第25話新たな出会い
ぞろぞろと橋の上を歩く生徒たち。どうやら、対岸を渡る術はこの橋だけらしい。
五人ほどが漸く通れる幅だから、あまり広くはない。ただ人の往来ではそこまで混雑しない、絶妙な
「はい。あともう少しですよ」
微笑を向けて来るドロテアの後ろに続き、やがてオレたちは断崖を渡り切った。
断崖を後にすると、先導役のメイドが振り返る。
「後は少し回り道になりますが、この坂を登り切れば校舎はすぐそこです」
踵を返して再び歩き始めた。透明な橋を渡り終えたオレたちもそれに従って
「あれが、学校……」
林立する裸木の隙間から校舎の威容が垣間見える。
橋の上からも、右手の遠望から眺められたが普通に城だった。
三角屋根や城壁、円柱形の監視塔といった、いかにもファンタジー世界にありがちな、中世とかに建てられた感じの城塞が山頂に鎮座していた。
城門まではまだ距離がある。オレたちは頂上の校舎を木々の狭間から眺めながら、迂回路のような坂道を他の生徒たちに混ざって歩き続けた。
やがて城門が近付き、城塞の如き威容が眼前に迫って来る。
分厚く高い城壁に、本丸らしき大きな屋根。その脇に天を突いて伸びる尖塔が散見された。先程の見えない橋といい、確実に攻城戦を想定している。
立ち塞がる物々しい学び舎に対し、オレは意を決して足を踏み出した。
城門を抜け、建物の中へ。
まず目に飛び込んで来るのは玄関広間。
二、三階は優に縦貫する開放的な吹き抜けの天井に、装飾性が豊かな柱が列をなす壁。
コツコツと靴音が響くその最奥に大食堂はある。
「ここは全校生徒が一堂に会する場所です」
今は入寮ということもあってテーブルや椅子は片付けられており、だだっ広い空間が解放されているらしい。
入ってすぐ、その言葉の意味を理解した。
玄関広間よりも高い天井が覆う空間は、今まで見て来たどんな大広間よりも巨大だ。そして彩色豊かなステンドグラス風の窓や、洒脱な装飾が彩る内装全てが来客を歓迎している。
そのスケールに、オレはひたすら圧倒された。
「広いな……」
「ですね……」
「…………」
上を
「それでは、皆さんが寝泊まりする寮に案内しますね」
校舎と寮はそれぞれ連絡通路で繋がっており、
(けっこう攻め
断崖を結ぶ一つしかない通路。
「ん?」
途中、壁際に置いた複数の大荷物を背に肩を上下させている少女が見に付いた。
「なあ、ちょっと」
先導するドロテアを呼び止め、オレは青色吐息な少女の元へ向かう。
「大丈夫か?」
「…………別に。助けなんか、要らないわよ」
息も絶え絶えで顔を上げた少女は長い金髪を後ろで纏めていた。武芸科の制服に身を包む彼女は、どことなく気品が感じられる。
彼女は警戒心を
「そんな、別にとって喰ったりするわけじゃないんだから……」
両手を広げて
「どうかされましたか?」
引き返してきたメイドがオレに声を掛けた。彼女に事情を説明し、手助けしようと申し出る所だった胸を告げる。
ふと金髪の少女に視線を向ければ、オレではなくドロテアに怪訝な眼差しを送っていた。
「なんで、一介のメイド風情が校舎に立ち入ることができてるのよ。おかしくない?」
彼女が疑問に思うのも無理はない。橋を渡る時から今まで、チラチラと
「ご心配なく。わたしはソラニテ様から案内を
「ソラニテ様って、学長の?」
「はい」
力強く頷くメイドを前に、少女は目線を下に落として何やら考え込む。
すると金髪の少女は立ち上がり、
「そうね。つまらない意地を張っても仕方ないし。素直にご厚意に与ることにするわね」
彼女は荷物満載の大きなリュックを肩に担ぐと一房の金髪を揺らして、
「アタシは武芸科四年、リュクセラ・バシュラールよ。これからよろしく」
「ドロテアでございます。大変恐縮です」
得意げな顔を浮かべるリュクセラが微笑を浮かべるドロテアに手を差し出し、互いに握手を交わす。メイドである彼女を立ててご主人への覚えをよくするため、という打算が透けて見えた。
それからはリュクセラに倣ってオレやピティエも名乗る。興味がなさそうなアコニスについてはオレが代わりに紹介しておいた、
少女はパンパンに詰まったリュックを一つ差し出してくる。
「それじゃあ、ちょっとお願いできるかしら?」
「ああ。困った時はお互い様だからな」
それを受け取ると、腕に
「ふぅん……」
しげしげと品定めするような視線。不躾な気もしたが、ニカッと力強く笑うことで無言の内に
「それって刀? この学校じゃ珍しいわね」
剣帯に
「ああ。刀身のサイズで太刀って分類されてるヤツな」
「タチ? 刀にもいくつか種類があるの?」
武器に興味を示すのは、いかにも武芸科の生徒らしい。
「それよりも、まずは入寮を済ませてはいかがでしょうか?」
オレと同じくリュクセラの荷物の一部を引き受けたドロテアが提案する。
「それもそうね。じゃあ、その荷物はラタトスク寮までお願いするわね」
寮の名前を聞いて顔を見合わせたオレたち。
「そりゃあ丁度いい。オレたちもラタトスク寮なんだよ」
「? そうなの?」
朗らかに答えるオレに
「お三方は、この春より野球の特待生として編入し、ラタトスク寮で暮らすのです」
「野球の特待生?」
疑問を浮かべるリュクセラ。だが、無理もない。
オリヴィエによると、野球の特待生を認めたのは今回が初めて。
『普通は貴族で家が裕福だったり、奨学生制度で商会からの出資があるからな』
わざわざ特待生として囲い込む必要が無いらしい。オレたちはそういった後ろ盾がないからこそ、特待生で編入することになった。
そのために特待生制度を活用する辺り、校長の甲子園優勝に賭ける執念はすさまじい。
「じゃあ、カーバンクル寮のソレルやユニコーン寮のペシェットよりも強いってこと?」
「誰が相手でも関係ない。最後は全部、わたしが勝つ」
いきなりアコニスが口を開いたかと思えば、飛び出したのは豪気な一言。
意外と声が通ったらしく、大食堂にいる他の生徒たちがこちらに視線を向けて来た。
「立ち話も何ですし、そろそろ行きましょうか」
ドロテアに促され一路、衆目を
「大した自信ね?」
興味津々といった様子でアコニスに好奇の眼差しを寄越すリュクセラ。
「事実だから」
まだ戦っても居ないのに。
(確かにまあ、普通の高校生があの球を打てるとは思わんしな……)
鼻を鳴らすしたり顔のアコニスに水を差すのは控えた。
「そんなこと言ってますが、フレーヌさまとの初対戦で負けてましたよ」
「…………」
「負け犬」
「なっ――」
幼馴染はアコニスの反撃に絶句する。
「あ、そういえばさ。リュクセラは何かの特待生だったりするのか?」
「別に……」
隣を歩く彼女は言葉少なに顔を背けた。始まりかけたケンカを納めるべく唐突に話題を振ったが、何か地雷を踏んでしまったようだ。
「あ、悪い。答え辛いなら、いいんだ……」
返事はない。気まずい沈黙が流れ、足取りを重くする。
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