第17話トルネード投法
耳をつんざく轟音。暴力的な球威を叩き付けられた壁はひび割れ、浅くめり込んだ球と共に欠片が地面に落ちた。
とんでもない剛速球。ピティエの球速とは次元が違う。オレの見立てでは恐らく百五十キロ。
しかも、スモーキーによって球の出所が捉えにくい投げ方。
訪れる静寂の中、どうしようもなく胸が高鳴っていた。頬が火照っているのは、走って身体が汗ばんでるだけではない。
投げ終えた彼女はマウンドから降りると、
「はわわ、どうしよう……」
「なあ」
「――――ッ⁉」
弾んだ声を背後から掛けたらビクリと肩を震わせ、壁を背にして必死に壊れた
その様子がいじらしくて、思わずオレの顔が綻ぶのを感じた。
「な、なに――」
「スゴい速いなっ お前の球!」
興奮を抑えきれず、頬を上気させた顔で詰め寄ってしまった。
「べ、別に……」
そっぽを向くアコニス。ほんのり頬を染めていることから、褒められるのは満更でもなさそうだ。
「なあなあ。もう一回、見せてもらってもいいか?」
頼む。
「まあ、そこまでいうなら……」
渋々ながらといった体で了承してくれた。
再び大きく振りかぶって全身を
跳ね上げた肘から腕が伸展。その際、百八十センチ台の長身の頭上から球が放たれた。
肘の重さを出し、自然な形で振り抜いていることから関節への負担は少なそうだ。
轟く激突音。亀裂が走り
「おお~、スゲーっ」
大迫力の投球にオレは拍手を繰り返した。目を伏せすまし顔を浮かべているが、血赤の蝙蝠羽がパタパタしている辺り、わりと嬉しそうだ。
「いやぁ、ホントスゲーな。ここまで本格的なトルネード見たの、人生初だわ!」
「とる、ねー……?」
(ん……?)
興奮気味に賛辞を贈ると、アコニスは怪訝な表情を浮かべていた。
もしかして、トルネード投法という言葉を知らないのだろうか?
不審に思ったオレは、率直な疑問を投げ掛ける。
「え? じゃあ、その投げ方は自分で…?」
その問いに長身の少女は首を横に振った。
「お母さん、から……」
「お母さん?」
聞き返すと今度は首を縦に振る。
「お母さんは、吹雪の構えって言ってた」
「え――?」
彼女の解答にオレは絶句した。
(いや、別に変な話でもねーか)
腕を組み口に手を宛がってオレは考え込んだ。
この世界に野球が伝わって三百年。誰かが自力でトルネード投法に辿り着いても不思議ではない。
いや、そもそも。そんなことはどうでも良くて――
「なあ、アコニス」
「なに?」
「お前の球、オレに受けさせてくれ!」
彼女の左手を握り締めて頼み込む。
「はあっ⁉」
彼女はオレの申し出に
それはそうだろう。一五〇キロ台のストレートなんて滅多にお目に掛れないし、初見で捕球できる人間が居ると思えないのも無理はない。
だからこそ、オレは挑戦してみたくなった。
「いや、でも……」
難色を示すアコニス。彼女の
それなら――
「ピティエ。ちょっと投げてくれ」
「はいっ フレーヌさま♪」
振り返って幼馴染の名を呼ぶと、破顔した彼女が頬を上気させて頷いた。ロードワークで身体が温まっているのが見て取れた。
「実は、ピティエも結構な速球を投げるんだよ」
更には、制球力もいい。頼れるオレの相棒だ。
「ふぅん……」
ピティエについて軽く紹介すると、アコニスがつまらなそうに口を
「今からピティエの全力投球を余裕でキャッチするから。それでオレが、お前の球を捕るに相応しいかを見極めてくれ」
「それでは。少し肩慣らし致しますので、そこを退いてください」
(ん――――?)
マウンドから放たれる、
「なに、してるの……?」
「何って、プロテクター付けてるだけなんだが?」
(ああ、そうか――)
前世の常識は現世の非常識。オレの祖国ならともかく、この
せっかくなので、オレがアコニスにプロテクターについてレクチャーし出すと――
「――っ⁉」
壁から鳴り響く銃声。しかし、それはピティエの球威から発せられた激突音。
「あんま最初から力入れすぎるなよー?」
とりあえず、やんわりと
「はい、フレーヌさま♪」
これ以上ないくらい輝かしい笑顔を向けて来るピティエ。対抗心で燃え
何球も投げ込む彼女を待たせつつ、オレの方もプロテクターを装着し準備万端。
満を持してホームベースの後ろでマスクを被った。
「よし、いいぞ」
「はいっ 行きますよ、フレーヌさま♪」
終始笑顔のピティエ。早くピッチングをしたくて仕方がない、といった感じだった。根っからの投手気質が頼もしい。
オレがしゃがんでミットを構えると、途端にピティエの顔つきが変わった。
張り詰めた弓のように真剣な表情。漲る気迫がこちらにも伝わって来た。ゾクゾクする。
女子にしては長身の体躯で振りかぶり、重心が一旦沈み込む。
肘を張り、腕を振り上げ、球を後頭部の陰に隠しながら瞬間的に振り抜いた。
ゆったりとした始動にしなやかな腕の振り。ピティエの手から放たれた球は綺麗に真っ直ぐな軌道を描き、オレのミットに収まった。空気を震わせる発砲音。
捕球の際、オレも音が鳴り響くように少し工夫して受けた。ミットに収まる時の快音は、投手なら誰でも気分がアガる。それはどこの世界でも変わらない。
「ナイスボール!」
しゃがんだまま返球。サインを送り、二球目も直球を要求した。フンスと鼻を鳴らし、それに頷いた幼馴染は勢い良く振りかぶる。オレは再びミットに快音を響かせた。
ふと、横目でアコニスを見ると、とても羨ましそうにしていた。
(よし、食い付いてんな)
確かな手応えを感じていた。それからオレは、ソラニテの時のように変化球をアコニスにお披露目。
数種の軌道が異なる球をオレは完璧に捕球。収める瞬間、手のひらを軽く突き出すようにして取ることでしっかりと音を鳴らしていた。
嬉々として投げ込むピティエ。オレが球を捕る度に目を見開き、響く捕球音が本当に気持ちよさそう。球に喜びが爆発していた。
変幻自在な制球力。それを目にしたアコニスは興味津々といった感じで頬を上気させ、食い入るようにピティエの投球を見ていた。そろそろ頃合いだろう。
「じゃあ、アコニス。投げてみっか?」
腕を突き出し、おどけたようにミットをパカパカ開閉させて誘ってみた。
彼女は目を伏せ顔を背けながら、
「しかたない……」
横顔から
マウンドに登る彼女にピティエが「どうぞ」と譲ると、バケツから球を手にする。
「よし、来い!」
拳でミットを鳴らしたオレは深く腰を落として開脚し、スパイクで土を踏み締めてしゃがんだ。次いで重心を低く保ちながら、腕を突き出し構えた。
それを受けてアコニスが大きく振りかぶり、身体を限界まで捻転させて背を向ける。
静かに腰を落として沈み込んだかと思うと、全身が
球は頭の陰でまだ見えない。
そこから自由落下で腕を振り抜くことで頭上から突如球が出現。その瞬間、指先が球を弾き出す。
球が鋭い回転で空を斬り裂き、白い線を引く。
(これは――)
高い、しかも
広げたミットの陰に球が隠れる。もはや勘だけが頼り。全神経を左手に集中させ、ミット越しに剛速球の気配を感知。すかさずミットで挟み込む。それでも球威は殺し切れない。
(――――ッ⁉)
痛覚によって生じた電流が一瞬で腕から肩甲骨に突き抜けていった。オレは顔を
やがて、ミットの中で回転が収まるのを感じた。
訪れる静寂。
この時。誰もが言葉を失っていた。
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