に冷や汗が伝う。

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