第21話奇襲
相手チームのカロリーヌは、一、二回の立ち上がりには苦労していたものの、三回目以降は丁寧なピッチングで立て直した。それ以降は失投もなく、大崩れするような事態には陥っていない。
打線が三巡して出塁できたのは、オレを除くとピティエとクリンナップの二人だけ。
さすがエースなだけあって優秀だ。この試合、味方の援護はあまり期待できそうにない。
(ま、三点リードしてるからいいけど)
それでも追加点が入ればそれだけアコニスが投げやすくなり、試合を有利に進められる。
ここは何としても塁に出たい。打席に立ちながら、これまで自分に投げて来た配球の内容を顧みる。
二打席目も一打席目同様、外角が多かった。三打席目になると勝負を諦めたのか、際どい所に投げた球が枠に嫌われ、四球となった。
既に二死なので、ここは普通に歩かされるかもしれない。
「――――ッ⁉」
初球は内角を外れてボール。胸元の際どい所を突くストレート。外角に手を出させないようにするための
(元々、右打者の外角を攻めるのが相手の定石だしな)
方策を変えたとしてもおかしくはない。
続く第二球。外角を
(すでにツーアウトだし、ここは歩かせる狙いか?)
それはそれで面白くない。ストライクを取ろうとしてこないので、ひとまず枠際の球はカットして行こう。オレはバットを納刀して三球目に備える。呼吸を整えた
相手のスリークォーターから繰り出されたのは山なりのカーブ。ベース手前で落ちた。
すぐに膝を着くことで、捕手は球を後逸することなく受け止めた。これでスリーボール。
(そろそろ高めの釣り球か?)
これまでの打席で投げてないコースはそれくらいだ。枠より低めに落ちる球なら三打席目でもう見てる。
四球目。予想が的中した。
(打たせてもらうぜ――――!)
軌道は内角高め。枠を外れて直進する速球に、オレは瞬時に体を捌いて斬りかかる。
バットに直撃。振り抜いて打球を飛ばす。
「どうだっ⁉」
嬉々として走塁に
「ふぅむ。惜しかったな……」
駆け抜けた一塁線を折り返し、打席へと戻った。切り替え切り替え。細く息を吐いて気を取り直す。
(これでど真ん中きても驚かねえぜ)
余裕の笑みを浮かべてバットを納めた。数秒の後に投手が頷き、モーションが開始される。速球が再び高めに浮いて向かって来る。予測の軌道ではボール。真ん中よりのコースに違和感を覚えた。
(まさか――)
直進すると思われたそれは打席手前で変化。五球目はカットボールで来た。
(くっ……)
軌道の屈曲に対してバットを合わせる。
だが、これで安易に逃げる事も無いだろう。あと一球でこちらは三者凡退となるのだから。
せめて一回くらいはオレに勝ちたいハズ。自身の投球に自身があるなら尚更。
そこからオレは、外角高めのシュートと外角低めのカーブをカットして粘る。
いまだ彼女の制球力は健在だ。こういう優秀な投手は得難い。だからオレは独り
「やっぱさ。こういう相手からはヒット、打ちたくなるよな」
次は何を投げて来るのだろう?
考えただけでワクワクする。好奇心に瞳を輝かせて、オレは第八球目を待ち構えた。
ここへ来て、捕手から送られる球種のサインに対ししきりに首を振るカロリーヌ。
さすがに攻めあぐねているようだ。そうなるように仕向けたのだから当然だ。
それから、漸く首を縦に振る。ワインドアップで両手を大きく振りかぶった。
回転の乗った球が真ん中低めを直進。初速から変化球だと分かる。行きつく先は外角か、それとも内角か。
(どっちだ?)
一瞬の判断が明暗を分ける。腰を
オレは右側に踏み込み体を開く。斬り上げの抜刀動作で空中を滑る球をすくい上げ、左中間へと――
「っしゃああ!」
ボール球だったがバットコントロールで無理矢理ヒットにした。外野を転々とする球に左翼手が追い
次の打者はピティエ。打球が外野を越えれば追加点もあり得た。そうなれば四点目。
試合が再開する直前、捕手が重い腰を上げてマウンド上に駆け寄る。
互いにグローブで口元を隠し、何事かを話し合っていたがすぐに解散した。捕手が定位置に付くと審判から号令がかかった。
一球目は外角低めのボール。次は外角低めの枠を掠めたカットボールでストライク。
打席に立つ彼女が打ちやすいよう、オレはリードを取って二塁を離れ間隔を開ける。三塁への盗塁を警戒させることで相手バッテリーの集中力を削ぐのが狙い。
三球目を投げる直前、カロリーヌが急反転。
「うおっ」
刺されまいと即座に引き返したオレはスライディングで二塁に戻る。膝辺りをグローブがバシンとタッチする。
「セーフ!」
「危ねえ危ねぇ」
しかし、牽制を受けたからといって塁上に縮こまっていては走者としてグラウンドに立つ意味はない。再び七歩分の距離を空けて注意を散漫にさせる。
仕切り直して三球目。内角高めに投げられたのは直球かカットボールか。
「ストライク!」
ピティエは高めの釣り球に手を出して空振り。その隙にオレは三塁へ。三盗成功。
「ナイススイング!」
ガッツポーズをキメながら追い込まれたピティエを鼓舞した。
(よし、いいこと考えた!)
抱いた好奇心でオレの瞳は
こちらを
倒れ込みの反動で反射を引き出し、限界まで加速。視界の端で投球の乱れを確認。浮ついた棒球をピティエが軽くバットに当ててスクイズ。捕手に行動を起こさせる前にオレは本塁に足を着けた。判断の遅れが響いてピティエも一塁に到達していた。
これで四対零。
その後も三番打者が初球のカーブを狙って痛打を浴びせるも、タイムを取って開き直ったバッテリーが四番を三振に取って攻撃は終了。
〇 〇
続く八回。打順は四番から始まるも、相変わらず手も足も出ていなかった。
(四番に限っていえば、いいトコまで行ってたんだがな)
先程の打席では大分タイミングが合っていた。それでもアコニスの方が上だった。
裏の攻撃も三者凡退でそれほど時間を置かずに相手の最後の攻撃が始まった。
試合は既に最終回。これで相手が四点以上入れなければゲームセット。
「まあ、オレはなんの心配もしてねえから」
「フン」
鼻を鳴らすだけで振り向きもしない。何か気に障るようなことをしたかと振り返るも、特に心当たりはなかった。
右打席に立つのは相手の七番打者。
(そこそこ足が速かったよな、コイツ)
不意に一瞬、そんなことを考えた。特に意味のない気の迷い。視線をアコニスに戻し、オレはミットを構えた。
トルネード投法。いつ見ても、
リリース直前、相手はバットを水平に構えた。
(バントだと――――⁉)
マズい、裏を
「よしっ オーライ!」
明らかなバントミス。白球は高く舞い上がる。内野に降って来るファールフライをミットでキャッチ。これでワンナウト。
ここでオレはアコニスの現状を確認すべく、マウンドに駆け寄った。
「いやー、さすがに最終回ともなれば破れかぶれにもならぁな?」
「別に大したことない」
「そりゃいい。その調子で頼むぜ、エース!」
背中をポンポンと叩いてからマウンドを後にした。その途中で相手の動向を見ると、ネクストバッターサークルで何やら耳打ちをしていた。
(バレたなこりゃあ……)
続く八番打者はもっとあからさまだった。最初からバントの構え。これは確信犯。
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