第20話商会リーグ

 商会リーグでの記念すべき初打席。

 オレは先頭打者として左打席に立った。もちろん、居合打法の構えで。

 入団テストの際。オレはチームのエースに一打席勝負を持ち掛け、投げられた直球をホームランにしてやった。

 晴れて入団が決まって試合への出場が決まった時に監督へ直談判。一番打者としてじ込ませた。


(さてと。どんなモンか、お手並み拝見だぜ)


 事前情報によると、相手投手の名前はカロリーヌ。有角人アントルの女性で百七十センチの長身を誇る右の本格派。

 速球を中心にカーブやスライダー、カットボールにシュートといった多彩な球種を使いこなす。


ピティエのような変化球でバットをかわすというよりは、真芯を外して凡打を量産するタイプらしい。

 さすがに形式ばっているだけに、選手は全員女性だ。草野球みたいに男女混合は有り得ない。


 初回裏、一球目。相手が振りかぶり、沈み込まず一気に踏み込んで体重移動。肘をうまく使い腕をしならせ、投げ放たれる白球。

 コースは外角低め。オレは無心でバットを振った。バットに球の重みを感じる。手指を使ってヘッドをコントロールし、一気に振り抜いた。バットから弾かれた球は空中を突き進む。そんな様子にスタンドはどよめいた。


(ちょっとミスったな、こりゃ)


 オレは黙して反省しながら一目散に一塁へと向かって走る。

 打った瞬間に分かっていた。振り抜く直前、バットコントロールが上手く行かなかった。


 中間守備だった左翼手の頭を超えた辺りから球は左手にれ、結果は特大ファール。

 ホームラン性の当たりに客席の観衆からは安堵と溜め息で悲喜交々ひきこもごも


(練習が足りないな)


 居合打法で確実に外角も手が出るようにはなったが、初対戦する相手の直球をスタンドに運ぶにはまだまだ技術不足らしい。

 オレが構え直すと、警戒心を露わにした投手が見えた。


(恐らくは、変化球で来るだろうな)


 チームメイトから事前に情報を聴く限りでは、このバッテリーは手堅い配球で慎重な構えを見せるらしい。

 ならば、変化球でタイミングを外してくるはずだ。

 初球をホームランにできなかった点も考慮し、初見でも対応できなそうな球種。


(となれば、恐らく――)


 第二球が投げられた。軌道は先程と同じ。いや、コレは――


「ボール!」


 直球は外角のストライクゾーンを少し外れてミットに収まる。

 恐らく確認だ。打ち気に逸るのか、もしくは初球はまぐれだったのかを図るための。


(なら、次は変化球だろ)


 予想では十中八九。返球を受けた投手は首を横に振ることなく、すんなりと投球動作に入った。

 三球目も外角低めに速い球。初速からスライダーやカーブはない。

 だが、打席の手前で軌道が微妙に変化する。


(これは――――)


 バットを振る瞬間、オレは踏み込む足に制動をかけ、体を開いて対応した。

 感触からして真芯を捉え損ねた。打球は逸れて三塁側のスタンドに吸い込まれていった。


「ファールボール!」

(あぶねえあぶねえ……)


 咄嗟とっさに体を翻して事なきを得た。少しでもタイミングをいっしていれば、芯を食わされて凡退ぼんたいしていたことだろう。冷や汗が背中に噴き出し、恐怖から喉が震えた。


 カットボール。直球と遜色そんしょくない初速から左打者に対してふところに切り込んで来る変化球。

 前世では何度かお目に書かれたおかげで対応できた。経験値に救われた。


「ふむ……」


 現在、ワンボールツーナッシング。投手有利のカウント。早くも追い込まれてしまった。

 こうなると、ボールを効果的に使って打ち機を煽って来るだろう。相手の選択肢が広がっている。


(……そろそろカーブか?)


 緩い球でタイミングを外し、打ち気を逸らす方策も充分考えられた。

 そこでオレは、いつもよりリリースの瞬間に最大限神経を尖らせる。球が指から離れた瞬間、描く軌道は大きな山なり。予想通り、カーブ。


 ゆるやかな速度で落ちていく球。軌道は内角低めのわくを少し外れて懐の方へ向かって来る。ってそれをかわせば判定はボール。これでツーツー。並行カウント。


「さて、次は何だ……?」


 外角のシュートで釣ってかわすか、それともスライダーで仕留めに来るか。そこが問題だ。

 投げられた五球目。軌道は外角、初速は直球に少し見劣りする。だからこれは変化球。


(シュート――)


 腰をえ、ギリギリまで球を引き付ける。次第に進行方向を変え、外角の枠外へと逃げていく。軌道から釣り球だと見極め、手を出さないことを心に決めた。


「ボール!」

「ふぃーー……」


 予想通りの結果に安堵の溜め息を漏らす。これでフルカウント。四球による出塁も現実味を帯びて来る。


(まあ、相手もそれは嫌だろうから――)


 初回から先頭打者を出したくないはず。初球の走塁で俊足しゅんそくも見せ付けたし、盗塁やエンドランを警戒するのは精神的にも負担だ。そんな事態、避けたいのが人情だ。


 ここまで、スライダーは無し。決め球に使って来ることも十分にあり得る。外角を意識させた後だし、内角に入れてくる可能性は大いにあった。

 大きく振りかぶって投げられた六球目。内寄りの真ん中を突き進む球は初速が伸びない。


(スライダーだろ)


 変化量を計算し、十分に引き付けてから抜刀。腰を旋回してバットを振り抜いた。

 右足を浮かせて体を開き、すくい上げるようなスイング。打球は再び三塁側の観客席に逸れて飛んでいった。ファール。

 当たったのはバットの尖端だった。思ったよりも変化しなかった。


(確か、これで全球種投げたよな。あっちは)


 相手も当然四球も視野に入れてるだろうが、オレの対応を見た限りでは多分、ストライクを取りに行くだろう。何しろ、傍から見れば食らいつくのに精いっぱいといった様子だ。


 取り敢えずは直球を最大限警戒しつつ、カットボールや外に逃げていくシュートも候補に入れておく。

 ひりつく勝負。背筋を伝う緊張感に喜悦が込み上げ、思わず歯をく笑みを噛み殺す。


 間を置いて呼吸を整えた投手が放った七球目。指先から弾かれた球の初速は最大、コースはインハイ。二球続けての内角。低く腰を落とした姿勢の顔面辺りに白球が強襲をかける。


(行ける――)


 満を持してバットを出した。蒼月流抜刀術『明月あけづき』。

 木製バットを太刀に見立てて一閃。斬り下げ軌道のバットは球を真芯で捉えた。

 瞬間、バットから球の重さが消えた。


 球が蒼穹そうきゅうを飛翔する。誰もがそれに目を奪われた。

 そのままグングン伸び、終いにはスタンドに吸い込まれた。

 球場が静まり返る中、審判が高らかに宣言。


「ホームラン!」


 それから一拍以上遅れて観客席は喧騒けんそうに包まれた。

 リーグ初出場の新参者が初打席でホームラン。劇的な展開にスタンドは興奮の坩堝るつぼと化した。


「しゃあっ!」


 ホームラン特有の手応えにオレはガッツポーズ。湧き上がる歓喜。頬は上気し、感動で身体が打ち震えていた。


(おっと、いかんいかん)


 塁はちゃんと踏まないと。オレは気を取り直してそんなことを考えながらダイヤモンドを一周した。

 初出場初打席、先頭打者ホームラン。

 初めて尽くしの功績を、ベンチに待つチームメイトが歓待と共に言祝ぐ。

 まずは一点。


 〇                               〇


 オレのホームランの後も攻撃は続き、二番打者のピティエが投手の動揺どうように付け入る形で粘りに粘って四球を選び出塁。盗塁も決めて二塁に進出した。

 三番打者のバスターにヒットエンドランで続き、三塁を蹴ってホームに生還。

 結局、初回だけで二点を叩き出した。

 

 続く二回裏もオレが十球以上粘ってから出塁し盗塁。ピティエのヒットに合わせてオレが生還して三点目。順調に点を稼いでいった。

 一方で相手チームは誰もアコニスの直球は誰もとらえることができないでいた。

 出塁しない以上、点が入ることも無い。重量打線は沈黙した。

 試合は進み、現在は七回表。打線も三巡目でいよいよ後が無い。


「ストライク。バッターアウト!」


 三奪三振。相手の一塁は遠い。


「どうだ? 疲れてないか?」

「別に」


 アコニスの言葉通り、駆けていく姿に疲労の色は見えない。DH制で投球だけに専念できるのも大きいだろう。消耗は軽微。問題なさそうだ。

 その裏の攻撃。八番と九番はすでに凡退した中でオレに打順が回って来た。

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