第24話入寮

 新戦力の先頭打者フレーヌ。

 彼女は抜刀術のように右手一本で高速スイングを繰り出し、何本も痛烈な本塁打を放ったという。


 更には徹底的に球をカットして粘る消耗戦しょうもうせんを投手に強制し、球数を放らせることで疲弊させた。そして消耗したことで生じた失投を逃さず痛打を連発した。


 蓄積された疲労で乱れた集中力は制球を甘くし、他の打者も彼女に呼応するかのようにバカスカ打って大量得点となったらしい。

 投手としては悪夢のような試合内容だ。


「へぇ……」


 私は喜悦を漏らしながら目を細める。

 ホームランもチームバッティングもこなせる強打者。投手としては、突如現れた強敵の存在に胸を躍らせずにはいられない。ぜひ、一度対戦してみたいものだ。


「そんな事より。次の相手はケフィアス商会だ。前の試合を見る限り、打線の補強に成功したようだ」


 手強いぞ。こうやって忠告するということは、私が登板するのは確定事項のようだ。


「それはそれは」


 面白い。呟く口の端が自然と上がっていた。


 〇                                〇


 麗光れいこうの下、芽吹いた草花が春嬉しゅんきする四月。

 屋敷で過ごし始め、既に一か月が過ぎようとしていた。

 腹ごしらえを済ませた昼下がり。オレは姿見の前でエヴェイユ学習院の制服に身を包んでいた。今日は学習院の始業式。初めての登校だ。


「まさか、また学校に通うことになるなんてな……」


 しかも野球特待生で甲子園優勝を目指して。この流れはある意味、前世とも似通っている。奇妙な符合に自分自身、驚きを隠せない。

 これから野球漬けの毎日を思うと、胸が高鳴り頬が上気するのを感じた。

 改めて自身の制服姿を確認する。


 白シャツの上から羽織るのは深紅のブレザーに黒のスカート。戦闘時にも使用する事から、生地は丈夫でしっかりとした作りをしている。ただし足元は特に指定が無いので、オレはダークブラウンのタイツを穿いた。


 フレーヌ《この身体》は顔の造形やスタイルが良いので、着飾る楽しみがある。

 オレが目覚めてからは身体の発育が著しくなり、一年も経たぬうちにすっかり女性的な体つきになった。第二次性徴という奴だろうか。


「ふむ? こうか……?」


 オレは興味本位から、姿見の前でひざに手を付きかがんだ姿勢を取ってみた。程よい胸の膨らみが両腕にはさまれ制服の中で窮屈きゅうくつそうにしている。いかにも男が好きそうなポーズだ。


「こうか? いや、それとも……」


 段々ポーズを決めるのが楽しくなり、コスプレイヤーよろしく様々な態勢を鏡に映して遊んだ。


「お嬢様、準備できましたか?」

「おぎゃあっ」


 びっくりして振り向けば、同じく制服姿のピティエ。ただ彼女の場合、白シャツの上に深紅のフード付きローブを羽織っていた。

 魔法科や錬金科はオレの編入する武芸科とデザインが少し違うらしい。聞いた話だと、神学科の制服も聖衣クロスの意匠が強く反映されてるらしい。

 ……制服、とは?


「おー。似合ってんじゃん、ピティエ♪」

「そんな、ありがとうございます。お嬢様ほどではありませんが……」


 オレからの賛辞に焦ってかしこまるピティエ。かわいい。


「そのお嬢様って言うの、そろそろ辞めねぇ?」

「え?」

「フレーヌでいいよ、普通に」


 彼女にそう提案してみた。実際、学校に通う以上は一人の生徒として対等なわけだし。


「…………では。フレーヌさま、とお呼びさせて頂きます」


 逡巡しゅんじゅんした後、うやうやしく頭を下げるピティエ。控えめで、とてもいじらしい。あくまでも忠節を通そうとする姿勢に苦笑した。


「じゃあ 改めてよろしくな♪」


 そんな彼女にオレは破顔して親指を突き立てた。


「フレーヌさまっ」

「むぐ――」


 前言撤回。とても積極的でスキンシップが激しい。迫り来る豊満な胸に窒息ちっそくさせられる。

 タップして解放を懇願し、口をふさいでいた拘束が外れて人心地。その様子に顔をほころばせるピティエ。


 なんだかおかしくなって笑い合う中、ドロテアが部屋の入り口から声を掛けて来た。


「お二人とも、準備はできましたか?」

「はい。できました」

「問題ありません」


 よろしい。満足してうなずくドロテア。編入のための荷物は、全てまとめて郵送しているので身軽だ。

 部屋を出ると、玄関広間でアコニスと合流。彼女も魔法科なので、幼馴染と同じく法衣ローブ型の制服を着ていた。相変わらずスタイル抜群で、苦しそうな胸元や美脚を覆う黒タイツまでもが艶めかしい。


「おー、似合ってんじゃん♪」

「フン」


 つれなそうにそっぽを向くが、腰元の蝙蝠羽はパタパタとご機嫌だ。可愛げのある態度にオレは顔を綻ばせた。


「それでは、行きましょうか」


 ドロテアの案内に従い、その背を追うようにしてオレたちは屋敷を後にした。

 外出に際し、オレは自前の大太刀を佩いて道を歩く。ピティエやアコニスもそれぞれ杖を携えていた。


『授業で必要なので、常に携帯しといてくださいね』


 メイドの助言を忠実に守り、根雪が消え去って赤茶けた草地やまっさらな露地が広がる景色を横目に街へと向かった。


 それから四人は迷宮都市の城門をくぐり抜け山の頂を目指す。

 西洋風な街並みを横目に見ながら開けた噴水公園を縦断し、かつて商会リーグを戦った市民球場を通過して中腹まで来ると、再び門扉が現れた。


 そこを越えると、大口を開ける渓谷と無骨な岩壁が行く手を塞ぐ荒涼とした景色が広がる。

 右手には簡素な関所が設けられているが、そっちは学習院とは別らしい。

 左手の遠望には湖が見えたが、そちらを船で渡るには魔物を迎撃する必要があるので盗聴を目指すには骨が折れる。


 対岸を隔てる渓谷には、崖っぷちの一角に柱上の主塔が二本並んで佇んでいた。

 しかし、その先には橋梁きょうりょうも無ければそれを保持するためのケーブルもない。

 ただ、二つの主塔が崖の上に鎮座ちんざするだけ。


「ちゃんとついて来て下さいね?」

「え? ちょっ――」


 メイドが振り返って念を押すと、脇目も振らず主塔へと足を向けた。

 制止を促すも「大丈夫です」の一点張りで、ドロテアはとうとう崖っぷちに来た。


「では、しっかり見ててくださいね?」


 再び前を向いた彼女は、あろうことか足場の途切れた虚空に踏み出す。

 そこで、あり得ないものを見た。

 彼女は真っ逆さまに落ちるどころか、何もない空中をスタスタと歩き続けていた。


「――――は?」


 あまりにも非常識な光景にオレは目を疑った。いくら目をこすってみても、彼女が崖下に転落する気配はない。


「ほら、早く。この通り魔法で足場が形成されているので、落ちることはありませんよ?」


 成程。それなら一応、説明が付く。

 躊躇っているオレたちを他所に、後から城門をくぐり抜けて来た制服姿の少年少女が透明な橋梁に足を掛け進んでいく。中にはおっかなびっくりで歩く少女の姿も。


 よく見れば、対岸には透明な橋を渡り切った複数の人影が確認できた。

 橋を進むのはいずれも生徒のみ。同伴していた親たちは橋の手前で我が子を送り出していた。

 深紅の制服の中にあってモノトーンのメイド服は衆目を集め、完全に浮いていた。


「――っし、オレたちもいくか!」

「はい♪」

「…………」


 オレは両頬りょうほおを叩いて気合を入れ直し、ピティエと笑い合ってから主塔に向けて足を向けた。

 そそり立つ断崖に見えない橋桁はしげた。いざ、前にしてみると、やはり足がすくむ。


 崖下を見れば、谷底を流れる川が見えた。吹き付ける風が寒々しい。

 固唾かたずを吞んで覚悟を決め、まずは一歩。


(お――?)


 足場から感じる硬質な反発。続いて二歩目。問題なく空中に留まっていられた。

 橋梁きょうりょうの硬度に確信を得たオレはピティエを促し、やがて彼女も見えない橋梁に足を踏み入れた。しかし、アコニスだけは一向に進む気配がない。


「ほら、さっさと行くぞ?」

「そうですよ」

「ちょっと、待って待って」


 戸惑うアコニスの背中を二人でグイグイ押して透明な橋に足を掛けさせた。


「すごい、浮いてるみたい……」


 戸惑いながらも視線を渓谷に落とし、感動に言葉を漏らすアコニス。

 二人で彼女の手を引くと、先導してくれるドロテアと合流。少しの間空中散歩を楽しむ。


「この橋は魔法でできているんですよ」

「ああ。道理で」


 透明な素材でどう扱えば架橋できるのかと疑問に思っていた所だ。


「そんな魔法も、学校では教えているんですか?」

「いえいえ。もっと基本的な魔法しか教えませんよ」


 橋を渡す魔法については、厳重に秘匿されていてごく一部の人間しか知らないらしい。

 橋の形状はアーチ状になっており、次第に足場はゆるやかに弧を描いた。頂点まで上ったら次第に降りていくような傾斜を足裏に感じた。これがまた浮遊感を助長して面白い。絶叫系のアトラクションを彷彿とさせた。


 途中、つんのめって転びそうになる少年や転倒しまいと慎重に慎重を期して進む少女たちを尻目に、透明な橋梁きょうりょうに慣れたオレたちは軽い足取りで対岸へと向かった。

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